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石油資源開発のカギを握るのは海! 水中音響通信が日本を救う?

2022年8月4日


石油資源開発のカギを握るのは海! 水中音響通信が日本を救う?

資源の有無、地質や地震に関する知見など、海底の情報は人類の存続にも関わる極めて重要なものだ。日本の領海と排他的経済水域を合わせた面積は世界第6位。海洋ロボットの進化は、新たな海洋資源発見の大きな可能性を秘めている。海洋探査の障壁の一つが「通信」だが、水中音響通信がブレイクスルーを担う可能性があるという。

〈この記事のポイント〉
● 水中では電波が陸上のようには使えない
● 水中での通信は音! しかしハードルも多い
● 信号の変化やズレの「予測」がブレイクスルーに
● 石油やガスの産出にも海中探査が重要
● Beyond 5Gでは海洋通信網も検討され始めている

水中では電波より音波が有利。…しかし、通信速度は極めて遅い!

水中環境では、陸上と違って電波の減衰が激しいため、無線通信が非常に難しい。そのため、古くから音による通信が行われてきた。古い潜水艦映画で「ゴーン」という音で、音波を使った情報のやり取りがされていたのを思い出す方もいるだろう。電波の海中での通信距離は数mが限界だが、音波は数kmを超える距離まで対応可能だ。とはいえ、音波による通信には、電波に比べてデメリットも非常に多い。
立命館大学理工学部の久保博嗣教授は、民間企業などで電波による無線技術を長年研究してきた。その久保教授は、「水中音響通信」の難しさを次のように解説する。

「ひとつは伝搬速度が遅いことです。水中での音速は秒速1500mほどで、電波の速度の20万分の1しかありません。伝搬速度が遅いほど、大きなドップラーシフト(ドップラー効果)と遅延時間の広がりが発生するため、通信品質を劣化させる大きな要因となります。
また、使用可能な周波数帯にも、電波とは大きな差があります。音波は高くても1MHzしかありません。電波は3THz以下まで使えますから、音波が使える周波数帯域幅は、電波の数百万分の1に過ぎないのです。
その結果、海中においては、高速大容量な通信が非常に難しいという現実があります」(久保教授、以下同じ)

今現在は、高速通信を行いたければ、ケーブルを用いた「有線通信」に頼るしかない。しかし、有線通信では、距離的、物理的な制約が極めて大きいのはいうまでもない。

実現困難といわれていた「海中の移動通信」を実現

水中での無線通信、しかも「移動体との無線通信」は非常にハードルが高く、研究者の間では「無線通信の最後のフロンティア」と言われてきた。久保教授らは、どのようにその難題にチャレンジしてきたのだろうか。

「通常、陸上における移動体の電波通信では、さまざまに反射した複数の受信信号が干渉しあう『フェージング』という現象が大きな問題になります。研究を始めた当初、水中においてもフェージングの解消に取り組んでいたのですが、なかなかうまくいきませんでした。
音響通信は伝搬速度が遅いという話をしましたが、実はそれによって起こるドップラーシフトと遅延時間の影響のほうが、フェージングの影響よりも大きいことに気付き、研究が大きく前進することになりました。

水中における移動通信の課題

ドップラーシフトでは、救急車の音が近づいてくる時と離れていく時で異なって聞こえるように、移動することによって、音の周波数が変わります。水中ではその変化がより大きくなります。
また水中では、発信元から受信先に直接届く音波と、水面から反射する音波が異なるタイミングで受信されます。水面から反射した音波が、かなり遅れてやってきて干渉するのです。
その2つの要因によって起こるズレを受信側で予測することで、水中における移動体との通信が現実のものになってきました」

長く電波通信の研究を行ってきた久保教授は、電波の技術も応用して水中音響通信における課題に取り組んできた。そんな教授をして「水中独特のハードルを超えるのに10年が過ぎてしまいました」と言わしめるほど、水中における移動体との無線通信は難しいものなのだ。
久保教授らの研究グループは2023年に、3〜5ノットという、海洋ロボットの最高速領域での通信実証を予定している。

