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知らないでは済まされない! 中国とインドの「脱炭素イノベーション」

2021年3月24日




太陽光発電や風力発電などの導入を進め、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を図っている中国とインド。エネルギー政策の再構築が急がれる世界で今、両国の急激な変化が注目を集めている。その取り組みを「イノベーション能力」の視点から分析し、イノベーション政策による産業の脱炭素化を研究する立命館大学国際関係学部の林大祐准教授に、中印両国のイノベーションの現状、そして日本が受け取るべき教訓などを聞いた。ビジネスパーソンの基礎教養となる、「アジアのエネルギー政策の今」とは?

政府が野心的な目標を掲げ、政策支援をしている中国とインド

中国とインドでは、総発電容量の大部分を石炭火力発電が担っているが、新規設備導入量では風力発電と太陽光発電の合計が石炭火力発電を上回り、急速にその割合を増やしている。林氏は、中国とインドが再生可能エネルギーの普及に走る背景に、両国政府の野心的な導入目標があると分析している。

「2019年末の時点で、中国の風力発電の設備容量は201GWで、太陽光発電(PV)は205GW。太陽光と風力ともに世界1位の市場規模となっています。インドは風力発電が38GWで世界4位、太陽光発電は35GWで、世界第5位となっています。両国に共通するのは、政府が野心的な目標を掲げ、政策支援を実施していることです。
たとえば中国は、2020年末までに風力発電を210GW、太陽光発電は110GWにすることを目標に掲げています。インド政府は2022年末に、風力発電を60GW、太陽光発電を100GWとするとしています。
ただし、発電電力量に占める石炭火力の割合はまだまだ高く、脱炭素化には程遠いのが現状です。何とかエネルギー構造を転換しようという動きが、見え始めてきたところといえるでしょう」(林准教授、以下同)

再生可能エネルギー普及の動機としては、中国は大気汚染対策、気候変動対策、グリーン産業の育成による産業構造の転換、インドはこれらに加えてエネルギーアクセスの向上が重要である。両国とも再生可能エネルギーの普及には成功したが、当該分野のイノベーション能力には大きな差があると林氏は指摘する。

イノベーション能力の差を測るひとつの方法として、特許申請数の比較があります。2000年から2017年までの両国の風力発電と太陽光発電に関する特許申請数を調べると、中国は、風力発電に関する特許申請数が32,000強。太陽光発電が26,000強でした。対してインドは、風力発電が4,000程度で、太陽光発電は2,500程度。大きな違いがあり、中国のイノベーション能力がインドを圧倒的に上回っていました。市場規模ではインドも健闘しているわけですが、イノベーション能力には大きな差がある。その差は政策支援の差にあると考えています」

イノベーションを促進する「技術プッシュ政策」と「需要プル政策」

林氏の言葉を借りると、イノベーションには、「技術イノベーション」「社会イノベーション」などがあり、多義的な概念といえる。
林氏が着目している技術イノベーションは、技術進歩や経済成長の源泉だ。そのイノベーション能力は、「技術変化のプロセスを生み出して管理する能力」と定義されている。技術変化のプロセスは、
①新しい技術を発明し、
②それを革新(イノベーション)して、
③普及させる
という3段階
に分かれている。
①の発明は技術的に新しい製品や生産工程を開発することで、②の革新は発明の商業化のことを意味する。③の普及は商業化された製品や生産工程が市場に広く浸透する過程を指す。その①発明、②革新、③普及を指して技術変化といい、それを生み出して管理する能力をイノベーション能力と呼んでいる。このイノベーション能力を向上させ、イノベーションを促進するには、技術プッシュ政策と需要プル政策の両方が求められる。

技術プッシュ政策は、研究開発に対して補助金を出すなどして、科学技術の進展を促進することで、技術変化を後押しするもの。需要プル政策は、風力発電や太陽光発電といった特定の技術に対する需要を増加させ、市場を拡大させることによって、イノベーションを引き出すものです。
中国、インドともに需要プル政策に積極的に取り組んできましたが、中国は、技術プッシュ政策についても、研究開発の支援などを一貫して行ってきました。ふたつの政策が組み合わされたことで、中国のイノベーション能力は急速に拡大したといえます。一方、インドでは風力・太陽光発電産業ともに、有効な技術プッシュ政策が実施されず、イノベーション能力の停滞につながりました

中国のイノベーション能力が拡大した結果、太陽光発電産業に関しては、中国が大きく台頭し、太陽光パネルの価格などでは、世界のどの国も勝てない状況をつくり出している。林氏によると、インド国内で使っている太陽光パネルもほとんどが中国産で、労働力の安いインドでさえも中国産には勝てない状況だという。今後は、洋上風力発電などの分野に関しても、中国のイノベーション能力が増してくることが考えられ、輸出市場に参入してくれば、日本の脱炭素化に向けた道のりにも影響を与える可能性があると林氏は指摘する。

