2021年、FacebookがMetaに社名変更をしたことで改めて注目を集めた「メタバース」。一般的には、VR空間における仮想世界といったイメージで語られることが多いメタバースだが、そのイメージは漠然としている。本連載では、メタバースの基礎知識を、ゲームやアーカイブ、AI、教育といったテーマで、アカデミックに解説していく。
第3回は、立命館大学情報理工学部のRuck THAWONMAS教授に、ゲームや仮想空間の世界の生成に大きな役割を担っているAIの進化と未来について聞いた。
● メタバースにおけるAI 主な「3つの役割」
● 人間のように振る舞うAIキャラは生まれるか?
● ディープラーニング技術が最適なコンテンツを生成する
● メタバースの次の、新たな概念が誕生する
ゲームやメタバースに活用されるAI 「3つの基本的な働き」
いま「メタバース」と呼ばれている概念が、ゲームの発展と密接な関わりを持っていることは、本連載の過去2回の記事
●「メタバースとは」vol.1 人格の再構築/eスポーツ/NFT
●「メタバースとは」vol.2 ゲームアーカイブの可能性/社会デザインのポイント
でも言及してきた。今回は、仮想空間内でのプレイヤー以外のキャラクターや、世界の“動き”を担っているAIを軸に、メタバースに迫っていこう。
立命館大学情報理工学部で、人工知能やゲームAIを専門とするRuck THAWONMAS教授によれば、ゲームやメタバースなどで活用されているAIは大きく3つ、①キャラクタープレイングAI、②コンテンツ自動生成AI、③プレイヤーモデリングAIに分類されるという。
【①キャラクタープレイングAI】
「一番分かりやすい例は、NPC(Non Player Character:人間のプレイヤーが操作しないキャラクター)の制御です。対戦格闘ゲームで対戦するキャラクターの動きや、RPGで出会う村人などの動きを制御します。いかに人間らしいキャラクターを実現できるかがポイントで、AIの設計を間違えると、ゲームが難しくなりすぎたりします。ゲームでは、“ほどほどに強い”人間らしいNPCを作ることがポイントとなります」(Ruck教授、以下同じ)
【②コンテンツ自動生成AI】
「最近では、広大な世界を旅するオープンワールドのゲームも増えていますが、そのような世界を人間が細部まで自力で作っていては時間もお金も足りません。地形の特徴や建物などをある程度AIにより自動で生成し、人間のプランナーやデザイナーが調整するという『ミックス・イニシアチブ』というやり方で作られています。
しかし、最終的にはプランナーもデザイナーも介在せず、AIが勝手に面白いゲームタイトルを生み出す未来がやってくると考えています」
【③プレイヤーモデリングAI】
「簡単にいうと、プレイヤーの好みのアイテムをゲーム内のショップに並べたりする、“情報賢者”のAIです。プレイヤーの行動や嗜好を分析して、よりプレイヤーに適したコンテンツ生成に繋げるのです。
例えばスマホゲームなどでは、『継続してプレイさせる』ことがマーケティング上非常に重要ですよね。プレイ履歴から『このまま放っておくとやめてしまう』とAIが判断すると、それを防ぐためのアイテム提供などを行ったりするのも、このAIの働きです」
ゲームや仮想世界でのAIというと、①のキャラクタープレイングAIのイメージが強いが、ゲーム内のフィールドやバックグラウンドにあるシステムもAIなしには成立しないことがわかる。
5年以内に「現実に存在する人間」のようにインタラクションできるAIが生まれる
進化の著しいAIの世界。我々の仮想空間での体験はこれからどのように変わるのだろうか。①キャラクタープレイングAIの理想ということで言えば「リアルな人間と区別が付かないコミュニケーションなどのインタラクションができるAI」ということになりそうだが…。
「そのようなAIキャラクターは、技術的にほぼ実現できる目処が立っています。チャットボットでも最新のディープラーニング(深層学習)の技術を使うと、普通に対話が可能になってきています。
他大が開発した俳句生成AIもかなり高い精度になっていますし、そこまで長くない小説なども普通に生成できるようになっています。言語を扱うという意味では、かなり高いレベルでAIとのやりとりができるようになっています。
