小中学生を中心に世界中で大人気の「マインクラフト」。ブロックを組み合わせて建物を作る、洞窟を探検してモンスターと戦うなど決められたゴールのない広大な世界を遊び回る自由度の高いゲームだ。
そんな「マイクラ」を2017年度から教材に採用しているのが、京都の立命館小学校。授業を担当する正頭英和教諭は「マインクラフトは生徒同士のコミュニケーションを活発にして言葉を洗練させる」と語る。
同校ICT教育部長でもある正頭教諭に、マインクラフトの教育効果や教育現場へのICT導入の遅れ、保護者がプログラミング教育必修化に対する態度などを聞いた。
京都の観光スポットをマインクラフト内に再現し海外の子どもにプレゼン
イギリス・バーキー財団が設立し「教育界のノーベル賞」とも呼ばれるグローバルティーチャー賞。正頭教諭はマインクラフトの授業やICTツールの活用が高く評価され2019年のトップ10に選ばれた。
「本校の教育理念や学習環境、多くの先生方の協力があってこその成果です。本校の教育を世界に広げられるチャンスになればと期待しています」(正頭教諭。以下同じ)
同校は元々ICTの活用に熱心だ。2006年の開校時から全教室に電子黒板を備え、低学年からロボットプログラミングの授業も行う。先進的な取り組みが評価されマイクロソフト社の”Microsoft Showcase School”にも認定されている。
マインクラフトも、同社からの紹介をきっかけに教材としての採用を決めた。
「授業を始めるにあたって『日本に来られない外国の人に京都を知ってほしい!』という意見が生徒たちから出て、マインクラフトで京都の観光スポットを再現するというゴールが決まりました。初年度は月に数回の授業を半年間行い、4~5人のグループ毎に平等院鳳凰堂や法隆寺を作り、2018年度も1年間かけて同様の授業を実施したのです」
「そのうちに『建物を作るだけではつまらない。案内ロボットを作って海外の人を案内しよう!』という話になりました。これも生徒の発案です。そこで、ゲーム内プログラミング環境のCode Builderで建物の中を観光ガイドのように案内するキャラクターも作りました」
「作品はアメリカ・シアトルのとある学校に送り、現地の生徒たちから感想を動画で送ってもらいました。時間が合えばビデオ通話でリアルタイムに作品をプレゼンすることもありましたね」
マインクラフトを介して生まれた、海を超えた交流。「バーチャルな世界で完結させず、学校を訪問し合うなどリアルなコミュニケーションにも発展させたい」と正頭教諭は将来の展開に期待をかける。
マイクラで教室がにぎやかに。具体的な言葉が増えて論理的思考が育った
2017年度から2年間授業を実施し、正頭教諭はマインクラフトのさまざまな教育効果を実感したという。
「大きな効果の一つは、生徒同士のコミュニケーションが活発になる点です。『子どもがゲームに没頭して周りの子としゃべらなくなる』というイメージもありますが、マインクラフトではむしろ教室がにぎやかになります(笑)。というのも、生徒は自分の疑問や知識をどんどん周りと共有しようとするから。ノウハウの教え合いや課題解決に向けた話し合い、合意形成の努力が生まれます。彼らがゲーム内作業と生のコミュニケーションを自然に行き来する様子はとても印象的でした。
ICTツールは生徒たちが能力や知恵を集めて一つの目標に向き合うような授業デザインを簡単にしますが、マインクラフトはまさにその典型です」
コミュニケーションの活発さだけでなく「正確さ」も促されたという。
「相手に伝わりづらい曖昧な言葉が少なくなり、分かりやすい具体的な言葉が増えました。マインクラフトを始めたばかりの頃は『わたしは右の壁を作る。あなたは左の壁ね』といった曖昧な言葉で話し合って、生徒たちは制作をスタートしてしまう。それで同じイメージを共有していると信じているのですね。実際に壁を組み合わせると、座標位置を考慮していないから平行四辺形の家が出来たこともありました(笑)」
「そこで彼らは曖昧な言葉の問題点に気付き『a-b-cの座標位置にブロックを5個積んでね』といったように会話で数字を使い始める。具体的な言葉を使って正確な情報を伝える意識が、自然と養われるのです。『あれをそっちにやっといて』のような曖昧な言葉は減ります。言葉が洗練されたことは目に見えて分かる成長でした」
言葉の正確さといえば、論理的思考を育てるうえで不可欠なファクターだ。
