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関東大震災100年 京都移転した文化庁に続く地方移転はあるか? 日本の都市計画の課題

2023年10月27日


関東大震災100年 京都移転した文化庁に続く地方移転はあるか? 日本の都市計画の課題

文化庁の京都移転は、東京一極集中の是正を進める国家プロジェクトであり、明治以来初の中央省庁の移転となった。首都直下型地震のリスクが議論される中、国の持続可能性を高める意味でも省庁の地方移転は今後も進んでいくのだろうか。人口減少時代の都市計画の視点から、将来に向けた課題について、都市・住環境政策に詳しい立命館大学 政策科学部の吉田友彦教授に伺った。

〈この記事のポイント〉
● 省庁の地方移転はなぜ行われるのか
● 実は1950年代から続く、首都機能移転の議論
● 増える「シュリンキングシティ」とは
● 問題は「急激な人口減少」

文化庁の京都移転の背景は?

2023年3月の文化庁移転は、2014年12月の閣議決定「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に端を発するとされている。掲げられた政策目標は、
・人口減少問題の克服
・人口減少の歯止め
・東京一極集中の是正
・成長力の確保

の4点だ。現在、地方の人口減少に歯止めがかからない一方で、東京圏だけが人口増加を続けると見込まれている。内閣府は「政府関係機関の地方移転」によって、地方移住の推進、企業の地方拠点機能強化、地方大学の活性化などを促し、地方への新しいひとの流れをつくることを意図しているといえる。

都市計画研究者から見れば、東京の一極集中はずいぶん心配なわけですね。その背景には上記の政策目標のほかにも、首都直下型地震のリスクなど、関東大震災100年で関心の高まる災害リスクの懸念も大きいでしょう。
私は横浜育ちですが、横浜の小学校では『9月1日は関東大震災のあった日」ということを繰り返し教えられた記憶があります。これにより、『関東大震災は非常に恐ろしかった』ということが頭に刻まれているのです。
未来のことは誰にもわかりません。関東大震災級の地震が来ることも想定した都市設計が必要です。

今回の文化庁の京都移転のほかに、徳島県による消費者庁誘致、和歌山県による総務省統計局誘致、大阪府と長野県から特許庁、大阪府から中小企業庁、北海道と兵庫県から観光庁、三重県から気象庁誘致が出されています。
移転には省庁職員の異動・派遣が伴いますから、京都という“やりやすい場所”から始めたのだろうという印象を持っています。
今後の移転については、まずは希望する道府県に対応することが重視されるべきかと思います。徳島県は神山町などで産業誘致が有名になっていますから、消費者庁誘致などは面白い。また、北海道の観光庁誘致などは合理的な移転だという印象を持ちます。地方ごとの特色や文脈を活かした移転が行われるべきだと考えています」(吉田教授、以下同じ)

首都機能移転の議論は70年前から始まっていた

今回の文化庁移転は明治以来初の中央省庁の移転となったわけだが、首都機能移転の議論自体は1950年代後半から既に始まっている歴史のある政策議論と言える。

「1977年の『第三次全国総合開発計画』でも首都移転が引き続き期待された様子が伺えますし、その後も国土庁は首都改造計画策定調査委員会、首都機能移転に関する懇談会などを設置し、首都機能移転を前提とした政策議論を継続しています。1996年には『国会等の移転に関する法律』の改正により、国に『国会等移転審議会』が設立されるに至っています。
そのような中で、都市計画論研究の立場から『遷都論 ~二十一世紀国家への脱皮のために』を1990年に刊行した早稲田大学都市計画講座の戸沼幸市教授は、国の審議会で『改都・展都・休都・重都・分都・遷都』などの首都機能移転の方法を紹介しています。

戸沼幸市教授による「首都機能移転の方法」

このカテゴライズから見ると、今回の文化庁移転は『分都』と言えます。分都の議論を続けるのか、遷都と分都を両方議論するのかは、大きく違うと思いますが、都市計画とは、長い目で見て両方を議論する学問であると考えています。私は遷都や分都を直接的な研究テーマにしたことはありませんが、色々な国の首都の成り立ちや今後の可能性を議論すること自体は都市計画学を涵養する上で必要だと思います。
インドネシアのヌサンタラ、ブラジルのブラジリア、パキスタンのイスラマバード、マレーシアのプトラジャヤなど、首都機能移転は世界的にいくつもの事例があります。『次は何庁が移転するのか?』という話題が先行するかもしれませんが、『分都か遷都か』という大きな枠組みの中で研究的な議論をしてみたいです」

