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増えるオンライン会議に光明! つぶやくだけでクリアに伝わる「ボイスピックアップマイク」とは

2021年3月9日




新型コロナウイルスの影響により、仕事や授業でオンライン会議ツールを使う機会が増えた。「マイク越しの相手の声が聞き取りづらい」「周囲の騒音が相手に聞こえていないか心配になる」など、音に関する新たな悩みも生まれている。今回紹介するのは、そんな“音問題に一石を投じる「ボイスピックアップマイク」だ。

耳で聞こえない声も拾えるマイク カギを握るのは「喉周辺の振動」

500円玉ほどの大きさの「ボイスピックアップマイク」は、通常の口元に近づけて使用するマイクと違い、首の裏側に貼り付けて使用する。ここで声をピックアップするというが、一体どのような仕組みになっているのだろうか。開発者である西浦敬信教授(立命館大学 情報理工学部)に聞いた。

「通常のマイクが空気の振動を拾う『気伝導』方式であるのに対して、このマイクは発声により誘発される喉周辺の皮膚や肉の振動をピックアップする『肉伝導』方式を使っています。このマイクの中は、中央にコンデンサーマイクがあり、その周りを特殊な材質にて覆うことで周囲の騒音をカットしつつ自分の喉の振動だけを拾う構造になっています。

ボイスピックアップマイクの試作機。中央にコンデンサーマイクがあり、その周りを特殊な材質で覆っている。

周囲の音を全て拾ってしまう気伝導マイクと違い、自分の声だけを拾うというのがポイントです。また、『骨伝導』マイクというものもありますが、そちらは骨を振動させるだけの大きなエネルギーが必要なのに対して、このボイスピックアップマイクなら喉周辺が振動する程度で良いので、小さなエネルギーで十分。耳で聞こえないくらいのつぶやき声(ウィスパーボイス)でもピックアップが可能です」(西浦教授、以下同じ)

飛沫感染が懸念され、大きな声を出すことが憚られる今、つぶやき声でも拾ってくれるのはありがたい。小さな声をきれいに拾うためには、マイクをつける位置にもポイントがある。

「声帯は体の前方にあるので、その近くにつける方がいいと思われる方もいるかもしれません。しかし、それだと声帯発声を伴わない子音やウィスパーボイスは上手に聞きとれないのです。そこで、ボイスピックアップマイクは首の裏側にある『イヤホール』と呼ばれる空洞の近くに付けて音を拾う方法を採用しています。母音と子音のバランスが最適な場所にてピックアップすることで、しっかりと声を検出することができます」

ウィスパーボイスをAIで普通の話し声に変換! 実際の音声は?

ウィスパーボイスを拾ってくれるのはいいが、ウィスパーボイスのまま届くのでは、会議などビジネスシーンでは使いにくい、と思われる人もいるかもしれない。しかし、この「ボイスピックアップマイク」はそうではない。

「単に小さな声をピックアップするだけなら、音量を上げるだけですが、それでは使い方が限定されてしまいます。そこを我々は音声合成のAIを活用して、声を復元していくような形で、ウィスパーボイスを普通の話し声に変換する研究を進めています。そうすると『こんにちは』というつぶやき声が、普通に『こんにちは』と話したように復元できます。」

「今は語彙を絞ってAIに学習させている段階」という西浦教授。今後はさらに自然な音声復元を目指して研究したいとのこと。さらに驚きなのが、この声が使えば使うほど自分の声に近づいていくという点だ。

「使い始めは、他人の声のような、やや違和感がある声かもしれませんが、使うたびにAIが自分の声を学習してくれます。数週間ほどで徐々に自分の声に近づき、1~2カ月も使えば十分なデータが集まるので、ほとんど自分の声と変わらないくらいの品質になることを目指して研究を進めています」

「電車で電話」が当たり前に? 音に縛られない社会を目指して

西浦教授は音テクノロジーの研究を進めるかたわら、株式会社ソニックアークの副社長として「騒音フリー社会」を理念に掲げ活動している。今後のビジョンについて伺った。

「私たちの生活が豊かになった分、騒音は日に日に増え、今では江戸時代の何十倍もうるさい日常になっていると言われています。人が増やした騒音は、人が減らしていかないといけない。そこに私の音の研究から何か貢献できればと考え、生まれたひとつがこの『ボイスピックアップマイク』です。このマイクのいいところは、周囲に聞こえないくらいの小さな声で届くというだけでなく、周囲の音がマイクの向こうの相手にも聞こえないという点です。騒音を気にせず、話をすることが可能になります。

例えば、電車やバスなどで電話をかけることを想像してみてください。今は、自分の話し声が周囲への配慮にかけるとしてマナー違反になりますし、車内の騒音が電話に入って話し相手にも気を遣うことになります。しかし、このボイスピックアップマイクなら、自分はつぶやくだけでいいので周囲には聞こえませんし、騒音もカットされます。他にも、コロナの影響で増加しているテレワークやオンライン会議にも有効です。両親はオンライン会議に、子どもはオンライン授業にそれぞれ参加するとなった場合でも、このマイクならそれぞれの声は混信しないので、安心して会議に参加できるようになるはずです」

その他、音声認識のコントローラーとしての使用や、障害や病気で失った声の復元など、活用の場面はさまざま思いつく。実際に使えるようになるのが楽しみな「ボイスピックアップマイク」だが、製品化向けて課題もある。

「音は十分に取れるようになりました。次の課題は、安定して装着できるデバイスの実現です。位置が少しでもずれると音質が変わってくるので、どうやって首元に固定するのかはこれから検討していきます。また、ウィスパーボイスの変換を高精度に行うための研究も必要です。音を変換する仕組みは完成しつつありますが、安定して声を検出できないとまだきれいな声になりにくいんです。今後はそこをクリアしていくことが当面の課題ですね」

子どもが騒ぐから家ではオンライン会議に参加できない、公共の場で人の話し声がうるさくてストレス、など生活の中で音に関する悩みは思いのほか多い。そんな課題をひとつひとつ解決してくれるのが、西浦教授の研究だ。身の回りにある音が今、テクノロジーで大きく変わろうとしている。

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西浦敬信

奈良先端科学技術大学院大学博士課程修了 博士(工学)。エイティーアール音声言語通信研究所 研修研究員 、和歌山大学システム工学部助手を経て、2004年に立命館大学に着任。現在は、情報理工学部教授を務める。専門は音響情報処理、音響信号処理、音響システム、音インターフェイス。

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