難しいのは、『喋るときの仮想空間内での振る舞い』です。身振り手振りや顔の表情などが自然にできるようになれば、リアルさも大きく向上するでしょう。
『仮想空間内で一緒に行動した人間だと思っているキャラクターが、実は人間ではない』ということも、あと5年以内に起こり得ると考えています」
近い将来、メタバース空間で「何かこの人、いいな」と好きになった人が“実は存在してない”という可能性も十分にあり得る、とRuck教授は指摘する。テクノロジーの進歩を実感するとともに少し怖い未来でもあるが、現在のAIは“こんなところまで来ている”という目安なるだろう。
「いまトレンドになっているチャットボットであるOpenAI社のChatGPTに使用されている、自然言語処理のためのディープラーニングの基礎を提案したのはGoogleの人たちです。それによって関連分野の進歩が5年ぐらい早められたという印象を持っています。そのようなビッグなアイデアはたまにしか生まれません。しかし、人間は新たにビッグなアイデアを生み出すでしょう。私もそれが楽しみです。
怖いのは、『ビッグなアイデア自体をAIが出してくる未来』です。そうなったとき、人間は何をするべきなのか。何ができるのか。まだ答えを持っていません」
ディープラーニングによって「最高のパフォーマンス」を引き出すコンテンツ生成
メタバースには限らないが、AIを活用すると学習や知識・技術の習得といったシーンで大きなメリットが得られるとRuck教授は語る。
「ゲームでは『フロー』、スポーツでは『ゾーン』などという表現もしますが、自分にとって最適な状況のときに『最大のパフォーマンス』を発揮できます。
これはコンテンツ自動生成AIとモデリングAIの両者の活用ですが、それぞれの生徒・学生を分析し、学習者をフロー状態にしやすいコンテンツを提供できます。ディープラーニングによって、学習者の知識レベルに沿った、オーダーメイドな飽きない教材が生成される時代がやってくると考えています」
「メタバース」を越えた、新たな概念が誕生する
いま我々が想像するメタバースの未来像は「仮想空間の中だけで全てが完結する」ような世界かもしれないが、Ruck教授は少し違う未来像を描いている。
「仮想世界が、現実の肉体やリアルな世界の生活などとシンクロする、そういう概念が新しく生まれてくるのではないかと考えています。
そういう意味では『メタバース』という言葉も過渡期の表現だといえるでしょう。Metaという会社が誕生してしまったことで、『メタバース』という言葉は同社の影響を大きく受ける印象がありますから、学術的には『●●バース』といった新たな用語が生み出されるのではないでしょうか。
対象範囲はリアルな空間に入り込んできます。しかし、現在の『メタバース』の世界観には、実世界とのつながりが含まれていないように感じます。今後、実世界にいながら仮想空間とも相互作用できるような空間が『●●バース』と定義されるでしょう」
ゲームや仮想空間だけでなく、我々の生活のさまざまなところで、現実世界に影響を与えているAIの技術。AIは近いうちに「世界を形づくる技術」となるのかもしれない。
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Ruck THAWONMAS
1965年、タイ国生まれ。1994年東北大学大学院工学研究科情報工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2004年4月より立命館大学情報理工学部教授(現職)。AI及びゲームによる健康促進などの研究に従事。IEEE Transactions on GamesやIEEE Transactions on Consumer Electronicsなど複数の国際論文誌の編集委員を務めている。ボランティア活動の一環で2022年6月よりNVIDIA DLI University Ambassadorとして学内外の学生を対象としたディープラーニングに関するワークショップを日本語と英語で年に1回ずつ開催している。