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連載「メタバースとは」vol.2 ゲームアーカイブの可能性/社会デザインのポイント

2022年12月8日


連載「メタバースとは」vol.2 ゲームアーカイブの可能性/社会デザインのポイント

2021年、FacebookがMetaに社名変更をしたことで改めて注目を集めた「メタバース」。一般的には、VR空間における仮想世界といったイメージで語られることが多いメタバースだが、そのイメージは漠然としている。本連載では、メタバースの基礎知識を、ゲームやアーカイブ、AI、教育といったテーマで、アカデミックに解説していく。
第2回は、立命館大学映像学部の細井浩一教授に、メタバース世界のデザインと、これまでのゲームがもたらす影響について解説していただく。

〈この記事のポイント〉
● 実はゲーム≒メタバースだった!?
● メタバースでは社会とコミュニケーションのデザインが重要
● デジタルコンテンツ・アーカイブがメタバース世界の「材料」
● 先人に学ぶ「温故知新」が豊かなメタバース世界を作っていく

「メタバース」の定義を形づくってきたのは、実は「ゲーム」だった

細井教授は、設立10年を迎えた立命館大学ゲーム研究センターにおいて、デジタルゲームの長期保存に取り組む「ゲームアーカイブ・プロジェクト」の中心メンバーだ。このプロジェクトは、産学公連携によるゲームの社会的な保存活動として1998年から継続している。ゲームの変遷をつぶさに見てきた細井教授は、「ゲームは優れたメタバースを大量に作ってきた」と語る。

「現在、メタバースは一般的に『何らかの没入性のあるデジタルな空間とその中でのサービスの総体』として理解されていますが、実はゲームというのは、まさにメタバース的な世界であり、【メタバースのインデックス/データベース】といっても過言ではありません。

第1次メタバースブーム
典拠)ゲーム画面の引用はオフィシャルスクリーンショットかMobyGames( https://www.mobygames.com )による

1980年代には、アバターを用いたオープンワールド指向の仮想空間の先駆けである『ハビタット(Habitat)』が登場していました。動きは若干ぎこちないですが、行われていることは現代のメタバースとほとんど同じです。
1990年代に入ると、『ウルフェンシュタイン(Wolfenstein3D)』が登場し、FPS(一人称視点シューティングゲーム)の初期代表作となりました。このゲームにより、『マップ内を移動しながら撃ち合う』という、FPSジャンルの標準が確立しました。
つまり、デジタルな空間は用意されたけれども、『その中で何をするの?』ということが問題になってきた。ロールプレイングゲーム(RPG)みたいなことをやりましょうとか、同時にたくさんの人が接続して遊びましょう(MMO)とか、そういう技術が生まれましたが、実はそのようなゲームのアイデアこそが、メタバースの実体と定義を作ってきたのです」(細井教授、以下同じ)

なかなか理解が難しいメタバースの概念だが、ゲームの文脈から捉えると、非常にすんなりとイメージできる。“メタバースで何をするか”について、ゲーム文化は圧倒的に先行してきたのだ。

メタバース世界では「社会」と「コミュニケーション」のデザインが重要

3Dの仮想空間で「何かをする」というのがメタバースの定義だとすると、ゲームはまさにメタバースそのものといえる。細井教授は、その世界を作っていく上で重要となる2つのポイントを指摘する。

1つは、空間がある種の広がりを持つと国や社会に近い場が生まれてきますから、『どのような社会が成り立っているか』『どのような制度がつくられるか』といった、社会デザインが必要になるという点です。
例えば、メタバース世界にモンスターがいそうな洞窟が描かれていたら、『ダンジョンを探索したり、冒険をするだろうな』と感じます。中世の城下町のような人々の賑わいが描かれていれば、『なんらかの秩序や経済の仕組みがそこにありそう』な気がするでしょう。
どういう設計をするかによって社会のデザインを示すことができるわけで、ゲームはこれまでにそのような世界を無数に作ってきました

一方、現在のメタバースは、実際のプレイヤーに紐付いたリアル(あるいはアンリアル)なアバターが、仮想世界でコミュニケーションすることが前提となっている。2つ目のポイントは「コミュニケーションのデザイン」だという。

「メタバースの中で動いている人間はリアルな個人です。それがアバターだとしても、個人と個人につながるコミュニティを、どのような形にするかデザインしていく必要があります。実社会が何万年もかけてつくってきた社会の制度は、デジタルの世界の中にそのまま適用することもできますが、全く別のものを新しく作っていくことも容易になります。
例えば、メタバースで誰かのアバターを意図的に殴ることもできるわけです。別に殴られても痛くありませんが、痛くないから人を殴っていいのかは別問題です。加えて、仮想空間には国境がありませんから、国を超えて最初からユニバーサルな形でルールを定めていく必要が出てくるのです。
また、世界中の人々が完全なる自由のもと、自分だけの考えで行動すれば、さまざまな問題も起こるでしょう。メタバースで主義主張を表明したい人が出てくれば、摩擦や争いが起こってくる。“もう一つの社会”である以上、国際機関や国内行政、そして我々自身がちゃんと考えていかないといけない問題ですし、より良い社会構築のために大学などのアカデミズムが真面目に取り組むべき課題だと考えています

ITの巨大プレイヤーが先行するメタバース 日本に勝機はあるか?

