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【心理学の専門家が解説】産後クライシスの原因と夫婦仲改善のコミュニケーション方法とは?

2021年10月7日




結婚前は誰から見ても仲睦まじいカップルだった2人が、結婚して子どもができた途端、関係が一変。すっかり会話も減り、険悪なムードに—。時折目にする「産後クライシス」とも呼ばれるこの状態には、一体どんな原因があるのか。また、それを回避するためには、どのようなコミュニケーションが有効なのだろうか。臨床心理学の観点から夫婦関係の維持・向上を研究している、立命館大学総合心理学部の三田村仰准教授に聞いた。

〈この記事のポイント〉
● 深刻な核家族化が産後クライシスの原因のひとつ
● 夫の側に、母になっていく妻と協同して、主体的に父になっていこうという意識が必要
● 男性が「夫婦の危機」に対して主体的にコミットすることが重要
● 出産後は男女共に今のライフスタイルを変える覚悟を
● 提案の切り出しはソフトに、相手の提案からは逃げずに向き合う

産後クライシスとは? どんな危機があるのか

「産後クライシス」とは、出産後、急速に夫婦仲が悪くなり、夫婦関係が破綻しかねないような“危機的な”状態になることを指す。
産後は、妻が“母”へ、夫が“父”へと、夫婦それぞれに大きな変化を求められる時期である。特に女性側にとっては、自身のライフスタイルの急激な変化がほとんど強制的に発生するのに対し、男性側にとってはそうした変化が本人次第なところがあり、夫婦間の価値観のすり合わせが必要となる。
産後クライシスに特になりやすい期間は産後〜3、4年と言われるが、その間に夫婦関係が決定的に損なわれてしまった場合、離婚や実質的な夫婦関係の破綻といった、その後の子育てにも大きな影響を与える結果にもなりかねない。

産後クライシスの原因は近代化された家族構造にあった?

「産後クライシス」という言葉が日本で初めて取り上げられたのは2012年、NHK総合テレビの朝の番組で特集が組まれたのがきっかけだ。その後2013年には本も出版され、日本でも広く知られるようになった。

「定義としては、『出産から子供が2歳くらいまでの間に夫婦の愛情が急速に冷え込む現象』のことを指します。日本で注目されるようになったのは2012年頃からですが、実はアメリカでは1990年代から同様の現象について研究が進められていました。カップルの間に子供ができた時期を、夫婦における『親への移行期』と捉え、その時期に関係が悪化する現象についてさまざまな調査が行われました。
産前産後で夫婦仲が急速に悪化するようになった背景のひとつは、近代化された家族構造にあると考えています。かつて「男は外、女は内」という言葉があったように、父親は仕事で家庭外にコミュニティを持てる一方で、母親は家の中で1日中子供と一緒に過ごすことになる。『母子カプセル』とも呼ばれるこの状態は、非常に不健康で、無理のある状態と言えます。その状態の異常性に気づき、指摘されるようになったことが『産後クライシス』という言葉が生まれた背景だと考えられます」(三田村准教授、以下同じ)

社会の近代化以前は、祖父母や地域の援助を借りるなど、外部とのつながりの中で子育てをし、母親も畑仕事や地域活動に参加することができた。しかし核家族化が進む中で、子育ての負荷が母親にのみ重くのしかかり、夫婦間のギャップが相対的に大きくなったともいえるだろう。

女性側にかかる危機的な負担 男性のフェアネス意識が重要

夫婦間のギャップは、子育ての負荷だけではない。「夫婦の危機」とも表現される産後クライシスだが、それ以前に「母親自身の危機」という前提を理解することが必要だと三田村准教授は指摘する。

立命館大学総合心理学部 三田村仰准教授

「『親への移行期』と言われるこの時期は、産前産後で大きな心理的変化を伴います。『母親になる』という人生最大の変化は大きなストレスになっていることに違いありません。それに加えて女性は出産を経て、お腹が大きくなったり、体型が大きく変わってしまったりと、身体的な変化も起こります。『自分の身体が自分のものでなくなるような感覚になった』という人もいます。
さらに、出産することで社会的な変化も余儀なくされます。産休・育休を取得し仕事を休まなければならなくなったり、その後職場に戻れたとしても出世コースからは外されてしまう、いわゆる『マミートラック』などの不利益を被ることもあります。
このように、産後は女性にとって心理的・身体的・社会的な変化を迫られる時期なのです。その危機的な時期を一緒に乗り越えていくはずのパートナーが、『自分はこれまで通りで』と、同様の生活を続けようとするならば、大変なアンフェアが生じてしまう。そのギャップが夫婦の危機につながるのではないでしょうか」

