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大学に期待される社会への拡張。産学連携で起こす「小さな社会変革」とは

2023年2月24日


大学に期待される社会への拡張。産学連携で起こす「小さな社会変革」とは

近年、各所で多くの産学連携プロジェクトが立ち上がっている。従来、こうしたプロジェクトは、企業の資金と大学の人材を融合させ、企業の求める研究成果を大学が提供するという形が主流であった。しかし今、大学に新たな役割が求められ始めている。この時代において、大学が企業や地域と連携し、研究のフィールドを拡張することは、どのような意義があるのか。大学だからこそできる価値創出とは何か。

産学連携を進め、マーケティングや環境問題など幅広い分野の課題解決に取り組む、立命館大学 経営学部 林永周 准教授、またその研究室の学生たちや関係者に話を聞いた。

特集|「拡張」が生む未来 ▶︎

大学は、小さな社会。「実験・実装の場」という役割が求められている

――まず、先生の研究のメインテーマについて教えていただけますか?

林永周 准教授

私はアントレプレナーシップについて研究しています。日本では「起業家精神」と訳されるので、起業しない人には意味がないと思われがちですが、アントレプレナーシップが本来持つ意味は、「常に問題を発見する意識を持ち、問題を定義してそれを解決する」こと。起業はそのための手段・プロセスの一つであって、ゴールではありません。

アントレプレナーシップは、課題が複雑化する今の時代において、起業家だけではなく、多くの人に求められる素養と言えます。そのようなマインドセットを身につけるためには、さまざまなテーマに取り組んで、判断する経験を重ねることが必要です。研究室では、多くの課題を抱える企業や地域などと連携し、共同プロジェクトを多く進めています。

――産学連携のプロジェクトが、学生のアントレプレナーシップを醸成する場となるのですね。

もちろん大学の教育面だけではなく、企業や地域側にもメリットがあります。なかなかコミュニケーションの機会がない次世代層と対話し、その考えやアイデアをキャッチできることはもちろん、生まれた企画をすばやく社会実装する上でも、学生や大学のポテンシャルが生かせます。また、一つの小さいプロジェクトを学生と進めることによって、若手社員のマネジメント能力醸成の機会などにもなっているようです。

――学生や大学のポテンシャルとは、どんなことですか。

例えばマーケティングにおける連携であれば、次世代層に響く視点を取り入れたコミュニケーションを、学生たちが活用するSNSなどを連携させて広げることができます。

また大学は「小さな社会」が凝縮された場です。日々多くの学生が集まり、飲食など経済活動が行われますし、学生を介してその親兄弟・故郷・バイト先などとも間接的に繋がっています。そうした意味で、取り組みの「実験・実装の場」という役割への期待が高まっています。大学で小さなエコシステムの循環を試み、成功したら他の場へ拡張する。さらに、そうした経験を積んだ学生が社会に出ることによって、異なる場でもエコシステムの構築ができる。大学が「実験・実装の場」という役割を担うことにより、将来的に大きなインパクトが生み出せます

従来の産学連携は、主に理系の分野で取り組まれており、大学の研究室などが持つ高い技術をいかに事業化に繋げるかが、主なテーマでした。しかし、これからは社会学のような文系においても、産学連携の重要性が増すと考えています。

課題を設定し、解決に向けた変革を生み出す、学生たちのチャレンジ

――先生の研究室では、具体的にどのようなプロジェクトが進んでいるのですか。

林永周 准教授

企業や地域との取り組み、学生が自主的に立ち上げたプロジェクトなど、さまざまなものがありますね。例えば家電量販店さんとは、学生視点を取り入れた店舗づくり、コミュニケーション戦略立案などに取り組んでいます。

地元の青年会議所からご相談を受け、国際交流の関係でネパールから輸入する珈琲豆の消費方法を考える、という案件もありました。収益でネパールの学生の教育支援をするというテーマのもと、利益を出す仕組みを作った上で、学内のカフェで珈琲を売ったり、企業のカフェ事業とコラボを図ったりなど、さまざまな取り組みを行いました。

また最近では、北海道釧路市出身の学生が、コロナ禍によって元気がない地元の飲食店を活気づけたいという思いから、釧路市と、キャンパス(立命館大学大阪いばらきキャンパス。以下OIC)のある茨木市とも協力し、2市を繋いだ飲食イベントのプロジェクトを進めています(※1)。

いずれも大切なのは「エコシステムの循環」を作ること。単発で終わるのではなく、一つの相談やイベントをきっかけに、継続して経済活動や課題解決が行われる仕組みを考えていって欲しいと、学生たちに伝えています。

