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漢字の成り立ちを知れば、書ける・使える・記憶に残る 文字学の巨人が教える漢字のヒミツ

2021年12月9日




日本における「常用漢字」は2,136文字。このうち、小学校で学習するものは1,026文字と、常用漢字の約半数にのぼる。子どもたちは毎日の宿題で何度も書くことで、日常的に使う漢字を少しずつ身に付けていく。一方、かつて同じように漢字を学んだ私たちは、仕事などで漢字を“手書き”することはすっかり減った。「気が付いたら漢字がスムーズに書けなくなった」という人も多いだろう。日本人の生活と、切っても切れないつながりを持つ漢字。その学び方、付き合い方が徐々に変わろうとしている。

〈この記事のポイント〉
● 漢字には生み出した人々の思いや願いが込められている
● 「成り立ちとつながり」で覚えると記憶に残る
● 「手」を表す3つの基本形とは?
● いま存在感を増す白川静の業績
● 漢字から知を深める! おすすめ3書ピックアップ

「取」という字の「耳」は、死者の耳だった!?

ここに「取」という字がある。これがなぜ「取る」という意味になるのか、成り立ちを説明できる人は少ないだろう。実は、こんな由来がある。

漢字の成り立ち

右側の「又」という字は、「手」しかも「物をつかむ手」が変化した形であることがわかっている。そして左側には「耳」がある。つまり「取」という字は「手で耳をつかんでいる」状態を表しているのだ。それは何を意味するか?
古代中国では、戦場で敵をどれだけ殺したかの証として、左耳を持ち帰る習慣があった。それを知れば、「取る」という意味になったことはすんなりと理解できる。恐らく読者の皆さんも、記憶に深く刻み込むことができたのではないだろうか。

文字学の巨人 故・白川静は、中国古代の人びとの社会や文化を研究するために、漢字の「成り立ち」を研究した。白川は、漢字の字形には「生み出した人々の思いや願いが込められている」ことに着目したのだ。
晩年白川は、漢字は繰り返し書いて覚えるだけでなく、「成り立ちとつながり」を理解して覚える方法があることを伝えようと尽力したという。独力で漢字辞典を作り上げるほどの知の巨人が、膨大な漢字をその脳内にインプットできた背景には、「成り立ちとつながり」があったことは間違いない。
今回は、立命館大学白川静記念 東洋文字文化研究所の後藤文男研究員に、子どもたちにぜひ教えたい「漢字の成り立ちの秘密」や、白川静の研究について聞く。

子どもたちにも理解しやすい「体の一部を表すカタチ」

ご存じのように、漢字には「人間の体の一部」が成り立ちとなっている文字が多い。白川静が調べた8,000字の中で、実に約1/4が、人体に関連する漢字だといわれるほどだ。

立命館大学白川静記念 東洋文字文化研究所 後藤文男研究員
立命館大学白川静記念 東洋文字文化研究所の後藤文男研究員

「私たちは、白川先生が残された『白川文字学』をもとに『成り立ちとつながりで学ぶ』漢字学習法として、教材を作り普及に努めてきました。白川先生は古代中国の極めて詳細な文化や習慣と照らし合わせて研究をされていましたが、そのような文化的背景を知らなくても、体に由来する漢字なら子どもたちにも理解しやすいといえます。

漢字ノート
白川文字学をベースに作られた、小・中学生用の漢字学習シート

すでに知っている漢字でも、その背景にある成り立ちを知ることで、単に漢字を覚えるだけでなく、歴史や文化への興味の入口にもなります。“ただ覚えるだけの学習”ではない、知識の有機的なつながりを作る学びのきっかけとして、少し例をご紹介しましょう」(後藤研究員、以下同じ)

大人でもほとんど知らない「手のカタチ」七変化

漢字の成り立ち

ここでは、体の一部として最も馴染みのある「手」にまつわる漢字の成り立ちに触れていこう。上記のように、古代中国の甲骨文字に見られる手の原型は大きく3つの基本形からなる
「Aは広げた手。五本の指をはっきりと認識することができます。Bは、自分が右手で何かをつかむのを横から見ている形そのものですね。大きなものを持つ以外は3本の指(親指・人差し指・中指)を使います。鉛筆を持ってみるとわかりやすいと思います。そしてCは、爪を立てて上から引っ掻くような形だとわかります。
これらの形は、いくつかに姿を変えて、現在の漢字に組み込まれています

漢字の成り立ち

「打」という字では、ご覧のように「手」がスリムになって左に寄り、お馴染みの「手偏」となる。

「『看』は目の上に手が入っていますね。遠くを見るとき、目の上に手をかざすでしょう。そこから『よく見る』という意味になります。はるか昔の人たちも遠くを見る時、同じポーズをしていたのです」

漢字の成り立ち

「物をつかむ手」の形には、さまざまなバリエーションがある。冒頭の「取」の由来で紹介したとおり、「又」は物をつかむ手が変形したものだ。
「寸」の「、」は、指一本の幅を示しており、かつて指一本分の幅を「一寸」と表現したのもそれに由来する。「射」の「身」部分は弓を表しており、矢をつまんで射ようとしている状態が良く表現されている漢字だ。

