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名字誕生はいつから? 諸外国は?「選択的夫婦別姓」議論のため基礎知識

2021年6月15日




現行の強制的夫婦同姓は、姓の変更による不利益や不便を女性のみに強いる差別的な制度だとして、「選択的夫婦別姓」を求める声が高まっている。一方で選択的夫婦別姓は「家族の一体感を損ねる」と、保守派の政治家を中心に反対する声も多い。「別姓」により何が変わるのか、また諸外国での制度はどのようになっているのか。今後の議論の“基礎知識”となる姓の基本を解説していく。

一般国民の姓(名字)の使用は明治時代から

「選択的夫婦別姓」制度について掘りさげる前に、まずは近代日本における名字の制度について、立命館大学 産業社会学部の筒井淳也教授に振り返ってもらった。

「日本で平民に名字(苗字)の使用が許可されたのは、明治初期の1870年。この時期には夫婦別姓が「伝統」だと考えられていました。女性が結婚しても、親からもらった姓を変える必要はない、ということですね。ところが、1898年に民法が施行された際に強制的同姓制度になり、世帯主である戸主の姓に合わせることが決められました。
それが、戦後の民法改革で、強制的同姓は継続されたものの、“夫と妻どちらかの氏に合わせる”と変わります。そして、働く女性が増えるなどの動きを受けて、選択的夫婦別姓の議論が生まれたわけです。
世論調査では、1980年代までは選択的夫婦別姓に否定的な意見がほとんどで、1987年には賛成が13%に過ぎませんでした。その後、次第に賛成が増え、1996年に行われた調査では賛成が32.5%。さらに、2001年には42.1%、2017年には42.5%と比率を高めています。こうした動向を反映して1996年に、法制審議会が選択的夫婦別姓を含めた答申を行い、2000年には男女共同参画審議会が姓制度の見直しを答申しています」(筒井教授、以下同じ)

家系図などで江戸時代以前まで血筋を遡ることができる家もあるが、歴史的尺度で見れば、“平民”が名字を名乗れるようになったのは極めて最近といえる。それから現在までおよそ150年、人々のライフスタイルや家族意識の中で、名字が持っているアイデンティティ的な側面も変化してきたといえるだろう。

日本で強い「名字は家族のラベル」というイメージ 諸外国では?

名字のルールや意味は国や地方によって異なる。筒井教授は、そうした事情を理解した上で選択的夫婦別姓をめぐる議論をすべきと語る。

家族社会学を専門とする筒井淳也教授(立命館大学 産業社会学部)

「現在の日本では、例えば『筒井ファミリー』という呼び方があるように、名字には家族のラベルというイメージがあり、欧米でも、たとえばゲラーさん一家をゲラーズといったりします。

一方、中国や韓国は、たしかに原則夫婦別姓ですが、“同性にしてはならない”という強制的別姓で、選択的ではありません。
注意しなければならないのは、中国や韓国では、名字は親、特に父親から受け継いだ『系譜のラベル』という考え方であり、日本や欧米における『ファミリー』的な捉え方ではない点です。
『結婚しても父親が変わるわけではない』ので、名字も変わらないというのが、強制的夫婦別姓の考え方。配偶者の男性に合わせるよりは、父親とのタテの関係がすごく大事な社会ということになります。韓国は2008年の法改正で、結婚時に決めておけば、子どもは母親の姓を名乗れるようになりました。しかし、この改正も、父方の姓を大事にするという伝統的な価値観を反映したものです。というのは、受け継がれるのは子の母の父の姓だからです。
このように名字のルールは国や地方によってさまざまなので、それぞれの歴史や文化を理解した上で議論することが求められます

系譜か、ファミリーか 子どもの名字はどうなる?

夫婦別姓にした場合、子どもの姓をどうするかという問題も生じる。ドイツでは、きょうだいは同じ姓にしなければならないというルールもあるようだ。

「きょうだい同姓が多くの社会でのルールですが、中国の一部地域では、一人目は父親の姓を受け継ぎ、二人目は母親の姓というように、きょうだいで姓が異なるケースも珍しくありません。これは「夫婦平等」というよりも、夫婦それぞれにおいて系譜のラベルである姓を継承させたいという伝統的な価値観を反映した結果だといえるでしょう。一人っ子政策のもとで、子どもが女性のみという家族が増え、従来のやり方だと系譜が途絶えるという問題意識もあったと思います。
日本では名字は家族のラベルという考え方が強いので、きょうだいで名字が違うというのは同意を得にくいと思います。選択的夫婦別姓の導入にあたって、日本で検討しなければならないのは、『手続き』と『心情』の面です。手続きの面では、母親と子どもの名字が異なる場合に、行政手続きなどに支障がないよう、システムを整えることが必要です。
他方、現在でも仕事などで旧姓を『通称』として使っている母親は多く、子どもの名前が違うことによる心情面での影響もあるはずですが、大きな問題になっていません。その意味では、別姓の心情面での影響はそれほど大きくないのではないかと考えています」

アンケートの仕方次第では70%が賛成 その内情は?