(※1)
地元・釧路と茨木を繋いで関係人口を増やし、「個人経営店」という文化を後世に繋げたい
立命館大学経営学部 3回生 山本みらのさん

大学でOICのある茨木市に来て、個人の方が経営する個性豊かな飲食店が多いこと、そうした地元の方たちが主催するイベントなどが毎週のように開かれ、街に活気があることに感動しました。私の地元・釧路にも素敵なお店がたくさんありますが、帰省時に大好きなお店が閉店していた体験などを経て、地元をもっと多くの人に知ってもらいたい、関係人口を増やしたいと考えるように。そうした思いから、「“かってに”釧路観光アンバサダー」を称し、さまざまな活動をしています。先日は、釧路の市場の名物「勝手丼」をヒントに、茨木と釧路の食材でオリジナルの丼を作っていただく「超KATTEDON」というイベントを開催しました。両地域の飲食店の方にご協力いただき、当日は子どもからご年配まで約1300人もの方が参加し、楽しんでくださいました。
林先生のゼミは、こうした活動に自由にチャレンジさせてくれ、応援してくれます。今回のイベントを足がかりに、さらに2市を繋ぎ、循環を生み出していきたいと考えています。

福岡洋一 茨木市長(左)、山本みらのさん(右)
福岡洋一 茨木市長(左)への活動報告時に撮影。イベントは茨木市観光協会や茨木市、釧路市に働きかけ、後援を得て開催した。

――なるほど。そうした仕組みづくりが既に進んでいるプロジェクトもあるのですか?

「バイオ炭」を活用した、「クルベジ」の取り組みがそうですね。このプロジェクトは、協力農家さんの畑にバイオ炭を活用してもらい、消費者にそこで育てた野菜「クルベジ」を選んでもらうことによって、CO2削減を社会全体で目指していくものです。

バイオ炭とは、枯れた樹木やもみ殻などのバイオマスを原材料とし、一定条件のもと炭にしたもの。枯れた樹木などは、放置しておくと微生物の影響によりCO2を排出してしまうのですが、バイオ炭にすることで炭素を半永久的に閉じ込め、トータルでCO2削減を実現することができます。単にバイオ炭を作るだけでは保管場所などの維持費がかかりますが、畑に埋める形で活用すれば維持コストがかからず、土壌改良の効果も期待できるのです。地元の農家の方に協力していただき地産地消を実現すれば、輸送にかかるCO2も削減できます。現在は、茨木市と滋賀県長浜市の2箇所で農家にご協力いただき、その場でバイオ炭を作って畑に埋め、作物を生産してもらっています。

CO2削減は、大手企業などが取り組むものと思われがちですが、社会全体で取り組むことが必要。でも、「我慢する」など日頃の生活を変えるものではなく、気軽にわかりやすく取り組めることが大切です。購入時にクルベジを選ぶだけで、農家を応援し個人でもCO2削減に取り組める。そうした価値を伝えながら、この取り組みをブランド化して、どんどん広げていきたいと考えています。

――学生たちは、具体的にどのような活動をしているのですか?

このプロジェクトの利点や意義を農家の方に説明したり、消費者の方への認知度を高めたりなど、さまざまな活動をしてくれていますね。実際に畑を借りて、自分たちでバイオ炭を作り、作物を育てることも進めています。2022年の夏には学生のアイデアからイベントも開催し、バイオ炭で育てた野菜でカレーを作り、地域のボランティア団体とも連携して、地域の住民の方々に提供させていただきました(※2)

(※2)
土壌改良、竹害防止など多くのメリットがあるクルベジを通じ、農業と茨木を活性化していきたい
立命館大学経営学部 3回生 北万里子さん

以前、農業体験会に参加したときに林ゼミ生の先輩と知り合い、バイオ炭の活動に興味を持ち、ゼミに入る前からプロジェクトに携わってきました。茨木市は街と自然が程よく調和した場所で、北部には山が広がっています。その中の上音羽地区の農家の方にご協力いただき、畑にバイオ炭を入れたり、農業体験のイベントを開催したりしています。イベントにはご家族で参加される方も多く、クルベジのメリットがわかりやすく理解できるように紙芝居などで説明し、一緒に収穫して食べるなど、クルベジを身近なものと感じていただく機会を増やしています。徐々に取り扱ってくださる青果店も増え、また「社員食堂の食材に環境に配慮した野菜を使いたい」といったお問い合わせもいただき、輪が広がりつつあるところです。林先生は口を一切挟まずに応援し、必要なサポートをくださいます。またゼミメンバーは個々にやりたいことを持った面白い人たちばかりで日々刺激を受けています。ゼミ生という期間は短く、今後はこの取り組みを後輩に引き継ぎつつ、引き続き農業の活性化に関わっていきたいと考えています。