「順序立てて物事を考え、その内容をほかの生徒に説明する。その経験を繰り返した生徒たちは『論理的に考えることが好き』な子どもたちに育ったと感じます」
共通のゴールを目指すプロセスで交流が生まれ言葉の質もいわば必然的に改善する。まさにマインクラフトは、楽しみながらコミュニケーション力を上げるための理想的なツールだ。
ICTの教育活用。真の課題は「特別視」をやめること
マインクラフトの授業を始めるに当たってシンガポールの小学校を現地視察した正頭教諭。痛感したのは、ICTデバイスに対する考え方の違いだった。
「視察した学校では“BYOD: Bring Your Own Device”の文化が定着し、生徒は自分のスマートフォンやタブレット、ノートPCなどのデバイスを学校の授業で使っていました。これはICTの教育活用において世界的に共有されている前提で、ソフトウェアのスムーズな導入のためにも必須です」
ただ、BYODは日本の教育現場では馴染みがあるとは言えない現状だ。
「日本の小学校は“スマホ持ち込み禁止”が基本で、生徒は自分のスマホやタブレットを学校内での学習に使えません。生徒が教科書に落書きをしていても先生は教科書やえんぴつを取り上げたりせず注意するだけですが、授業中にスマホで遊んでいると多くの先生は取り上げてしまう。スマホをほかの道具よりも特別視しているからです」
「しかし、本来スマホは教科書やえんぴつと同じで “道具”に過ぎず、学校で使うこと自体は問題ではない。勉強に役立つ、使って当たり前の道具とみなすべきで、予算や環境ではなく考え方にこそ変革が必要なのです」
実際に立命館小学校でも5年生以上の生徒は一人1台がタブレットを所有し、授業中にわからないことを調べたり自宅での予習や復習に使っているという。
「この点、文科省の『スマホ持ち込み禁止』方針の見直しは新しいICT教育時代が始まるきっかけになるもしれないと感じます」
プログラミング教育の必修化に慌てる必要はない。子どもの関心尊重が第一
文科省の方針見直しは「プログラミング教育必修化」も連想させるが、正頭教諭は近年の“プログラミング教育熱”に警鐘を鳴らす。
「ここ何年かプログラミング教育に対する保護者や企業の熱が高まっています。『必修化でプログラミングという教科が出来る』という誤解もあるそうですね。『うちの子もプログラミングを習わせたほうがよいのだろうか?』と気を揉む保護者もいるかもしれませんが、興味のないお子さんに無理やり勉強させる必要はまったくありません。流行や必修化と関係なく、お子さんが好きそうならば道具や環境を用意して学びをサポートしてあげれば十分です」
プログラミングのことをよく知らず判断に迷う保護者にはまずは自ら調べてみるべきとアドバイスする。
「子どもが新しいことを始めたいと言うとき、『よく分からないからダメ』と決めつけず保護者自身が調べたり勉強した上で許可を出すか判断するべきです。
そして、夢中になっている子どもにはブレーキをかけずやり過ぎに気をつけつつ好きなだけ没頭させるほうがいい。集中力や達成感、自己肯定感など一つのことに没頭して得られる経験は少なくありません。
例えば、子どもが『マイクラを始めたい!』と言う場合は体験版をプレイしてもいいし、『マインクラフトで身につく5つの力』(学研プラス)という本は子を持つ親向けに書かれていておすすめです」
最後に正頭教諭は立命館小学校での取り組みにかける強い意気込みを語った。
「本校の取組みを日本の教育におけるICT導入のモデルケースにしたい。このような事例を実践、発信してICT活用に貢献できればと考えています。もちろん、どんな学校でも実践に当たっては困難があるでしょう。ただ、その苦労に値する成長が子どもたちに起こると私は確信しています」
プログラミング教育が目指すのはプログラミング技術の習得ではなく、あくまでも“プログラミング的思考”。課題解決に必要なプロセスを導き出し適切な順序で実行するという、現代に必須の思考力だ。
そしてこの能力を育むのに効果的なのが、マインクラフトやプログラミングなどかつての教育には存在しなかった“新しい教材”。
心理的な抵抗感を持つ人がいるのも当然だが、正頭教諭の言葉を借りればこれらは「教科書やえんぴつと同じただの道具」に過ぎない。教員や保護者を含め、デジタル機器やICTに対する認識の変革が求められているのだ。