先進国で増える人口減少時代の街「シュリンキングシティ(縮小都市)」

「まち・ひと・しごと創生総合戦略」でも真っ先に掲げられた政策目標である「人口減少問題の克服」は、首都機能の移転はもちろんのこと、今後の日本の都市計画においても極めて大きな論点といえる。

「文化庁の移転の始まりが『人口減少問題の克服』から始まっていることは、私の研究の立ち位置『シュリンキングシティ』の観点から見ても重要な課題です。シュリンキングシティとは、先進国において1990年代以降に見られるようになった『人口減少とそれに伴う都市機能や空間縮小が顕著な都市』を指します。

シュリンキングシティにおける問題では、例えばヨーロッパでは、『ポスト社会主義』の都市のあり方が問われるケースがあったり、アメリカでは『産業の高度化』のあり方が問われたりしています。
一方、日本では人口減少が少子高齢化の問題として議論されることが多いように思います。
先日、鹿児島県の奄美市を訪ねて高齢化の現状を調査してきました。ある集落ではこの50年で人口が4分の1になっていました。実に75%の人口減少です。そこで何が起きているかと言えば、住宅の空き家化、教会などのコミュニティ施設の放棄化、観光施設の増加などが顕著でした。
とはいえ、自動車のない高齢者の買い物などは、近所で車のある人が数人で車を出し合って、助け合いながら買い物をしているそうで、共助の仕組みがよく構築されています。人口が75%減少しても、その集落では破滅的な問題が起きるわけでもなく、普通に人々の生活が営まれ続けています。課題のある中で、その影響を最小限に抑えてソフトランディングさせる知恵や潜在力がコミュニティの中にあると感じました

人口減少の議論では、しばしば地方の都市・集落が消滅するようなイメージで報道等されることが多いが、コミュニティ、そして人間にはその環境に対応していく力を発揮できるという事例だろう。

人口減少そのものよりも「急激な人口変化への対応」が課題

「明治初期の日本の総人口は3500万人ほどです。現代のGDPが大きい国では、ドイツ8300万人、イギリス6700万人、フランス6800万人、イタリア5900万人、カナダ3800万人ほどです。日本の人口ボリュームをみると、人口減少そのものが問題だと言えない面もあります。
私は、総人口の規模というよりも、人口減少に向けた『急激な変化』が問題になると考えています。いったん成長期に構築した都市サービスやインフラをどのように維持するのか、住宅市場や建設市場をどのように縮小させていくのか。今後10年から20年で一時的に増加するであろう医療・福祉需要、火葬場の需要、墓地の需要をどのようにさばくのか。

我が国における総人口の長期的推移

2100年頃には日本の人口は6400万人程度になるとされていますが、いまの出生率だと概ね正しい数値といえそうです。仮に2100年頃に日本の人口一定の定常化が図られるとして、作り過ぎたインフラやサービスはないかどうか、あるならばそれをどのように縮めていくか、どうやって維持コストを低減するか、を検討していきたいと考えています。
少子高齢化の果てにどのようなことが起きるのか。日本的なシュリンキングシティ論は、アメリカともヨーロッパとも異なった現象と言えそうです」

1億人を超える人口を支える規模で整備されたさまざまなインフラや行政サービスを、シュリンキングシティが増加する時代に、どのようにソフトランディングさせていくのか。東京一極集中を是正しながら、地方の力を高めるきっかけとして期待される省庁の地方移転と併せて、すべての日本人が注目すべき議論ではないだろうか。

立命館大学 政策科学部 吉田友彦教授

吉田友彦

岡山県生まれ、横浜・大倉山育ち。駒場東邦高校(私立・東京都)卒業。 京都大学工学部建築第二学科、大学院工学研究科環境地球工学専攻修士課程、同博士後期課程、日本学術振興会特別研究員などを経て1996年11月に京都大学博士(工学)。豊橋技術科学大学助手、筑波大学講師ののち2008年4月から立命館大学政策科学部准教授。2010年4月より同教授。

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