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フレイル予防に「舌圧トレーニング」 フレイルのサインは「口の中」に表れる?

2022年11月10日


フレイル予防に「舌圧トレーニング」 フレイルのサインは「口の中」に表れる?

shiRUtoでは以前にも、「高齢者が陥る『フレイル』の予防を40歳から始めるべき理由とは?」という記事でフレイル取り上げ、大きな反響があった。フレイルへの社会的な関心がさらに高まっている中、足腰の衰えだけではなく、口腔機能とフレイルの関係性を示した研究が注目を集めている。立命館大学総合科学技術研究機構の堺琴美助教に、フレイルと口腔機能との関連に加え、口腔機能のチェックや維持に役立つトレーニングのアドバイスを聞く。

〈この記事のポイント〉
● フレイルとは? サルコペニアとは?
● フレイルに密接に関わる口腔機能の衰え
● 舌圧の低下が誤嚥性肺炎の引き金に
● すぐできる「舌圧トレーニング」

「フレイル」は筋力の低下。筋肉量も低下するのが「サルコペニア」

フレイルとサルコペニアは、同じテーマの中で語られることも多い言葉だ。まずは、それぞれの意味をあらためておさらいしておこう。

フレイルは、加齢によって高齢者の心身機能が衰えた状態をいい、健康と要介護の中間に位置します。フレイルの段階で適切な介入をすれば、要介護になることを予防したり、健常な状態に戻ったりする可能性があります。意識して運動や活動量を増やせば、健常に戻れるということです。
フレイルは、①歩行速度の低下、②疲れやすい、③日常活動量の低下、④筋力の低下、⑤体重の減少の5項目で診断し、3項目以上に該当するとフレイルと判断されます」(堺助教、以下同じ)

フレイルの判断項目

「一方、サルコペニアは、筋力や身体機能の低下に加えて『筋肉量が低下している状態』を指します。「歩く」や「立ち上がる」といった日常生活の基本的な動作に何らかの影響が出ていたり、転倒しやすくなったりしている状態を指します。
フレイルとサルコペニアは似ていますが、診断の方法が少し違います。症状が重なる部分も多いですが、『フレイルだが、サルコペニアではない(筋肉は十分にある)』と診断されるケースもあります。筋力も筋肉量も低下しているとサルコペニアになります」

フレイル患者の多くに見られる「口腔機能の衰え」

堺助教らの研究では、フレイルやサルコペニアの進行は足腰の衰えだけでなく、口腔機能の衰えにも関係していることが示された。これは何を意味するのだろうか。

「私はもともと言語聴覚士で、立命館大学に赴任する前は、病院で高齢者の口や嚥下の状態を専門に見ていました。その経験から、フレイルやサルコペニアの患者は、足腰と同様に口の機能も衰えていることに気づいていました。
しかし、口や舌の衰えに対する社会の認知は低く、情報の発信も少ないのが現状です。今回の研究は、過去に日本で行われた調査データをまとめたものです。フレイルやサルコペニアでは、足腰だけでなく口や嚥下の働きも衰えていることをデータ的な裏付けをもって伝えることで、さまざまな高齢者施策に役立てばと考えていました」

堺助教によれば、誤嚥性肺炎の患者の多くは口の筋力・機能が衰えており、しかもそれが発症前には意識されていないことも多いという。

「衰えた本人も家族も、年齢とともにと口腔機能が衰えることをほとんど知りません。最近は高齢者の誤嚥性肺炎が急増していますが、私たち専門職が出会うときには、すでに改善が望めないほどに口腔機能が低下しています。こうならないためにも、早期の発見・予防が必要だと考えています」

フレイルや誤嚥性肺炎と関連する「舌圧」とは?

口腔機能の中でも特に注目すべきなのが、「舌圧」だという。そのトレーニング方法も含めて解説してもらおう。

「口腔機能の評価において、専門職は舌圧を評価することが多いです。舌圧とは、舌を上顎の天井に向かって押す力、圧力のことをいいます。たとえば唾液を飲み込むときには舌の前方部分が上顎の天井に付くはずです。舌を上顎に付けずに無理に飲み込もうとすると、非常に飲み込みづらいことに気付くのではないでしょうか。
つまり、舌をしっかりと上顎に押しつけることができないと、誤嚥のリスクが大きくなるわけです。誤嚥性肺炎の患者の多くは舌圧が低い状態にあるといえます」

舌圧は言い換えれば、「握力の口バージョン」とも表現できるという。その鍛え方とは?