選択的夫婦別姓をめぐっては、さまざまな調査やアンケートが行われているが、筒井教授はその結果を見る際にも注意が必要だと指摘する。

「アンケート調査の質問には、『自分はどうしたいのか』を問う質問と、『社会全体としてどうあるべきなのか』という価値観を問うものがきちんと区別されていないことが多いのです。『反対派』の多くは「自分だけではなく、社会全体で夫婦別姓を認めない」という意見ですが、中には「自分は夫婦別姓にしないが、他人は自由にすればいい」という人もいるはずです。後者は、自分が別姓にすることはしないが、選択的夫婦別姓制度には賛成、ということになります。
もし『自分は選択的夫婦別姓に賛成で、他の人も自由にすればいい』という意見と、『自分は夫婦別姓にはしないが、他の人が別姓にするのはかまわない』という意見の両方を、選択的別姓制度に『賛成』とみなせば、約70%が賛成になるという調査結果もあります。聞き方次第で、調査結果は大きく変わるのです」

法務省 選択的夫婦別氏制度に関する調査結果(平成29年調査結果:年代別)

選択的夫婦別姓は「家族の一体感」を損ねるか

選択的夫婦別姓に対する代表的なネガティブな意見に、「家族の一体感を損ねる」というものがある。筒井教授の意見は、「現状ではその是非は判断できない」というものだ。

「選択的夫婦別姓は家族の一体感を弱めるという考え方を、『ばかばかしい』と一蹴することはできないと思います。ただ、これは可能性であって、実際にはわからないものです。他方で、現在の強制的夫婦同姓には明らかに不利益があって、これは可能性ではなく事実です。実際にある不利益をまず考慮すべきなのは当然です。他方で政治においては、ネガティブな影響を最小にするよう調整するべきでしょう。また、選択的別姓にはせず『通称の使用を許可する』という対策は、真正面から強制的同姓の不利益を考慮したものとはいえず、まだまだ議論が深まっていないことを示しているといえます。
一方、選択的夫婦別姓の賛成派にも問題がないわけではありません。『自由に選択できるという制度なのだから、自分が別姓にしたくなければ、しなければいい。なぜ、反対するのか』と考えている人が多いのですが、これは反対派への返答になっていません。
すでに述べたように、反対派には『社会全体でそうすべきだ』という価値観を持っている人が多いので、『自由だから、好きにすればいい』という理論は、その価値観を選ぶ自由を否定することになります。『個々人が全体のことを決定する権利などない』と考える人もいるかも知れませんが、実際には実に多くの全体的な規則が人々の選択で決まっています。姓制度も例外ではありません。こと制度については、選択推進派と保守派の価値観は両立できないという難しさが常にあります

議論を尽くしても残る問題 決着の付け方は?

選択的夫婦別姓の議論が始まってから、かなり時間が経過しているが、国民レベルでの勉強がまだまだ必要で、理解を深める必要があるのだろうか。

「夫婦の姓の問題は、多くの人が考えているよりずっとややこしい問題です。最近出版された、社会学者の阪井裕一郎さんの『事実婚と夫婦別姓の社会学』は、導入としては最適な本なので、ぜひご覧になってください。必ずしも、「リベラル派が選択的別姓を、保守派が強制的同姓を支持している」という図式ではないことがわかるでしょう。
他方で、議論を深める余地もまだまだありますが、『長い時間をかけて議論しないと成熟しない』という問題でもありません。メディアが効率的に知識を伝えていけばよいのだと思います。
ただ、議論を整理した後でも、『選択を自由にしたい』という賛成派の価値観と、『社会全体で選択を否定したい』という反対派の価値観が、原理的に折り合わないという問題は残ります。両方の価値観を尊重することはできないので、一定の議論を経た後、政治家が覚悟して問題に決着をつけるしかありません」

最後に、筒井教授が考える“落とし所”について聞いた。

「個人的な理想は、
・「呼ばれ方」は基本的にもう少し自由にして良い
・同一人物性の保証は別の制度(番号等)で行う

という状態です。ようは、人と人を区別する記号があれば、社会生活は成立するわけです。姓も「呼ばれ方」のひとつですが、そのかたちに拘る必要はないと思います。制度化された姓がない社会だって、十分に考えられます。
ただ、「呼ばれ方」は社会生活の効率性に深く結びついているので、届け出制にしたうえで、複数の名前を自由に持ったり、短い期間で変更するといったことには制約を設けることで、混乱は解決できるのではないでしょうか。ここで提案したことは極端な例ですが、常に『別の可能性』に思いを巡らすことも、変化の時代には必要になってくるはずです。」

名字について知るほどに、選択的夫婦別姓への興味・関心も高まったのではないだろうか。では、あなたの今の考え方は? それと向き合うことが、次の制度への第一歩となる。

筒井淳也

立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学、計量社会学、女性労働研究、ワーク・ライフ・バランス研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書、2020年)、『社会学入門』(共著、有斐閣、2017年)など。内閣府第四次少子化社会対策大綱検討委員会・委員など。

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