Facebookが社名をMetaと変えてまで、本気で取り組もうとしているメタバース。細井教授によれば、Metaなどはプレイヤーがほとんど仮想世界に没入するような環境を目指す【強いメタバース】、Appleなどは、現実世界と自由に行き来できるような半分オープンな【弱いメタバース】を目指しているという。
すでに巨大IT企業がメタバースを牛耳っているという構図だが、日本に勝機はあるのだろうか?

「仕組みに関わるところは世界が取っていってしまって、日本は乗っかるしかないのではないかというのが一般的な意見です。しかし、『じゃあ、負けか』というと、そうでもありません。メタバースはただの“空っぽの世界”に過ぎないので、『そこで何をするのか』が重要であり、日本は多くのものを提供できます。
そして、ここで重要になるのが、これまでメタバース的世界をさまざまな形で定義してきたゲームという資産であり、またゲームを含む日本文化資源の『デジタルアーカイブ』なのです」

“メタバースの米(コメ)”は「デジタルアーカイブ」

メタバースという空っぽの入れ物に豊かな世界を構築していくためには、潤沢な“材料”が必要不可欠だ。細井教授は、その材料を「メタバースのコメ」と表現する。

「かつて、半導体は『産業のコメ』と呼ばれました。あらゆる製造業に共通して必要なパーツは半導体であり、現在の半導体不足問題を見ても、状況は変わっていません。
メタバースもよく似ています。あらゆるものにデジタル空間が不随し、人間はさまざまなことを始めるでしょう。その空間で用いられる創意工夫にはコメ、つまり『デジタルアーカイブ』が必要です。

メタバース空間での文化体験
立命館大学アート・リサーチセンター仮想博物館(ARC/VM)

これらは、Second Lifeの仮想空間の中に私が作ったさまざまなミュージアムです。このようなデジタル世界を実際に創作するためには、どれだけ『コメ=パーツ』を持っているかが鍵になります。
デジタルアーカイブは、それぞれのパーツに当たりますが、私の専門である文化資源という分野に関して言えば、本学のアート・リサーチセンターやゲーム研究センターには様々な文化的対象をデジタル化し、アーカイブを構築する継続的な取り組みがあります。その蓄積を生かしながら、京都で作られた友禅の着物に用いられた大正昭和期の型(模様)をその場で着物にデザインして着用する仕掛けや、能楽の片山家のシテ方が舞う能の舞いや所作をモーションキャプチャで取り込んで、自らのアバターで再現するような学術展示を制作してきました。日本が持つ文化であるモノやデザイン、動き、そしてゲームに体現されている遊びなどをデジタルコンテンツとして保存するとともに、メタバースのコメとして活用しやすい形でアーカイブ化していくことが極めて重要です」

日本が誇る豊かな伝統文化や、一時代を築いたゲームなどの現代文化。これらをアーカイブ化していくためには、著作権の処理なども含めた法整備や環境づくり、企業やクリエイターの同意、国民の意識の向上も必要になる。日本は、来るべきメタバース社会で飛躍できる「コメの材料」を潤沢に持つだけに、早急な対応が望まれる。

アーカイブから学ぶ“温故知新”のスタンスが、メタバースの未来を豊かにする

今後、メタバースの社会はまますますリッチになり、自由度や没入感が飛躍的に高まっていくのは間違いない。現在の若い世代、そして子どもたちは、未来のメタバースの“作り手”となるわけだ。豊かなメタバース世界やコンテンツを生み出していくために、必要なことは何だろうか。

「人間の創造力は、それがどんなに独創的であっても完全にオリジナルではあり得ません。小さな頃からさまざまなものを見たり、触れたり、遊んだりして影響された結果、今の創造力があるのです。
古来の日本語では、物まねを『物学』と記していました。何かを創造するためには何かから学ばなければいけない。特に過去の優れた作品や文化から学んでいかなければいけません。古いものも新しいものも1つの歴史の線(ライン)の上にありますから、温故知新を大切にし、学ぶという姿勢が必要なのです。
例えば、『鬼滅の刃』の名脇役である不死川玄弥の最期は涙なしには見られませんね。あれは、手負事(ておいごと)という歌舞伎の演出が活かされています。死にかけた人が、過去を思い出しながら語る演技で、仮名手本忠臣蔵六段目の勘平を彷彿とさせるシーンでした。つまり、すでに普遍的で文化的なバックグランドは存在しており、そのアーカイブを素晴らしい創作力で活用しているわけです。しかも、その趣向は世界の人々の心に響いた。メタバースの世界でも同様に、温故知新の価値が繰り返し使われていくことになるでしょう

メタバースの世界を豊かにする「コメ」を、私たちはすでに手にしている。その事実を受けとめ、未来につなげていくポジティブな取り組みが求められている。

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立命館大学映像学部 細井浩一教授

細井浩一

専門は文化資源経営学。日本の文化資源、特に表現文化資源、を対象として、その包括的な保存から社会的活用までを一つの社会的プロセスとして捉え、それを実現する制度、組織、人材、社会ネットワークなどを「マネージ(manage)」するための諸学を実践的かつ総合的に研究している。著書に『ファミコンとその時代〜テレビゲームの誕生』NTT出版など。最も長く取り組んできた研究としてメタバースの原点でもあるデジタルゲームの長期保存に取り組む「ゲームアーカイブ・プロジェクト」がある。

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