2023年実施予定の海洋環境における移動実験
2023年実施予定の海洋環境における移動実験
(送信部)母船を海洋バージ,(受信部)海洋ロボットを船舶にて模擬した実験を実施

海中移動通信は、海洋国家日本の資源開発にも大きな影響を持つ

では、水中における移動通信の実現は、何をもたらすのだろうか。

「実際に海洋で作業されている方によれば、ケーブルでの制御が必要な海中探査ロボットでは、海底の岩などにケーブルが巻き付くトラブルが起こるそうです。絡まったケーブルがうまく解ければいいですが、最悪の場合ケーブルを切ることになってしまいます。無線で制御できれば海中探査ロボットの行動範囲は大きく広がるでしょう。
移動するロボットの制御は、海上の船が共に動きながら行う必要があります。ここでまさに、水中音響による移動体との無線通信が活躍することになります。
また、通信容量がある程度大きくなれば、通信にのせて画像を送信するのもスムーズになります」

日本は海洋に囲まれた島国であり、領海と排他的経済水域を合わせた面積は世界第6位を誇る。その海底には、豊富なエネルギー資源や鉱物資源の存在が確認されており、海中探査は日本の将来についても大きな影響を持っている。

日本近海の海洋資源
出典:経済産業省 資源エネルギー庁

将来的な商業生産を視野に技術開発が進む「メタンハイドレート」や、詳細な地質情報の取得が続けられている「石油・天然ガス」など、これまで日本が輸入に頼ってきた資源を、自国で産出できる可能性があるのだ。人間が容易に近づけない海中では無人の探査ロボットの運用が不可欠であり、水中音響通信の与えるインパクトは非常に大きい。

Beyond 5G(6G)は海洋にも通信インフラをもたらす

総務省は現在、「高速・大容量」「低遅延」「多数同時接続」といった5Gの機能のさらなる高度化に加え、「超低消費電力」「超安全・信頼性」「自律性」「拡張性」といった機能をもった「Beyond 5G」(6G)の移動通信システムを検討している。
その目標の一つが「カバレッジ拡張」つまり、通信が可能な場所を増やすことであり、そこには海洋における情報通信の拡張も含まれる。

「Beyond 5Gでは、海を地上と同じような環境で、通信ができる領域にすることも検討されています。その実現には、今回ご紹介した水中音響通信だけではなく、電波、光、音波が連携した水中無線技術の確立が必要になるでしょう。
例えば、電波は通信のみでなくエネルギー供給等の役割も担い、光は高速大容量の通信実現の役割を担うといった連携が考えられます。音波である水中音響通信は、通信速度は比較的低速ではありますが、移動環境かつ長距離にて高信頼な水中通信実現の中核になるのではないかと考えています。
海洋における情報通信は、遭難救助・経済安全保障、防災、観測、資源探査などに重要な役割を果たします。移動通信システムが海洋にも広がっていくことで、救難なども含めたサポートが広がることになります」

海洋における通信は発展の余地を大きく残している分野だ。Beyond 5Gのカバレッジ拡張により、島国日本が持つポテンシャルは大きく向上することは間違いない。水中音響通信は、次世代通信インフラにも、大きな影響力を持っている。

立命館大学理工学部 久保博嗣教授

久保博嗣

立命館大学理工学部教授。大阪大学工学部卒、同大学院工学研究科修士課程修了、博士(工学、大阪大学)。三菱電機株式会社情報技術総合研究所にて高速移動体通信や移動体衛星通信などの無線通信に関する研究開発・実用化を実施後、2012年4月より現職。専門はディジタル信号処理技術を中核とした無線通信技術、特に移動体通信技術。立命館大学着任後、これ迄実施してきた陸上移動体通信に加えて、水中音響通信による移動体通信技術の研究に着手。

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