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2050年の社会で、AIと人間はどのように共存するか?

2022年11月24日


2050年の社会で、AIと人間はどのように共存するか?

「Society 5.0」や「インダストリー4.0」と形容されることもある現代社会。AIやICT、IoTなどの技術は社会に何をもたらし、社会実装が進んだ近未来はどのような姿になっていくのだろうか。立命館大学情報理工学部教授で、知能化社会デザイン研究センターの西尾信彦センター長に聞いた。

〈この記事のポイント〉
● 「Society 5.0」と「インダストリー4.0」とは?
● 「クラウド至上主義」の現在と、その終焉
● やってくる 「インテリジェンスの遍在化」とは
● AI は人間の仕事を奪うのか?
● 国家・共同体の在り方にも影響を与えるAI

「Society 5.0」「インダストリー4.0」とは何を意味するか

内閣府が定義する現代社会の“有り様”ともいえる「Society 5.0」、そして、ドイツ発の製造業のオートメーション化・データ化の将来像を示した「インダストリー4.0(第四次産業革命)」。私たちが生きる現代は、人類が進歩を繰り返し、何度かの変革を経てきた姿ともいえる。まずは、これらの言葉について押さえておこう。

「『Society 5.0』とは、人類の出現からこれまで、社会が4度の大きな変革を経てきたという考え方です。数万年前の狩猟社会から始まり、数千年前の農耕社会、数百年前の工業社会、数十年前からのの情報社会と変わってきて、数年前から5.0『超スマート社会』と定義されています
内閣府の定義によれば、超スマート社会とは『さまざまなニーズに対応しながらすべての人に質の高いサービスを提供して、年齢や性別、地域や言語といった障壁を乗り越えて誰もが活躍できる社会』のこと。いうまでもなく、さまざまなデジタル技術の活用が前提となっています」(西尾センター長、以下同じ)

インダストリー 4.0とSociety 5.0

「一方、『インダストリー4.0』は4回目の産業革命が起きていることを示しています。工業社会の引き金となった「蒸気」による産業革命から、「電気」「情報」による産業革命と続き、インダストリー4.0はSociety 5.0の始まりにつながる産業革命なのです。
インターネットが人間以外のモノともつながり(IoT)、人間や機械をセンシングすることによってビッグデータを生み出し、それを分析して利用できるAIが登場した時代といえます。
次に起きる産業革命、つまりインダストリー5.0は、アメリカの著名なAI研究者のレイ・カーツワイルが予言している「シンギュラリティ(技術的特異点)」なのかもしれません。しかし、AIが人間の知能を超えるとするシンギュラリティは『起きない』という反論もあります」

では、2050年はどのような世界になっているのか? その社会は、Society 6.0か、7.0か、それとも…。

「これは非常に難しい問題です。なぜなら、上の図からもわかるように、世界を変える革命が起こる頻度は、近代になるにつれて飛躍的に高くなっていますね。ある意味でSociety 5.0は、『日常的に変化が連続する社会』だともいえるのです。この先は、社会をどう位置付けていくべきかという“ものさし”自体が変わっていくのではないでしょうか

「クラウド至上主義の時代」から「知の遍在化の時代」へ

今、私たちが生きている「Society 5.0」では、IoTによってクラウドにデータが集まり、そこから価値を見出すことが極めて重視されてきた。西尾教授はそれを、「クラウド至上主義の時代」と位置付ける。

「人間やモノをはじめ、あらゆるものがインターネットにつながっているIoTとは、クラウドを中心に、エッジと呼ばれる周辺部にあるあらゆるものがつながっている状態を指します。
エッジ(周辺≒デバイス、センサーなど)からデータがクラウドに集まってきてビッグデータになり、そのビッグデータを分析して新たな価値を生み出して、ビジネスを行うのがプラットフォーマーです。AIなどもその過程で発達してきました。データをできるだけ多く囲い込み、データから生まれた価値を独占することがGAFAに代表されるプラットフォーマーのビジネスモデルになっていることから、『クラウド至上主義』と呼んでいます。

クラウドとエッジ

モノがネットワークにつながり、ビッグデータが生まれるわけですが、当初のIoTではひとつひとつのモノが扱うデータは小さく、いわば「軽いエッジ」とされてきました。
ところが最近、自動運転自動車やコネクテッドカーのように、最先端のAIテクノロジーが働いている『重いエッジ』が増えてきています。AIの知(Intelligence)は、クラウドでしか生まれないと考えられてきましたが、今後はこのような「重いエッジ」も登場し、エッジでも知が生まれることが想定され始めました。
こうした状態を私は『インテリジェンスの遍在化』だと考えています。この流れが続くと、クラウドを独占することだけでプラットフォーマーが儲けることができる時代は終わりを迎えるのではないかと思っています

