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防災の日に知りたい 災害増える日本の“リスク・コミュニケーション不足”問題

2019年8月23日




政府の避難勧告ガイドラインが今年(2019年)3月に改定され「警戒レベル」という言葉を耳にするようになった。これは大雨時の危険度や住民の取るべき行動を示す、新しい基準。改定の背景にあるのは、犠牲者が200人を越え平成最悪の水害となった、昨年7月の西日本豪雨だ。行政の発する避難情報が住民の危機感に結びつかず、多くの犠牲者につながったとも指摘されている。自然災害をめぐる行政と住民の間のリスク・コミュニケーションは、被害規模を大きく左右しかねないファクターだ。

人命や生活をも左右するリスク・コミュニケーション不足

アユタヤ遺跡群は川に囲まれ洪水被害を受けやすいため、雨季にのみ立ち上げられる”折りたたみ式”堤防が設置されている(壊された土の堤防とは異なる)

そんな「リスク・コミュニケーション不足」が被害を拡大させた例として、防災まちづくりを研究する豊田祐輔准教授(立命館大学 政策科学部)は、2011年にタイで起きた洪水被害を挙げる。3ヵ月以上にわたって大地を水で覆い、甚大な被害をもたらした大規模洪水だ。その猛威は、世界遺産アユタヤ遺跡群のあるアユタヤ島にも及んだ。

遺跡が浸水する大洪水をそれまでに何度も経験していたアユタヤ市は2011年、洪水に備えて川沿いの市場に応急的な土の堤防を設置した。ところが、近隣市場の商店主たちが「市場の面積が狭まり商売に支障をきたす」と反発し、堤防を壊してしまう。最終的には商店主たちも堤防の設置に同意したものの、時すでに遅く、新しく作った堤防の土が固まる前に水かさが増して、堤防は決壊。まさに住民と行政の間のリスク・コミュニケーション不足が、世界遺産の水没という被害につながってしまったのだ。

また、国内でリスク・コミュニケーション不足が被害を拡大した事例としては、東日本大震災における福島第一原子力発電所での事故は言うまでもない。「政府の事故調査委員会でも指摘されているように、情報公開が遅れたことやプレス発表を控えたこと、そして曖昧な説明に終始したことにより、避難が必要な住民に混乱を与えたことは事実です」(豊田准教授)。

もっと言えば、同委員会(国会事故調)の報告書によれば、政府の避難指示によって避難した住民は約15万人に達したが、住民の多くは正確な情報を知らされることなく、ほんの数日間の避難だと思って「着の身着のまま」で避難先に向かい、そのまま長期の避難生活を余儀なくされたという。

このように西日本豪雨、アユタヤ島洪水被害、そして福島原発事故という数例だけを見ても、リスク・コミュニケーション不足が人命や生活を脅かす恐ろしい事態であるとよく分かる。

ゲームでの災害体験が現実の防災を変える

タイの小学校で実施した防災ゲーミング・シミュレーションの光景

では、どうすればリスク・コミュニケーションを促進し、減災につなげられるのか。豊田准教授は「減災には主体間の連携が欠かせないからこそ “災害が起こる前”のリスク・コミュニケーションが重要になる」と指摘した上で、ゲーミング・シミュレーションの手法を提案する。ゲームの中で安全に災害を体験して教訓を得られる学習ツールを、十年以上にわたって開発・効果検証してきたという。

豊田准教授の作成したゲーム内で起こる災害のプロセスや被害は、プレイヤーの行動や、プレイヤー同士のコミュニケーションに影響されるように設計されている。上述のアユタヤ洪水に当てはめると、商店主役と市長役が話し合ってお互いの考えやリスクを理解し合い、防災のための行動を取ると洪水被害を最小限に抑えられる。はたまた話し合いが決裂して洪水対策を取らないと大きな被害を被る、といった具合だ。それぞれのシナリオを辿り、どのような判断や行動をすべきだったか最後に振り返るまでがゲームの流れだ。

リアリティのため、プレイヤーの取りうる判断や行動、それらに起因する災害のプロセスや被害は、現実の災害の調査結果に基づいている。どんな防災対策をすれば経済的・人的被害をどの程度軽くできるか、過去にどんな主体間連携が機能したのか、といった要素がモデル化されてゲームに落とし込まれているのだ。

