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アロマオイルの使い方が変わる? 必要な香りを必要な瞬間に届ける“ひみつ道具的”テクノロジー

2021年12月16日


アロマオイルの使い方が変わる? 必要な香りを必要な瞬間に届ける“ヒミツ道具的”テクノロジー



お香や料理、お茶など、日本文化において香りは五感のうちでも大きな存在感を持つ要素といえる。最近では、部屋でお気に入りの香りを楽しんだり、エッセンシャルオイルのブレンドにこだわるなど、香りを楽しむ文化はより身近なものになっている。求められる「パーソナルな香り体験」の実現に取り組んでいるのが、立命館大学情報理工学部の野間春生教授だ。必要な香りを必要な場所に瞬時に届ける「香りのテクノロジー」に迫る。

〈この記事のポイント〉
● これまでの香りは「充満した香り」だった
● 香りを空気の渦で運ぶクラスターデジタル空気砲
● ピンポイントで香りを届けるメリットとは?
● VRの進化に欠かせない、香りの存在感

鼻孔の近くにない香りは「ムダ」になる?

香りのテクノロジー

仕事中に飲むコーヒーの香り、アロマテラピーで体験するエッセンシャルオイル、あるいは帰り道で漂ってくる香ばしい焼き鳥の香り…。私たちをとりまく空間は、さまざまな香りが混在している世界だといってもいい。
その中で、私たちが感じる「香り・匂い」はどのようなものか。匂い分子は、鼻腔最上部にある「嗅上皮」と呼ばれる特殊な粘膜に溶け込んで感知される。逆にいえば、数メートル先で香っていても鼻孔で感知されなければ、その人にとっては「存在しない香り」となる。

ところで、テーマパークや映画館などで、前の座席から水しぶきや香りが飛び出して臨場感を演出するアトラクションがある。すべての客が同じ映像を見ているから、部屋は同じ香りで満たされていればよく、そのシーンが終わると急速に換気する仕組みだ。
多くの人に同じ体験を同時にさせるならそれでよかった。しかし、いまやコンテンツは極めてパーソナルであり、個人的に、意図した瞬間に香りを届ける技術が必要になっている。
今回は、香りを操るテクノロジーの最先端をご紹介しよう。

ピンポイントで、意図した瞬間に香りを届ける「クラスターデジタル空気砲」とは?

そのようなニーズを実現するための技術が、立命館大学情報理工学部の野間春生教授らが研究している「クラスターデジタル空気砲」だ。空気砲というと、ドラえもんのひみつ道具や、「叩くと煙が輪になって発射される箱」を想像するが、最先端の空気砲は、どんなものだろうか。

クラスターデジタル空気砲

「2000年ごろ、私たちも初めは典型的な箱形の空気砲で香りを射出する装置の開発を始めました。箱の先端に小さな筒を取りつけ、その筒や箱の中に飛ばしたい香りをためて打つという方法を採用していました。ネックになっていたのは、箱や筒の中にどうしても香りの成分が残留し、香りの切り替えができないことでした。
今回のクラスターデジタル空気砲では、切り替えをうまく行うために、穴をたくさん空け、それぞれの穴から個別の香りを飛ばすようにしています。最近では、クラスターテクノロジー社製のパルスインジェクターと呼ばれる、インクジェットプリンタのヘッドのようなものからピンポイントで香りを出して、それを空気砲で送るという実験を行っています」(野間教授、以下同じ)

クラスターデジタル空気砲

空気砲の面前の空気の『渦輪』が形成される場所に直接香りを投射するので、空気砲に香り成分が残りません。そして、この渦輪に香りを閉じ込めるような形で発射できるため、香りが周囲に拡散しづらく、ピンポイントで狙った場所に届けることが可能になります。しかも、空間に充満させる香りと違って香りの持続時間が短いため、『次の瞬間に違う香りに切り替え』といったことも実現できます。
例えば、職場など周囲に人がいる空間でも好みの香りを楽しむことができたり、アトラクションでさまざまな香りを短時間で切り替えながら演出するようなことも可能になります。車の運転手にだけ眠気を妨げる香りを飛ばし、同乗者には影響を与えないような使い方も考えられますね」

ビジネスにおいてもリラックスや業務効率の向上など、香りによるさまざまな効果が期待できそうだ。また、パルスインジェクターで射出する香り成分は極少量なため、ごくわずかなアロマオイルで香りを楽しむこともできる。ある意味で、香り分野での「エコ」技術でもあるのだ。そして、野間教授が香りの大きな可能性を見出しているのが、来たるべき「VR」の世界だ。

VRがリアルになるほど、「香りのない世界」が大きな違和感になる

「皆さんは『無響室』に入ったことがありますか? 無響室とは音の反射を極限までなくした部屋で、自分が出した音さえもほとんど聞こえません。長時間そこに居るとどうなるかというと、ほとんど拷問です(笑)。人間の体は常に音を感じているので、まったく無音の状態では、気分が悪くなるほどの強烈な違和感を覚えます。
今後、VRがよりリアルに、現実と近接してきた場合はどうでしょうか。目の前に広がる空間がリアルであるほど、鼻孔で感じる香りとのギャップが大きくなり、大きな違和感を覚えるようになるだろうと考えています。
『無香』をうたった商品が多く出回っていますが、実際には現実の世界に無香は絶対に存在しません。自分の臭いをはじめ、何かしらの香りが漂っています。その意味では香りはアンビエント(背景的)なメディアといえるでしょう。その背景的な部分を、VRにおいては香りが担っていくのです。それが100%リアルな香りではなくても、その没入感は飛躍的に高まると考えています」

野間春生教授

メタバースへの期待が大きな高まりを見せている現在、野間教授が指摘する「アンビエントな感触」の重要性は非常に大きなものだろう。

「空気砲」の未来はどうなる? 渦輪をカーブさせることが目標

香り体験を大きく変える可能性を持つ「クラスターデジタル空気砲」。野間教授は、この技術をさらに発展させ、渦輪の軌道を変えることにチャレンジしている。

「ピッチャーで言えば、今は真っすぐ投げることしかできませんが、カーブ、シュート、スライダー、フォークを投げられたら面白いと思っています(笑)。『穴の制御をうまいことやったらカーブが投げられるんじゃ?』というアイデアはあり、いま一生懸命トライしているところです」

センサやデバイスなどVR技術全般にわたる分野を研究対象にしている野間教授。空気砲のほかに現在取り組んでいるのは、「人間の触覚を超える機械触覚」だという。

「崎陽軒の従業員のおばちゃんは、シウマイ弁当を作るときにバケットにたくさん並んだ焼売を見なくても正確に5つ掴んで、パッと弁当箱に入れることができます。こうした人間の触覚を超える機械触覚を作りたいというのが、現在の目標です。そんなことができるロボットがいたら、世の中は大きく変わることになるでしょう」

感覚とデジタル世界の融合は、まだ始まったばかり。人間の認知や知覚は、どこまで拡張していくのか。VR世界とリアル世界は、どこまで近接していくのか。興味は尽きない。

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野間春生教授

野間春生

1966年生まれ。立命館大学情報理工学部教授、博士(工学)。学生時代に従事したVRの研究、特に視聴覚以外のVRテーマを手がけて現在に至る。最近、自身の研究の触覚センサの事業化のために起業も進めた。

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