【産後クライシスを避けるヒント①】「親への移行期」に対する心構え


「子供のためにももっと仕事をがんばらなきゃな」「今日は妻の体調が良さそうだから、俺は家にいなくても良さそうだな」。そんなことを思った経験がある男性の方もいるかもしれない。しかし、この考えこそが夫婦間のギャップを生み、産後クライシスにつながると三田村准教授は語る。

「産後クライシスという問題は、男性がどう振る舞うかが重要になってくると考えています。具体的に言えば、子供ができてカップルから親へ移行する段階になった時に、自分の今までの生活を変える覚悟をもつということが大切です。子どもができる前に描いていたキャリアビジョンや理想のライフスタイルを少なくとも保留するくらいの姿勢が必要になるでしょう。女性が大きな変化を迎えているのと同様に、男性も大きな変化を受け入れる覚悟が大切だと言えます」

まずは大きな危機を迎える妻を支えるパートナーになるという意識。そして、「上司が言うには…」「友達夫婦は…」と他人の話を持ち出すのではなく、ふたりの問題として主体的に問題に向き合う態度が必要になるだろう。

【産後クライシスを避けるヒント②】「不幸なコミュニケーション・パターン」に陥っていないか?


もうひとつの問題は、ふたりのコミュニケーションスタイルだ。以下の夫婦のような会話に心当たりはないだろうか。

妻:ねえ、いつも洗濯物はカゴに入れてって言ってるでしょ!
夫:わかったわかった。
妻:ねえ、ほんとに聞いてる?いい加減にしてよね
夫:わかったって。しつこいなあ。

妻が問題を提起し、夫はそれを回避しようとする。このような夫婦のコミュニケーション・パターンについては国内外で数多く調査が行われており、このスタイルをとるカップルほど関係が悪化しやすいという結果が報告されている。

「女性が困り事を提示した時に、男性が『気にするほどのことじゃない』などと適当にあしらったり、真剣に取り合わないでいると、女性がさらにヒートアップし、男性はさらに逃げてしまうというようなやりとりがあります。このような追う側・追われる側に分かれたコミュニケーション・パターンは、夫婦の関係を悪化させてしまうことが報告されています。
解決策としては、まず提案する女性側がいかにソフトに切り出せるか。第一声から苛立ちが相手に伝わるようだと、男性側は一気に逃げ腰になってしまいます。むずかしいことではありますが,できるだけ穏やかに話始めることが有効であることが研究からもわかっています。
そして男性側も、女性からの働きかけをないがしろにしたり,聞き流そうとしたりしないこと。逃げたり,守りに入ろうとすればするほど、女性は不安や怒りを抱えてしまい,一層強くメッセージを届けようとすることになります。男性側としては,そうした女性側の反応に対し,不安や緊張を感じることもあるでしょう。しかし,そうした時でも,しっかりと相手に向き合うことが短期的なコミュニケーションとしては必要です」

読者の中には、すでに結婚し円満な家庭を築いている人もいることだろう。しかし、「自分は大丈夫」と思わずに、これを機にパートナーとのコミュニケーションを見直してみてはいかがだろうか。普段から頼み事・頼まれ事の風通しを良くしておくことは、出産の有無に関わらず、生涯を共にするパートナー同士として必要不可欠なはずだ。

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三田村仰

日本大学大学院文学研究科博士課程前期課程修了、関西学院大学院文学研究科心理学専攻 修士課程後期日程修了。博士みどりトータルヘルス研究所・カウンセラー。京都文教大学、近畿大学大学院、関西学院大学、関西福祉科学大学を経て、現在は立命館大学総合心理学部総合心理学科 准教授を務める。専門は認知行動療法(臨床行動分析)、機能的アサーション・トレーニング。

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