ゲーミング・シミュレーションの利点について豊田准教授は「現実世界では許されない『失敗』を体験できることに加え、現実とは異なる役割をゲーム内で担うことで、別の主体の判断や行動の理由を理解できるようになる」と語る。たとえば、現実の商店主がゲームでは市長役となりプレイすることで、なぜ現実の市長が市場の一部を壊してでも堤防を作ろうと判断したのか理解できるようになる。また、他地域の減災事例や教訓を追体験することで、自分の居住地域ですべきことを考えるきっかけになるという効果もある。

学生が授業で作成したゲームの一例

実際に今まで、タイの大学や小学校、洪水被害に悩む地域コミュニティなどで、また国内でも大学の授業や地域でゲームを実施してきた。参加者からは「ゲーム形式だから楽しみながら学べた」「現実で取るべき行動を考えるきっかけになった」といった感想を聞くことが多いそうだ。

災害大国のわりに防災意識の低い日本人

それでは、ゲーミング・シミュレーションを通じて私たちが目指すべきリスク・コミュニケーションはどんな形がありうるのだろうか? 好例として豊田准教授が挙げるのが、災害多発国のフィリピンでも特に災害が多いアルバイ県だ。ここでは行政ではなく地域住民が雨量計を管理・測定し、住民自身で避難の判断をしているという。

「避難を開始すべき雨量は各土地によって異なります。日本では避難判断の大部分を行政が担っていますが、アルバイ県では避難主体である住民が担っている。降水予測などの行政情報や地域の情報を双方向に情報共有できる体制も整えられており、主体間の連携がうまくできている事例と言えます」

大切なのは、行政から住民へ一方的に情報提供するだけでなく、一部でも住民が防災に参画し、当事者の住民自身が対策を考える仕組み作りだ。国内でもゲーミング・シミュレーションを通じてその取り組みを広めたいと話す豊田准教授だが、「日本人は災害大国に住んでいるわりには住民の防災意識が低い」と大きな課題を指摘する。

たしかに、ハザードマップなどの災害情報は各戸に配布されたりネット上でも公開されているが、実際に閲覧したことのある人は少ないだろう。洪水や土砂災害が起こると、報道で「長年住んでいたがこんな災害に遭ったのは初めて」という住民の声もしばしば紹介されるが、そういった場所は実はハザードマップで浸水が想定されているケースも多いという。2013年の台風18号で洪水被害を受けた京都・嵐山もその例だ。

防災意識の低下とは裏腹に、地球温暖化の影響もあって自然災害は増えていて、ある土地で長年起こっていない災害が発生するリスクも十分にあります。まずはその事実を認識することが大切です」と豊田准教授は警告する。その上で重要となるのは、他地域における災害や防災方法を学んで、地元の防災に活かすことだ。

「防災活動へ積極的に参加している住民にはゲーミング・シミュレーションを実施し、他主体と協力して被害を軽減する方法を検討してもらうと同時に、率先避難など住民避難を促す役割を担ってもらうことが考えられます。防災活動に消極的な住民に対しても、避難情報を伝えることはもちろん、『別の地域では避難することでこんな被害を回避できた』といった避難の効果も伝えることで、避難を促せるかもしれません」

ハザードマップのポータルサイトからは、特定の市区町村のハザードマップへ簡単にアクセスできる

現代日本人の防災意識に向上が必要なことは以前にも当サイトで論じたことがある。気候が変化し、自然災害が目に見えて増える今、防災に対する姿勢を改める必要があるのは間違いない。地域の防災訓練などにいきなり参加するのはハードルが高いが、ハザードマップのポータルサイトから自分が住む地域のハザードマップにアクセスするなど、簡単にできることもある。まずは自分の足元を顧みて災害に対する心構えの第一歩とすることが、いま多くの現代人に求められている。

豊田祐輔

立命館大学政策科学部政策科学科卒業。立命館大学大学院政策科学研究科 博士(政策科学)。2013年に立命館大学に着任。現在は政策科学部准教授、国際部副部長、OIC国際教育センター長を務める。専門は、社会システム工学・安全システム、自然災害科学・防災学、地域研究、教育学。

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