漢字の成り立ち

右左の「ナ」部分も、つかむ手だ。「口」はこちらの記事でも紹介している「神への手紙を入れる器(サイ)」を右手に持っていることを表す。また、「エ」は、神を呼び寄せるための道具で、左手に持ったことから左の字に入った。つまり、神を呼び、神に願いを伝える場面における左右の手の役割が、そのまま文字になっているのだ。
「筆」や「書」にも「つかむ手」が含まれている。筆を持っている姿を横から見ていることがわかるはずだ。
「共」や「兵」の下部分は、両手で持つという形である。「兵」という漢字は、両手で斧(斤)を持つ姿から生まれたものだ。

漢字の成り立ち

爪の形も、いくつかのバリエーションを持つ。
「採」という字を見ると、手偏に加え、木(植物)を上からつまんでいる形がよくわかる。また、「印」は跪いている人の頭を爪で押している姿から生まれた文字。屈服させた証としての「印」という可能性もあるという。

「ご紹介してきたのは『手』の変化した形ですが、これだけ知っているだけでも、漢字を見る目は間違いなく変わると思います。『ここにも又という形が入っている』と思えば、『じゃあ、手に関わる意味を持っているんじゃないか?』と興味も湧いてくるのではないでしょうか」

これまで使われてきた「漢字の成り立ち」は間違い? 白川静の漢字学の凄み

このような漢字の成り立ちについては、中国の漢字大博士「許慎」が1900年前に作った『説文解字』という字書の中に載せた成り立ちの説が長い間人々に信じられてきた。しかし、白川静は研究の中で「許慎は本当にすごい人だ。しかし許慎の説には限界がある」と考え、独自の漢字学を打ち立てた。

「3千年以上前にできた漢字を、1900年前に研究したのが許慎です。しかし、許慎の時代には、漢字の原型となった古代の甲骨文字は発見されていませんでした。許慎は漢字誕生から1000年後、当時すでに形を変えて定着していた文字から類推するしかありませんでした。
しかし、1899年に、中国で偶然甲骨文が発見されたことで、文字学に大きな転機が訪れます。研究者たちは、許慎よりも古いサンプルから研究できるようになりました

白川静
1900年前から続く漢字の常識を覆す発見を成し遂げた 白川静

白川静が甲骨文字を頼りに独自の説を唱えたのは38歳の時。当然ながら専門家からは激しいバッシングがあり、それから20年以上、白川が世間の表舞台に立つことはなかった。
白川静が脚光を浴びたのは、実に60歳を過ぎてからのことだ。74歳で、漢字の成り立ちを知る字源字書『字統』を出版。その後も77歳で古語辞典『字訓』、86歳で漢和辞典『字通』を世に出すことになる。

「現在流通している漢字辞典でも、ほとんどは許慎の説が中心です。しかし現在、中国や台湾の漢字研究者にも白川の名は知られるようになり、その文字学は世界に広がりつつあります。近い将来、子どもたちが手にする漢字辞典で、白川先生が生涯をかけて解明した漢字の秘密を伝えられるようにするのも、私たちの使命だと考えています」

ニーズ別! 白川漢字学に親しむおすすめ書籍 3選

いま、『言葉の力』というものが全体的に弱くなっている気がしてなりません。それは、言葉に対する信頼が弱くなることも意味します。私たちは文字が持つ本当の意味を通じて、言葉の力を育てていくことができると考えています」と語る後藤研究員。
グローバル社会でますます重要になる、日本人、そして漢字文化圏の人間としてのアイデンティティ構築に、漢字の力は欠くことのできないものだ。今こそ改めて、漢字を見直す時がきている。

それでは締めくくりとして、後藤研究員に白川文字学に触れるのに最適な3書をピックアップしてもらうことにしよう。

漢字なりたちブック
『漢字なりたちブック1〜6年生』(伊東信夫著 太郎次郎社エディタス)

「小学校から白川先生の漢字の成り立ちを学べる本です。すべての学年で習う漢字を学年ごとに学ぶことが出来ます。是非「なるほど、そうだったのか!」と合点しながら、驚きに満ちた漢字の世界を子どもたちと一緒に楽しんでください」

白川静さんに学ぶ これが日本語
『白川静さんに学ぶ これが日本語』(小山鉄郎著 論創社)

「文字のなかった日本語に、漢字を当てはめて表記することを思いついた古代日本の人々。どうしてこの日本語にこの漢字を当てはめたのか、その謎を解き明かす白川先生の古語字典『字訓』の中から、とっておきの漢字と日本語とのつながりを紹介した本です。アッと驚く言葉の世界に足を踏み入れてください」

常用字解
『常用字解』(白川静著 平凡社)

「ズバリ、高校までに習う「常用漢字」を網羅した白川先生の漢字の成り立ちの真髄を学べる字典です。字典ですが、読み物としても楽しめます。しかも、気になる字、調べたい字、どこからページをめくっても漢字の世界が広がります。漢字を忘れがちな皆さん、是非、一家に1冊常備をお勧めします」

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後藤文男研究員

後藤文男

1978年より国語の教師として、立命館中学校・高等学校で教鞭を取る。1999年に同校の校長に就任。2006年からは同年に開設された立命館小学校の初代校長に就任。校長退任後、立命館教育研究・研修センター長などを歴任し、2017年4月より立命館大学教職研究科准教授。学校での漢字教育の実績をもとに、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所 研究員も務める。

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