夏の収穫イベント
夏の収穫イベント時に撮影。前列一番左が北さん。収穫した野菜は素揚げにしてカレーに。参加者からは「おいしい」と大好評だった。

このように、地域社会の中で小さなエコシステムを循環させてモデルを作り、それがちゃんとうまく回るのを示すことで、他の地域に広がる形を進めるべきだと思っています。国のような大きな機関が主導する仕組みは、地域に広がるまでにとても時間がかかります。温暖化を止めるためのリミットがあるなかで早急に社会の仕組みを変えていくためには、地域の小さな仕組みづくりと社会実装がまず必要です。先ほどお話ししたように、その中心的な役割を担うのが大学であると考えています。

大学を拠点に多様な人たちの繋がりを生み出し、新たな変革を起こしていきたい

――そうした小さなエコシステムの循環をさらに生み出していくために、取り組んでいることはありますか?

林永周 准教授

イノベーションを加速させるさまざまなプログラムを提供するVenture Café Tokyoさんと立命館が連携し、2022年7月から「OIC CONNÉCT」という取り組みを始めています。何か新たなチャレンジを模索する人など、いろんな人々を繋げるためのフォーラムで、OICを拠点にリアルとオンラインのハイブリッドで月1回開催するものです。何らかの取り組みを社会に実装するためには、「起業家(チャレンジする人)」「大学」「投資家」「地元の企業」「行政」という5つのステークホルダーを結びつけることが大切。そうした方々を招いて話を聞いたり、気軽に交流したりすることで、新たな取り組みが生まれる場となることを目指しています。オープンな会で、立命館大学に全く関わりのない方でも誰でも無料で参加できます。

そもそもOICは、地域に開かれ、地域と繋がったキャンパスで、一般の人々と大学が交流しやすい形になっているのですが、「毎月第一金曜日の夜にOICに行けば、何か面白いことをやっている」と思ってもらえるような場を作りたかったのです。初回は、茨木市長なども参加してくださり、リアルで150人、オンラインで250人くらい集まりました。

「OIC CONNÉCT」から生まれる新たな挑戦や繋がりにワクワクしています
福岡洋一 茨木市長

茨木市は、創業や大学・学生との連携をとても大切に考えています。市として法人設立経費等の支援はもちろん、大学と市内事業者の連携による研究開発支援(上限500万円)、学生団体による地域活動の支援(上限20万円)など、ここまで充実している自治体はなかなかありません。資金面はもちろん、市職員、専門家など人的支援体制も整えています。
「OIC CONNÉCT」とともに行政も挑戦していきます。

福岡洋一 茨木市長
地域と大学・学生の連携を重視する福岡洋一 茨木市長。OICはもちろん、山本さんが主催した「超KATTEDON」、北さんが主催したクルベジのイベントなどにも足を運び、学生たちの取り組みを応援する。

「OIC CONNÉCT」は、特定の課題解決を目指すなど、具体的な目標設定をしているわけではありません。友だちが10人集まれば何か面白いことが生まれるように、これまで出会えなかった多様な人たちが新たに繋がることで、何かが起こせるのではと考えています。例えば、セカンドキャリアについて考え始めた近所の方が、ふらっと立ち寄って次のキャリアを見つけたり、大学に戻って勉強しようと考えたり。そんなことにも繋がるかもしれません。

個人的には、西日本最大のコミュニティに育て、新たな出会いによるブレイクスルーを起こしていきたいと考えています。

――ありがとうございました。

 

撮影(本文内)/鈴木真弓、取材・文/馬場 均、特集表紙イラスト/宮岡瑞樹

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立命館大学経営学部 林永周(イム・ヨンジュ)准教授

林永周

1984年韓国生まれ。 立命館アジア太平洋大学(APU) アジア太平洋マネジメント学部 卒業、立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科 終了。博士(技術経営)。2017年より立命館大学経営学部に着任。主な研究テーマは、アントレプレナーシップ、スタートアップ、企業の新規事業開発など。多くの企業と産学連携によるPBLを実施し、企業の問題解決や社会問題解決に取り組む。 これらの経験をもとに、最近は「バイオ炭」に注目したカーボンマイナスを実現するため、農家・行政・消費者など多くのステークホルダーを巻き込んだ社会実装を目指している。