スマートウォッチやランニングウォッチが、私たちの日々の活動をセンシングし、健康状態や運動量を視覚化することが、すでに当たり前の時代になっている。現在広く普及しているウォッチ型デバイスはもちろんのこと、今後はさまざまな形で身体に取り付けられ(ウェアラブル)、人の生活を拡張していくことが予想される。ウェアラブルデバイスは今後、私たちの生活をどのように変えていくだろうか?
● イノベーションを狙うメガネ型デバイスのセンシング技術
● センサーの小型化、低価格化が次世代デバイスを飛躍させる
● 刺した食材がわかるフォークの仕組み
● 小型ロボットを“身に付ける”時代
● ウェアラブルデバイスが「より良い人生」をサポートする?
次のスタンダード「メガネ型デバイス」では目の活動が利用される
Googleがメガネ型ウェアラブルデバイス「Glass Enterprise Edition 2」の法人向け提供を開始するなど、次世代のウェアラブルデバイスのスタンダードとしてはメガネ型が筆頭といえる。
立命館大学情報理工学部 村尾和哉准教授の研究室では、ウェアラブルデバイスに搭載されたセンサーで身体の動きや状態を把握し、それを人間のQOLに役立てようという研究が進んでいる。
村尾研究室の双見京介助教が見せてくれたのは、「目」のケアに役立つウェアラブルシステムの試作機だ。
このデバイスでは、瞬きする際に目周辺の筋肉運動によって皮膚が隆起することに着目した。メガネのフレームに装着されているのは「赤外線距離センサー」だ。
「赤外線距離センサーによって瞼からフレームまでの距離の変化を測定することができます。瞼表面の皮膚の隆起を捉えることで、瞬きの回数や眼球の動きを認識することが可能になりました。
赤外距離センサーは軽量・小型・低消費電力なうえ、非常に安価というメリットがあります。現在は、できるだけ低価格で眼球の動きを認識するデバイス開発に注力しています。そのような技術が安価に実現することで、眼球の疲労状況やドライアイ、集中力の分析など、さまざまな応用技術の一般普及が可能になります」(双見助教)
ウェアラブルデバイスにおいては、センサーの高品質化・低価格化が、その価値を大きく左右する。その進化があるボーダーを超えたとき、スマートフォン売り場とメガネショップが統合されるようなイノベーションが待っているかもしれない。
フォークに伝わる音で「食材を見分ける」技術も
こちらは、村尾准教授が研究を進めている、アクティブ・アコースティック(音響)・センシング技術を応用したフォークだ。フォークには微小な振動を発生するスピーカーとマイクが取り付けられているというのだが、果たしてフォークはどんな情報を捉えているのだろうか。
「例えばニンジンやお肉などの食材を刺したとき、食材が音を吸収するんですね。吸収される音は食材によって違ってきますから、このフォークで食事をすると、どんなものをどのくらい食べたかを測定するといったフードレコーディングのようなことが可能になります。
また、食育的な活用としては、子供がどのような順番で食べているかや、偏った食べ方をしていないかがわかったり、頑張って何かを食べたときに楽しませるというような応用も考えられます」(村尾准教授)
そのほかにも、さまざまなタイプのデバイスを研究している村尾准教授に、メガネ型のさらに先に一般化が期待されるデバイスについて聞いた。
「メガネの先というと、コンタクトレンズ型デバイスと言いたいところですが、現在の技術を見る限り、これにはまだ時間が掛かりそうです。
最近増えてきたのが、皮膚に貼り付けるデバイスです。湿布のようなデバイスや、印刷可能なタトゥーのようなデバイスによって、筋活動や脈拍を計測するセンサ、タッチ操作入力ができる入力インタフェース、センサデータや通知を表示するディスプレイなどを簡単に皮膚に搭載することができます。
また、装着するロボット、身体上を移動するロボットのようなデバイスも出てきています。腕を動くとか服の上を動くといったイメージですが、これもウェアラブルデバイスの一種といえます。例えば、寝たきりの人の体を移動していって薬を飲ませてあげたり、介護の補助をしてくれるようなことが可能になるでしょう」(村尾准教授)
自分をより良く“制御”するきっかけを与えるデバイスが現れる!?
ロボットが「身に付けるデバイス」になるというのは、なんとも未来的な話だが、ウェアラブルデバイスが今後、人間の能力を拡張していくことは間違いない。『攻殻機動隊』や『マトリックス』につながるような世界が、果たしてやってくるのだろうか。
双見助教は、ウェアラブルデバイスによって、自分の行動を無意識にコントロールしていくような未来を描いているという。
「私はウェアラブルデバイスがセンシングした情報により、自分をより良く行動させたり、より良いパフォーマンスを発揮させたりすることが可能になるのではないかと考えています。
心拍数などのセンサー値を基にして自分の状態を正常だとコンピュータから伝えられると、実際に体調が良くなるといった研究結果なども出てきています。つまり、心身の状況をセンシングし、上手にメッセージを発信することで、人の行動や心身をより良くすることも可能になるのです。
例えば、自制心が弱い人や状況でも、デバイスが人の状態を読み取って、行動や心身が改善される方向に、気づかないうちにサポートをすることができるようになるかもしれません。そうなれば、自分が本来持っているポテンシャルを、ウェアラブルデバイスがサポートして、より良い人生を歩んでいくことが可能になるのではないでしょうか」(双見助教)
運動量の“見える化”によって、運動の継続モチベーションが高く保たれることは、多くの人が実感しているのではないだろうか。今後は、さまざまなデバイスとセンサーによって、自らの身体的、心理的状況が可視化される未来がやってくる。その時、ウェアラブルデバイスは、名実ともに人生のパートナーとなるのかもしれない。
村尾和哉
大阪大学大学院情報科学研究科博士課程後期課程修了。2011年より日本学術振興会特別研究員(PD)。神戸大学大学院工学研究科助教、立命館大学情報理工学部助教を経て、2017年より同准教授。2019年よりJSTさきがけ(兼任)。ウェアラブル・ユビキタス・モバイルコンピューティングの研究に従事。
双見京介
工学博士。立命館大学 情報理工学部 助教。京都女子大学 非常勤講師、神戸大学大学院工学研究科 非常勤講師。ウェアラブルコンピュータ、人間拡張工学、ヒューマンコンピュータインタラクション等を専門とし、心身の制御や向上のためのコンピューティング技術の研究に従事。