舌圧トレーニング
頬を舌で押し、指で押し返すトレーニング

「まず、頬の裏に自分の舌の先をあめ玉のように押しつけます。その上で、指先で舌を押して抵抗を与え、その抵抗に負けないように舌を押し返します
口の運動としては、舌を唇の外に向かって『べーっ』と思い切り出す方法もありますが、それでは不十分です。舌圧を維持するためには、指先で舌が疲れるぐらいの負荷をかけるのがおすすめです」

皆さんは、手の負荷を舌で押し戻すことができただろうか? 堺助教は、1日に左右それぞれ5秒ずつ押し込むのを3セットほど行うことを薦める。

舌圧トレーニング機器
医療機器メーカーJMSでは、医療機関向けの舌圧測定器だけでなく、患者向けのトレーニング機器も手がけている。

「ぱ」「た」「か」を1秒間に5回言えなかったら、口の器用さ不足?

嚥下には、舌圧だけでなく「舌や唇の巧緻性」も関係している。巧緻性(こうちせい)とは、
舌や唇がどれだけ「器用に動かせるか」
だと考えればわかりやすい。舌圧の次は、巧緻性もチェックしてみよう。

「舌の巧緻性は、まず『た』を『たたたたたたたたたた・・・・』と連続で発音し、1秒間あたり何回言えたかで評価します。『た』は舌の前方の巧緻性に関係します。
同様に、舌の後方の巧緻性は『か』、唇の評価は『ぱ』の回数で評価します。いずれも1秒間に5回程度が正常で、1、2回しか言えなかったり、リズムよく言えなかったりすると巧緻性が低下しているということになります。
しかし、1秒間に何回言えたのかを自分では数えられませんから、巧緻性の自己チェックにスマホアプリを利用してはいかがでしょうか。サンスター株式会社の『毎日パタカラ』といったアプリでは、トレーニングやセルフチェックが簡単にできるようになっています」

毎日パタカラ
サンスターの「オーラルフレイルケア プロジェクト」のサイトでは、口や舌の動きのセルフチェックやトレーニングができるアプリ「毎日パタカラ」などを提供している

巧緻性とは速さと器用さなので、日常生活での「おしゃべり」でも維持できるという。高齢者になると会話の機会が減るケースも多く、それが口腔機能の低下につながっている可能性もある。人と話すことが減ってきたのであれば、本や新聞などを音読する習慣を取り入れて、舌を少しでも速く動かす機会をつくることも有効だ。

フレイル予防の体操に、口腔機能の維持の体操も加えたい

今回の研究結果をひとつの指針として、各自治体でのフレイル予防の取り組みに生かしてほしいと話す堺助教。次の研究テーマは治療などにおける介入方法の検討だ。

「フレイルの予防や改善のための体操が、自治体などで行われています。そこに口腔機能の維持のための体操を加えるだけでも、口機能の重要性への認識が高まり、機能維持に対して意識が向くと思います。
フレイルに対する取り組みは自治体によって差が大きく、地域格差も目立っています。今回の研究結果をひとつの根拠に、取り組みが遅れている自治体は施策を進めてほしいし、私たち専門職も、『口腔機能の維持対策を施策に取り入れるべきだ』と積極的に働きかけることができると考えています。
次の研究のステップとしては、口のフレイル(オーラルフレイル)に対する介入方法を検証したいと考えています。どういう介入をすれば、口腔機能を維持できたり改善できたりするのかといった研究は、まだ始まったばかりといえます。健康な人の舌の運動などが、どのような効果をもたらすのかといった研究を発展させていきたいですね」

生きることは食べることだといっても過言ではない。だとすれば、高齢者の口腔機能維持は、QOL向上のために必要不可欠なテーマだといえる。まずは身近な人の「舌圧」や「口の器用さ」に目を向けてみては?

堺琴美

言語聴覚士として病院で約15年間、摂食嚥下障害の臨床に従事し、その間に高齢者の摂食嚥下の研究を大学院で行い博士号を取得。その後、公衆衛生学の大学院で勉強し、公衆衛生学修士を取得。現在、立命館大学総合科学技術研究機構で勤務。高齢者の口腔や摂食嚥下に関連する論文を多く出版しており、現在も地域や病院で研究を行っている。日本摂食嚥下リハビリテーション学会評議員・日本サルコペニア・フレイル学会評議員

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