2021年、FacebookがMetaに社名変更をしたことで改めて注目を集めた「メタバース」。一般的には、VR空間における仮想世界といったイメージで語られることが多いメタバースだが、そのイメージは漠然としている。本連載では、メタバースの基礎知識を、ゲームやアーカイブ、AI、教育といったテーマで、アカデミックに解説していく。
第1回は、立命館大学映像学部の中村彰憲教授に、ゲームやeスポーツも絡めてメタバースに迫っていただく。
● メタバースとは何か?
● 肉体から離れた「自由なアイデンティティ」
● 『あつまれ どうぶつの森』はメタバースか?
● eスポーツとメタバースの現在地
メタバースの定義は? カギは「社会活動」にあった
そもそも、「メタバース」とは何を意味するのだろうか? これに答えられる人はそう多くないだろう。その証拠に、あのWikipediaにも「明確な定義はない」と書かれているほど、そのイメージは漠然としている。
「メタバースを定義するのは非常に難しいのですが、テクノロジーの名前というよりは『社会のありよう』と捉えるほうがいいでしょう。『コンピュータなどを活用してつくられた仮想空間において、自然に社会活動を行うことができる世界』。これがメタバースだと僕は定義しています」(中村教授、以下同じ)
社会活動とは、他者とのコミュニケーションや仕事、場合によっては金銭などの価値の授受といったものも含まれるだろう。【メタバース=自然に社会活動が可能な商品やサービスが提供されている現実とは異なる場(仮想空間など)】が急激に盛り上がっている背景には、その世界を支える技術インフラの進歩もあるという。
「これまでは、例え仮想空間が用意できたとしても、さまざまな技術的ハードルがあって、そこに長い間“滞在する”ことができない状況がありました。しかし、VRやARなどのXR(クロスリアリティ)の技術が飛躍的に向上することで、それほど苦労することなく滞在できるようになった。かつては15分が限界といわれていたものが、自然に長い時間、その空間にいることができます。
皆さんは今、一日の多くの時間を、インターネットを活用して社会活動をしています。仮想的な空間で活動しているとは意識していないかもしれませんが、広義ではすでに『メタバース的な空間でも生きている』といえるのです」
メタバースの将来像 アイデンティティを肉体から完全に切り離す世界が来る?
XR技術はますます進歩し、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を通じて、高解像度の仮想世界を体感できるような時代が近い将来やってくるだろう。メガネのような手軽なデバイスも非現実的ではない。メタバースの行き着く先は、どのような世界だろうか?
「肉眼で見ているのと遜色ないほどのクオリティで仮想空間が見えるようになれば、『それは社会そのもの』ということになります。メタバースを突き詰めようとする人々は、そのような世界を目指しています。その背景には、現実社会で生まれたときに兼ね備えられた性別や人種、自分の能力も含めて、それが足かせになっているのではないか、という問題意識があります。
自分の性別や外観なども好みに合わせて変え、『自分のアイデンティティを再構築して社会生活を送ればいい』。それがメタバース原理主義ともいえる人々が定義するメタバースの本質です」
生まれ持った性質を越え、人によっては複数のアイデンティティを持つこともできる。自分の社会生活もそこを起点として発展していく。ある意味で究極のダイバーシティが、メタバースによって実現する未来もあり得るということだろうか。
「現在でも、バーチャル空間、インターネット社会において、複数のアイデンティティを持つことが自然になりつつあると思います。ただ、現段階でそのアイデンティティは物理的・肉体的な自分の個性や関係に紐づいていますね。
次世代のメタバースでは、それすら越えて、メタバース上のアイデンティティを本人として、肉体から完全に切り離して活動できる可能性があると思います」
果たしてそのような未来で、自分はどのようなアイデンティティを構築するだろうか? そんな哲学的な興味も湧いてくる未来予想だ。
「あつ森」ブームから見るメタバース的空間と社会の接点
ここからは、もう少し身近な事例でメタバースの現在地を把握していこう。コロナ禍と併走するようにして世界的なブームとなった任天堂のゲームソフト『あつまれ どうぶつの森』(以下、『どうぶつの森』)とメタバースの関係を、中村教授はどう見るのだろうか。
「『どうぶつの森』が実現するような、ゲームをプレイしながらネットを介してコミュニケーションをするということは、高度な社会の一例といえます。
コミュニケーションだけでなく、壁紙を作成して共有するような“活動”をしているプレイヤーも多いですよね。こういう人が仮に、ゲーム内で『私はショップを開きます。壁紙を利用したい人はこのアカウントにお金を入れてください』となると完全にメタバースになります(プレイヤーによるアイテム課金は『どうぶつの森』において禁止されており、現実ではやらないと思いますのであくまでも例えです)。
