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セロリ・パセリの成分が不安や癌に効く? 注目成分「アピイン」が実現するWell-beingな未来

2023年10月12日


セロリ・パセリの成分が不安や癌に効く? 注目成分「アピイン」が実現するWell-beingな未来

セロリやパセリに多く含まれる「アピイン」という物質がある。立命館大学生命科学部の石水毅教授らの研究グループは、アピインの生合成に関わる酵素遺伝子を世界で初めて発見し、アピイン生産への道を拓いた。これにより、作物に対する新たな昆虫忌避剤の開発や、抗不安作用、抗がん作用についての研究展開が可能になるという。基礎研究における大きな成果について、10年にわたる研究ストーリーも併せてお伝えしていこう。

〈この記事のポイント〉
● アピインは、イソフラボンやカテキンなどと同じ「フラボノイド配糖体」のひとつ
● アピインには、抗うつ作用、昆虫忌避作用、抗がん作用などが期待される
● なぜほかの研究者が見つけられなかった酵素を見つけられたのか?
● 植物の生態に迫る基礎研究がもつ、大きな可能性

「アピイン」は植物がストレスから身を守るために生成するフラボノイド配糖体のひとつ

「アピイン」という言葉は知らなくても、「フラボノイド」は聞いたことがある読者が多いのではないだろうか。アピインはフラボノイド配糖体という物質群の一種で、これは植物の多くが生成するものだという。

「植物は根付いた場所から動けないので、『風を受ける』『温度が上がる』『酸化物質にさらされる』といった環境ストレスを避けることができません。そのため、ストレスに対抗する化合物を生産しています。その1つがフラボノイド配糖体です。
たとえば生物は、生きているだけで細胞が酸化され、どんどん老化していきます。そして、フラボノイド配糖体は酸化を抑える役割を持っています。また、植物は光合成で養分を生産しますが、光に含まれる紫外線は植物にとって毒であり、紫外線に対抗するために生産している側面もあります。フラボノイド配糖体は、環境ストレスに応答するために植物が作り出している化合物といえます」(石水教授、以下同じ)

フラボノイド配糖体には、「イソフラボン」や「カテキン」といった機能性食品で頻繁に見かけるものも多い。

「たとえば、サントリーの『特茶』という飲料には、フラボノイドに糖がついたケルセチン配糖体が多く含まれます。人に作用すると脂肪を分解する酵素を活性化するため、『体脂肪を減らす』という文言が商品に付いています

「アピイン」とは? 古代から薬として使われていた植物に多量に含まれる

セロリ・パセリの成分が不安や癌に効く? 注目成分「アピイン」が実現するWell-beingな未来

古代のギリシャやヨーロッパでは、パセリやセロリ自体が薬として使われていたという。実感・体感として人類が効用を認めてきたわけだが、その科学的な根拠はいまもまだわかっていない。

セロリ・パセリの有用成分として注目されてきたのが、アピインでした。実は、セロリ・パセリの重量のうち、アピインの割合は2%にも及びます。1種類の化合物がそれほど多く生産される例はあまり知られておらず、これは驚くべきことなんです。アピインが人に良い機能を持っているかどうか、現時点ではわかっていません。しかし、そう考えている研究者は多いですし、期待を込めて研究が進められている段階です」

アピインに期待される抗うつ作用、昆虫忌避作用、そして抗がん作用

では、アピインにはどのような機能が期待されているのだろうか。

【神経系の症状の緩和】

「うつ状態の人の不安状態を改善するために、パセリ・セロリを煎じたものが、ずっと使われてきた経緯があります。この作用をアピインが担っているとすると、これは本当に大きなニュースで、いろいろなところで使われるようになります。カモミールなどハーブティーに使われる植物にもアピインが多く含まれることも知られています。そこで、アピインの大量生産ができれば、アピインを配合したお茶が機能性食品として販売されることは大いに考えられます

【昆虫忌避作用】

パセリは非常に育てやすい植物で、その大きな理由は害虫が付きにくいことです。キアゲハという綺麗なチョウだけがパセリの葉に産卵することが知られています。他の昆虫にとっては、パセリは毒に相当するものをたくさん持っていると解釈できます。その毒の一番の候補がアピインです。
『植物は環境ストレスに対抗するためにフラボノイド配糖体は作り出す』と言いましたが、植物にとって環境ストレスの一つは、昆虫に食べられてしまうことです。それを回避するために、アピインを大量に生成している可能性があります。
実はアピインは、パセリ・セロリが非常に若いとき、葉っぱが軟らかくて昆虫にとっておいしそうなときに最も多く生産されます。そのような状況証拠からしても、アピインに昆虫忌避作用があるのではないかと多くの研究者が考えています

