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罪は罰だけで裁けない? 「修復的司法」が司法の根本を変える

2019年1月21日




「罪を犯した者は、法律にのっとり罰せられる」――従来は当然視されてきた考え方はいま、再考が求められている。刑法犯の高齢化率や再犯者率が増加している近年、“罪に対して罰を与える”という手段が必ずしも十分に再犯防止や更生につながっていないというのだ。

そこで注目を集めるのが「修復的司法」という理論。罰を与えるのではなく、犯罪の当事者たちや周囲の人たちの人間関係を修復することで更生や再犯抑止を促し、究極的には加害者と被害者が直に対面することをも目指す考え方だ。ニュージーランドなどいくつかの国では制度が実際に整備されているという。

「治安が良い」と定評のある日本で、なぜ新しい司法のあり方が議論されるのだろうか? 社会心理学・法心理学を専門とする若林宏輔准教授(立命館大学 総合心理学部)に聞いた。

「治安の良い日本」は統計的根拠のある事実

若林氏は、現代日本の犯罪情勢について次のように説明する。

「『日本の治安が悪化しているというイメージは間違いで、現実には犯罪は減っている』
――そう聞いたことがある人も多いと思いますが、これは事実です。
法務省が毎年公表している犯罪白書を見ると、刑法犯の認知件数は2002年をピークに13年連続で減少しているとわかります。2017年の刑法犯認知件数も約91万5千件と、戦後最少を3年連続で更新しました」

「日本は殺人事件の発生率も非常に低い国です。国連によれば、2016年における人口10万人あたりの殺人発生件数は0.28件で、アメリカの5.35件やイギリスの1.20件を大きく下回ります。世界各国ランキングでも全196順位で194位とかなりの好水準です」

日本と海外を比較するときにしばしば語られる日本の「治安の良さ」は決して神話ではなく、統計的な根拠のある事実なのだ。

高齢者や再犯者が刑法犯に占める割合が増えている

もちろん、課題が無いわけではない。若林氏は、近年の刑法犯のある傾向を指摘する。

目立つのは、いわゆる『社会的弱者』の刑法犯に占める割合が増えていることです。
例えば65歳以上の高齢者。1997年には高齢者の刑法犯の数は約1万3千人で、全検挙人員の4.1%でした。ところが、2016年には3.7倍の約4万7千人にまで増加し、全体の20.8%を占めました。
この間、高齢者人口は1995年の1826万人から2016年の3459万人と、2倍弱の増加率。社会の高齢化よりも速いスピードで刑法犯の高齢化が進んでいるのです」

また最近は、過去に罪を犯した人が検挙人員に占める割合(再犯者率)が上昇している。

「再犯者率は1996年の27.7%から上がり続け、2016年には48.7%にも上りました。初犯者も再犯者も総数が減る中で初犯者の減少率が上回り、再犯者率が相対的に上昇しているのです。

とはいえ再犯者率の高さは、現在の日本の刑事司法が焦点化している問題であることには変わりありません。背景には、出所者が刑務所の外の社会で居場所を作れず、精神的・経済的に、あるいは人間関係に問題を抱え、最終的に再び罪を犯さざるを得ない状況があると指摘されています」

ジャーナリストの山本譲司氏が著書『累犯障害者』で世間に知らしめた、再犯を繰り返す知的障害者の問題も同根だという。
「2015年の新受刑者およそ2万2千人の20%弱にあたる4270人は、IQ69以下でいわゆる知的障害を有する人々でした。彼らの多くは地域コミュニティの中で人とのつながりや福祉支援にアクセスできず、経済的に困窮し、置き引きや無銭飲食などの軽微な犯罪を繰り返して刑務所と実社会を行き来しています」

犯罪を繰り返し刑罰を科される社会的弱者の姿からは、現行司法制度のある問題点が浮かび上がる。精神的・社会的な問題を抱えながら罪を犯した人にとって、刑罰が必ずしも更生や再犯防止につながっていない現実だ。

人間関係の修復が再犯防止・更生を促し、社会の安全・安心につながる

述べてきたような現状を受け、新しい司法制度への考え方として期待されるのが、冒頭で紹介した「修復的司法」だ。

「修復的司法は、加害者・被害者をはじめとする当事者および周辺の人間関係を回復することで、加害者の更生や再犯抑止を促すという考え方です。
罪に対する『報復』の側面が小さいことで、再犯抑止の効果が期待できないと感じる方もいるかもしれません。しかし、福祉支援や人間関係の修復によって当事者たちの精神的・社会的な問題を解消することは、むしろより効果的な犯罪抑止や再犯防止になり、結果として社会全体の被害減少や被害者救済につながると考えられます。

また犯罪行為は、何らかの人間関係を持つ加害者・被害者の間で発生するケースが多い。警察庁の調べでは、平成27年の殺人事件は総数864件のうち、被疑者が被害者の親族だったのは52%の453件。知人・友人や職場関係者などの「面識あり」を含めると87%にもなる。
少なくとも家族内での犯罪行為では加害者と被害者は家族同士であり、一方に刑罰を与えることが被害者にとって必ずしも「報復」的価値を持つとは限りません。加害者を含め、当事者の間の関係修復こそが、重大事件の発生を避けるためにも大きな意義を持つのです」

最後に若林氏は、社会の側も刑法犯をめぐる状況をもっと理解するべきだと語る。

「たとえ刑法犯に刑罰を科しても再犯抑止の仕組みが社会に無ければ、反省や後悔の有無にかかわらず再犯は起こってしまいます。
『ムショ帰り』の人に対する世間の目は厳しいですが、私たちが暮らす社会の安全・安心のためにこそ、まずは社会の側が、人が罪を犯す背景や現実を理解する必要がある。私はそう考えます」

罪を犯して刑務所に入った人も、無期刑や死刑でない限りは必ず社会に戻る。社会において彼らが他者とどんな人間関係を結び、本当の更生を果たすか。安心できる社会で暮らしたいと願う誰にも関係がある問題だ。

前述の『累犯障害者』や、ホリエモンこと堀江貴文氏が長野刑務所での入所経験を記した『刑務所わず。 塀の中では言えないホントの話』、若林氏が研究参加する*人間科学研究所のウェブサイトなど、罪を犯した人の現実が分かる情報は、書籍にもウェブ上にもさまざまに存在している。「自分には関係ない」と思う人も、自らが生きる社会の一つの現実を知るために、一度興味を持ってみることを勧めたい。

*若林氏が挙げる参考ページ
1.「犯罪という現象」から学ぶことのできる社会のあり方を目指して―Restorative Justice(RJ)(回復的・修復的司法)とは何か
2. 新旧犯罪者処遇モデル論争:医療モデルvs.公正モデルからRNRモデルvs. GLモデルまで

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