文系学問の未来を担う「デジタル人文学」(後編) 位置情報あふれる現代の地理学

2019年12月17日


デジタル人文学の最前線を紹介する本記事、その前編では日本のデジタル・アーカイブを黎明期から推進し、国際的にも活躍する赤間教授の取り組みを紹介した。
この後編で紹介するのは、地理学を用いた社会分析を研究する矢野桂司教授(立命館大学 文学部)の取り組みだ。文系のイメージも強い地理学だが、デジタル技術と結びつくことでどんな新しい知見をもたらしているのだろうか?
前編はこちら

地理学ではいま「空間ビッグデータ革命」が起こっている

矢野桂司教授(立命館大 文学部)

地理学の世界では今、『空間ビッグデータ革命』が起こっています」と矢野教授は語る。「Twitterのツイートを地図上にリアルタイム表示するウェブサイト『The one million tweet map』をご存知でしょうか。世界の位置情報付きツイートが、どこでどのくらいツイートされているか、クラスターやヒートマップ表示で視覚的に示してくれるサイトです。位置情報付きは全ツイートの1%に過ぎませんが、それでも相当な情報量です」

スマートフォンがあまねく世界に広がった現代では、“位置情報付きデータ”は増大の一途をたどっている。矢野教授は授業や講演で次のような例を説明し、ビッグデータの分析例として紹介しているという。

「2014年中に、京都市内でつぶやかれた位置情報付きのツイート約700万件のうち、『桜』という語が入ったものを抽出すると、全部で7,436件あって大半が3~4月につぶやかれたと分かりました。さらに面白いのが、どんな単語と一緒につぶやかれたかもテキストマイニングで分析できるんです」

名詞では「夜桜」、固有名詞では「円山公園」が最も多くつぶやかれた

また、日本のビッグデータといえば政府が5年毎に行う国勢調査が有名だ。1995年以降のデータは都道府県、市区町村、町丁目などの空間単位で集計され、すべてオープンデータとして公開されている。矢野教授はこれらの膨大なオープンデータも活用しながら、地理情報を地図上に表現する*GISソフトウェア『ArcGIS』などを用いて「見える化」を実現している。
例えば、マーケティング企業のエクスペリアンジャパン株式会社と協力して、どこにどんな人が住んでいるかを示す地区類型、ジオデモグラフィクスを構築した。
【*地理情報システム(Geographic Information System)の略称。位置情報を持ったデータを地図上で管理・表現し、高度な分析を可能にする技術。Googleマップもその一例】

国勢調査はとても詳細なデータで、約22万の町丁・字という空間単位レベルで平均年齢や人口、高齢者比率などが分かります。調査年の間の変化をGISソフトで比べると、変化がビジュアル的に見て取れる。主にマーケティングや出店戦略で企業に使われることの多いデータです」

GPS機能を搭載した端末があまねく普及した現代では、地理学の世界でもビッグデータ活用が進んでいた。では、マーケティングなどの企業活動以外に、どんな活用方法がありうるのだろうか?

地理情報システム(GIS)で減災は可能?

いま矢野教授は、立命館大の歴史都市防災研究所で“災害が自然文化遺産にもたらすリスク”の地図化プロジェクトを進めている。
ArcGIS Onlineには日本全国のハザードマップが入っていて、あらゆる地理空間情報と「重ねて見る」ことができる

2019年の台風19号で氾濫した千曲川周辺(長野県)の浸水地域と、周辺の避難所等の立地(星印)を重ねた画像

「この画像は、2019年の台風19号で氾濫した長野県の浸水域と、周辺の避難所等を星印にして重ねたものです。実際の浸水域では、ハザードマップでも河川氾濫のリスクが指摘されていました。避難所等の数もほかの地域と比べてかなり限られていると分かります。
ArcGIS Onlineには避難所等のデータも入っているため、
・予想浸水地域や住宅密集地との位置関係
・避難対象住民の数が収容人数に合うのか
・文化財の災害リスクはどの程度か
などさまざまな切り口から災害対応力を計算できます。あらゆる地理空間情報を基にした意思決定を可能にすることこそが、GISの最大の特徴といえるでしょう