【抗がん作用】

「抗がん作用に関しては実験例があります。京都大学大学院生命科学研究科の増田誠司 准教授が、アピインの糖が外れた『アピゲニン』という化合物に、がん細胞の増殖抑制作用があることを見出しています

いま、古来より人類の身近にあったアピインの研究が本格化しようとしている。実はその背景には、石水教授をはじめとする科学者たちの、10年にわたる苦闘があった。

酵素発見に10年。アピイン製造の道を拓いた、酵素の「最後のピース」

アピインの構造
図. アピインの構造 アピゲニンというフラボノイドにグルコースとアピオースという糖が結合した構造をしている。

アピインを作る酵素は10種類ほどあり、それらの酵素が寄ってたかって化合物アピインを作っているという。しかし、酵素による化学反応の最終段階で『アピオース』という糖を付ける酵素だけが見つかっていなかった。
石水教授らの研究グループは今回、世界で初めてその酵素を見つけることに成功した。

酵素には、ある化合物を別の化合物に変換する役割があります。最終的にアピインという化合物に変換する、その元になるほうの化合物=アピインの材料になる化合物を作るのが非常に難しいという状況がありました。その化合物は非常に不安定なため、作ってもすぐに壊れてしまい、その化合物を使った研究が進められなかったのです。
私たちは、極めて不安定な化合物の安定化条件を見つけ、他の研究室では扱えなかった化合物を扱えるようになりました。そのアドバンテージがあり、最後のピースである酵素の解析ができるようになりました」

酵素の解析法を開発するのに6年。石水教授は「その先は、とんとん拍子で研究が進みました」と語るが、その苦労は並大抵のことではないだろう。
誰も見つけることができていなかった酵素を見つけることができた。これで、アピインを作る酵素がすべて見つかったことになるが、この成果は非常に大きいものだ。

これで、人の手でアピインを生産できる道が開けます。共同研究者である、摂南大学の大橋先生がアピインの生産系を作っています。アピインが生産できるようになると、アピインがどんな役割をしているかという研究がやっとスタートできるのです

植物の真実に迫る基礎研究の積み重ねが、豊かな未来につながる

今回、人類に有用な可能性の高いアピイン生成への道を拓いた石水教授の研究室。しかし、石水教授は「抗不安作用がある薬を開発しようとか、抗がん作用のある薬を開発しようとか、そのような目標で研究しているわけではないのです」と話す。

「私たちはただ純粋に『植物の分子がどうやってできるか』、それを解明しようとする基礎研究者です。しかし、そのような基礎研究が、私たちの生活と密接に関わり合う部分が必ず出てきます。なぜかというと、私たち人類は長い歴史を、植物を摂取し続けることで生き残ってきたからです。
『植物を作っている基本的な化合物がどうやってできているか』という研究は、一見、私たちの役には立たなさそうに見えるかもしれません。しかし、今回のアピインを合成する酵素の発見のように、未来の人類や社会にとって、役に立つ可能性の原点を見つけられることもあります。
アピイン生合成のための酵素の探究では、最後にピースをはめるのに10年かかりました。この10年の私たちの研究が多くの人の幸せに貢献できればうれしいですね

基礎研究における発見や成果は、そのまますぐに私たちの生活に影響を与えることが少なく、誤解を恐れずにいえば「地味」だといえるかもしれない。しかし、基礎研究がなければ、すべての応用研究の成果は存在しない。
いま、石水教授らの研究室では、複雑な構造をしたペクチンを合成する酵素を見つける研究も進めている。ペクチンは漢方薬の効果を示す成分であったり、枝垂れ桜の枝が垂れる仕組みに関わったりすると考えられ始めている。ペクチンについての新たな発見は、文化や伝統の上でも、植物と極めて密接に関わってきた日本人、そしてアジア人にとって、極めて興味深い成果につながる可能性を持つ。

立命館大学生命科学部 石水毅教授

石水 毅

立命館大学 生命科学部 教授、生物資源研究センター長/博士(理学)。大阪大学大学院理学研究科博士後期課程修了。大阪大学大学院理学研究科助教、立命館大学生命科学部准教授を経て2019 年より現職。植物糖質関連酵素研究の第一人者。これまでに複数の新規の酵素を発見している「酵素ハンター」である。2018 年に植物細胞壁ペクチンの合成酵素遺伝子を発見し、脚光を浴びた。著書『生体高分子の基礎』(実教出版)、『植物細胞壁実験法』(弘前大学出版会)など。

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