日本の太陽光発電は、実は非常に健闘しています。2019年末現在で設備容量は62GW。世界2位です。2012年に固定価格買取制度(FIT)という再生可能エネルギー発電に対する補助金を導入してから急速に伸びました。ただし、日本の太陽光発電市場が拡大する以前に、中国は既に世界最大の太陽光パネル生産国になっていました。
一方で日本の風力発電はわずか3.8GW。世界20位です。立ち遅れている原因には、環境アセスメントを含む開発期間が非常に長いことや、立地規制が厳しいこと、再生可能エネルギー発電の新規事業者が、送電線をなかなか利用できないことなどがあるといわれています。
また、日本では国内市場の拡大に時間がかかったので、メーカーは苦戦し、特に大手メーカーはすべて、陸上風力発電から撤退してしまいました

日本の脱炭素化に求められる積極的な需要プル政策の導入

脱炭素社会の実現に向けて、成長産業であるべきはずの再生可能エネルギー産業から、日本メーカーの撤退が相次いでいることは、非常に憂慮すべき現状だというしかない。では、日本の再生可能エネルギー産業の育成や政策は、これからどうあるべきだろうか。

「まず重要なのは、中国やインドのように、政府が野心的な目標を掲げることです。2018年に発表された第5次エネルギー基本計画では、2030年度に日本の総発電電力量に占める再生可能エネルギーの割合は、発電電力量ベースで22%~24%が目標となっています。
しかし、2019年度の時点で、すでに再生可能エネルギーの割合は18.5%になっています。2010年度の再生可能エネルギーの割合が9.5%だったので、その後の10年間で9パーセンテージポイント増加したことになるわけです。だから、このペースを維持するだけでも2030年度には28%を超えるはずなのです。目標をさらに引き上げ、需要プル政策に力を入れることが重要です

需要プルが日本には重要という林氏の見解だが、技術プッシュの必要はどうか。

「菅首相の2050年脱炭素宣言では、2兆円規模のグリーンイノベーション基金を創設することが表明されました。さまざまな意見があると思いますが、イノベーションへの取り組み自体は全く悪いことではありませんし、研究開発支援に対する日本政府の支援が決定的に遅れてきたとは私は思っていません。ただし、イノベーションは高い不確実性を伴います。実現するかどうか分からないイノベーションに過度に期待して、既に実行可能な対策を後回しにすることは避けなければなりません。日本の再生可能エネルギー産業の停滞の原因は、やはり需要プルの遅れです。再生可能エネルギー発電の国内市場を拡大するには、当面は再生可能エネルギー発電への補助制度を継続しつつ、先にあげた送電線の運用などの課題を解決することも必要です

脱炭素化の実現のためには、再生可能エネルギーの普及だけでは不十分で、エネルギー転換の推進が必要と、林氏は強調する。

「化石燃料を使った火力発電をフェーズアウトさせるには、排出量取引や炭素税といったカーボンプライシング(炭素の価格付け)のための政策手段を通じて、温室効果ガスを排出することは費用がかかることだという認識を広め、企業や消費者の行動を変えていくことが必要です。そういった政策が日本では遅れています。
日本でも既に炭素税が導入されていますが、企業や消費者の行動にほとんど影響を与えない程度の低い税率です。排出量取引の実施は東京都と埼玉県に限られています。気候危機(climate crisis)とも言われている今、気候変動・エネルギー政策の早急かつ抜本的な改革が求められています。今後20〜30年間の私たちの行動が地球と人類の未来を決めるといっても過言ではありません」

温暖化の影響が大きくなってきている現状では、もっと抜本的な対策、野心的な政策が必要だ。今後、日本の「脱炭素イノベーション」はどう進んでいくのか。将来の我々の生活にも直接的に影響してくる分野だけに、目が離せない話題だといえるだろう。

※中国とインドにおける風力・太陽光発電産業のイノベーション能力については、以下の論文(オープンアクセス)をご参照ください。
Hayashi, D., 2020. Harnessing innovation policy for industrial decarbonization: Capabilities and manufacturing in the wind and solar power sectors of China and India. Energy Res. Soc. Sci. 70, 101644. https://doi.org/10.1016/j.erss.2020.101644

林大祐

スイスとドイツで約10年間、研究者及びコンサルタントの立場から、気候変動防止のための国際制度や途上国における気候変動・エネルギー問題に従事した後、2014年に立命館大学に着任。現在は、国際関係学部国際関係学科准教授を務める。博士(政治学、チューリッヒ大学)。

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