ゲームの問題は暴力性などが取りざたされたり、ゲーム依存症という用語が認定されたりと、ネガティブな印象も少なくありません。しかし、活用方法をちゃんと理解して、それを実践すれば非常に心が温まる体験もできる、自分の人生を実質的に向上できる体験もできる。『どうぶつの森』の社会現象化は、それを裏付ける出来事だったと思いますし、調査でもそれが確認されてきました。ゲームがもたらすポジティブな側面をいかにして伸ばすか。結局はゲームにしてもメタバースにしても、それをどう活用するかは使い方次第ということです」
メタバース的な世界が持つポジティブな側面を、ゲームという媒体を用いて自然な形で演出してみせた『あつまれ どうぶつの森』。このような体験を、世界で4000万人近い人々に提供したという事実は、メタバース普及の背景としても、非常に大きな意味を持つだろう。
優れたeスポーツプレイヤーは、メタバースにおける「アスリート」である
「仮想空間での社会活動」という意味では、eスポーツにも注目が集まる。eスポーツは、メタバースという文脈では、どのように捉えられるだろうか。
「広義のメタバースという視点でいうと、『eスポーツプレイヤーはメタバース空間においてスポーツ的な能力を発揮できている人材である』といえるでしょう。
現在、組織内の成績によって表彰されるシステムが整い、かつ高額賞金が与えられる環境が一部では整いつつある。プレイヤーたちは、ゲームの世界でハンドルネームを使って活動していますから、自分の本名や出自などを明かすことなく、本来のアイデンティティと完全に離れたところにいるケースもあります。その上で、経済的な活動を営むことができているので、1つの条件を除けば、『メタバースの中において活躍している人材』と言うことができます。
その1つの条件は何かというと、自分自身が仮想空間の中で生活を営んでいるわけではなく(報酬は現実の自分に入ってくる)、現実と仮想空間のダブルアイデンティティになっていることです。今後、完全にメタバース空間内のアイデンティティで、その中で賞金を稼いで生活できる環境になれば、それは本当に『メタバースの中にいる個人』ということになっていくでしょう。
現実世界でもスポーツのスタープレイヤーがいるように、メタバース空間における優れたスポーツプレイヤーは、『eスポーツ界のアスリート』だといえます」
プロゲーマーではなく、アスリート。アイデンティティが実体化してくることにより、仮想的な存在が、より「実在的なもの」として捉えられていく可能性があるだろう。
eスポーツとNFTの融合には少し時間がかかる?
一部のeスポーツ大会における高額賞金やNFT(『代替不可能なトークン』、複製・コピーが不可能な唯一無二のデジタルデータ)のような、ブロックチェーンの技術によって生まれたデータなども、メタバースやeスポーツの進歩にとって重要な役割を果たす可能性がある。社会活動の重要な要素である「価値の提供」の現状とは?
「現在の日本では、NFTとeスポーツゲームは、かなり乖離している状況ではあります。ゲーム業界もユーザコミュニティも、NFTに対する嫌悪感がまだ非常に強いという印象を持っています。
一方で、積極的にやっているのはベトナムやフィリピンなどです。中国は仮想通貨が全面禁止になっているほどなのでNFTはかなり厳しい。アメリカでも、かなり反発が多いと思います。最近ではNFTやブロックチェーンのバブルが崩壊しつつあって、今後どういう状況になるのか、精査が必要だと思います。
一方、NFTのような価値のやり取りが社会の中で自然に受け入れられ、『それも1つのスタイルだ』という世代が現れれば、NFTという仕組みが組み込まれているゲームに対して違和感がない世界がやってくるでしょう。彼らが一定の経済力を持ったとき、『私はNFTで取引をして、アイテムを現金と交換してもいい』という人が生まれてくる可能性はあります」
ゲーム内に存在するバーチャルアイテムなどの希少価値のあるものを、NFT、ブロックチェーンを通じて交換し、富を得る人が生まれてきてもおかしくないのではないか。中村教授はそのように指摘する。
この連載では、今後も「文化財/アーカイブ」「AI」「教育」といったテーマを絡めて、メタバースの基礎をお伝えしていく。ご期待いただきたい。
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中村彰憲
名古屋大学大学院国際開発研究科修了。博士(学術)。早稲田大学アジア太平洋研究センター、立命館大学政策科学部助教授を経て、映像学部映像学科教授を務める。主な著書に『中国ゲーム産業史』(Gzブレイン)など多数。その他、ゲームビジネス全般に関するコラムを定期的に寄稿している。