災害と切っても切れないのが、地形や過去における土地利用だ。もともと田んぼだったか、高台か、それとも海を埋め立てたのか……災害と密接に関わる要素だ。調べ方としては、古地図で過去の地名を見る方法がある。過去の景観や地名が過去の災害を示すこともあるため、歴史都市防災研究所では歴史地名や古地図の研究も行っている。

しかし、日本の古地図は国立国会図書館や国立公文書館、さらには各地の大学図書館・博物館・美術館といったさまざまな機関に散在し、一元的に管理されていないのが現状だ。さらに世界的にも散在している。太平洋戦争後、占領軍は約6万枚の日本の地図を接収したと言われ、それらは後にアメリカ国内の大学などに配置された。

『ARC古地図ポータルサイト』
『日本版Map Warper』トップページ。古地図を誰でも自由に閲覧・公開できる

そこで矢野教授は、国内の古地図を一元的にアーカイブし検索可能なポータルサイト『ARC地図ポータルサイト』と『日本版Map Warper』を構築した。

「『ARC地図ポータルサイト』では、ARCや立命館大学地理学専攻が保有する古地図はもちろん、大英図書館、カリフォルニア大学バークレイ校、ブリティッシュ・コロンビア大学など海外の研究機関が公開する古地図も横断的に検索できるようになっています。
例えば大英図書館は、17世紀の長崎・出島に滞在していたオランダ人医師ケンペルや、日本研究者のパイオニアとして知られるシーボルトが持ち帰った日本の古地図も所蔵しており、そのアーカイブも進んでいます。共同研究していたスタンフォード大学が公開した7千枚のうち、日本の1,500枚もの戦前の地図も含まれます。
古地図アーカイブの課題は、座標などの位置情報のメタデータが付いていないことです。そのままでは、現在の地図と正確に重ね合わせることができない。そこで私たちは、地図の座標を一つひとつ確かめてメタデータに追加しました。これを『ジオリファレンス(位置合わせ)』と呼んでいます。そうすれば、同じ場所の異なる時代の地図を重ね合わせて見られるようになるのです」

位置合わせされた古地図のイメージデータはKMLというファイル形式で誰でもダウンロードし、GISソフト上で表示できる。フリーウェアのGoogle Earth上でも表示可能だ。

「Map Warperが画期的なのはポータルサイトになっている点です。ARCでアーカイブした地図もあれば、海外の大学が独自に公開した日本の古地図も検索できる。各機関のアーカイブサイトにリンクしている形です。古地図を機関横断的に検索できるのが優れた点といえます」

デジタル人文学は学問分野の架け橋になる

一元的にアーカイブされた古地図は地理学や歴史学、防災学など多様な学問分野での活用に期待がかかる。矢野教授も、デジタル人文学がもたらすイノベーションを次のように語る。

多様な学問分野の連携プラットフォームができることが、デジタル人文学の大きな意義です。地理学で言えば、歴史学者からマーケッターまで、今まで地理空間に関心がなかった人も興味を持ち、新しい視点から知見を生み出せるようになれる。地理空間内にさまざまなデータを重ねることで、今まで気づかなかった気づきを得られるのです」

前後編を通して、デジタル人文学の今を紹介してきた。見えてきたのは、デジタル人文学が人文学を発展させることはもちろん、人文学という枠を越えて学問から教育、文化やエンターテインメントまで、幅広い分野に新しい視点や知見を創出している姿にほかならない。
人文学とは何か、その価値とはどこにあるのかーーその疑問を解く大きなヒントは、デジタル人文学の最前線に見つけられるはずだ。

「浮世絵50万枚をデジタル・アーカイブ」した赤間教授に取材した前編はこちら

shiRUto 編集部

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