軽いエッジと重いエッジ

自動運転自動車の開発から生まれた「AIスーツケース」

西尾センター長が表現する「重いエッジ」のひとつである自動運転自動車で開発された実世界を認識する技術は、さまざまなものにフィードバックされ、活用されるようになっている。「AIスーツケース」もそのひとつだ。

AIスーツケース
一般社団法人 次世代移動支援技術開発コンソーシアム 記者会見資料より

「『AIスーツケース』は、日本科学未来館の館長である浅川智恵子さんが主導して開発したものです。浅川さんは視覚障害者であり、そのためのコンピューティングの研究を続けてきた専門家でもあります。
AIスーツケースは『盲導犬ロボット』のようなもので、人混みの中を歩く、目的地まで案内する、行列に並んで順番に進むといったことを、盲導犬と同じようにサポートしてくれます。現在はスーツケースの形をしていますが、小型化や軽量化が進んで、そのうちに眼鏡などに形を変えてしまうかもしれません。
どのような形になっても、使われている技術は、重いエッジ、つまり自動運転自動車の開発などから生まれてきたものです。このように、自動運転自動車の技術が別のケースで活用されることが、これからの数年の間に増えてトレンドになり、インテリジェンスが遍在化していくと見ています」

つまり、私たちの身近にあるモノが、高度なインテリジェンスを発揮し、我々をサポートしたり、高度に連携する時代がやってくるというのだ。
そのような時代に移り変わっていく中で、これまでのGAFAなどのようなクラウドにおけるビッグデータを前提としてビジネスを独占してきたプレイヤーたちの顔ぶれもまた、変わっていくのかもしれない。

人間に代わって、AIがすべてを行う時代はやって来ない

人間にしかできないと思われていた仕事を、AIや自動運転自動車ができるようになり、最終的にはAIがすべてをやるようになる。西尾教授はこうした予測に懐疑的だ。その理由とは何か?

AIと人間の関係
東北大学高橋信教授による資料より

AIの専門家の多くは、実はAIが人間に代わってすべてをやるようになるとは考えていません。例えば、自動運転自動車も、工場や物流倉庫などのように想定外の影響が介入しない空間では自動運転が可能で、実際にAmazonの物流倉庫では稼働しています。
しかし、現実の社会は想定外の影響に溢れています。将来的にもすべての車が自動運転車になるのは難しく、テスラのイーロン・マスクも『完全な自動運転を実現するのは無理だ』と語っています」

AIと人間の関係
東北大学高橋信教授による資料より

「今後、道具としてのAIは活動範囲を広げていくと思いますが、人間とAIが協調して働くというのがかなりの長期に渡って継続するというのが、社会におけるAIの実装の当面の限界ではないかと考えています。しかも、そもそも人間との協働を前提としたAIの開発は非常に遅れており、今後はこの部分の進歩が不可欠だと思います。
自動運転に関しても、レベル4の「完全自動運転」が2023年4月から実現するようですが、それでも人間は介入します。たしかに自動車に運転手は乗っていないかもしれませんが、運行管理センターのようなものをつくって、遠隔から運転するような仕組みになっているのです。人間が介入してAIと協調して働く時代は、これからもかなり長期に渡って続くのではないかと考えています」

AIの普及・コモディティ化により、人間の「業務のカタチ」は変わっていくだろう。しかし、AIに判断できない領域は依然として残り続け、互いの強みを活かしながら「協働」していく未来がやってくるということだ。

AIは民主主義とは相性が悪く、共産主義とは相性がいい

シンギュラリティとは、人工知能研究の世界的権威であるカーツワイル博士らが示した概念で、「AIが人間の知能を越える時」などを意味する。では、本当にシンギュラリティはやってくるのだろうか。西尾センター長は、「必ず来る。ただし、じわじわとやって来る」と予想する。

「『AIの知能が人間を超えて、いきなり意識を持ち始める』といった、急激な形でシンギュラリティが来るとは思えません。しかし、今や電気のない社会はなかなか考えられないように、『AIがないことが考えられない社会』にいつの間にか変わっていくという意味で、シンギュラリティはやって来ます。つまり、シンギュラリティはじわじわとやって来るのです。
AIに社会が支配されるようになってしまうと、人間が抵抗してAIと戦うという話がよく出てきますね。しかし、人間とAIが本当に戦うというのはSFの世界の話で、実際にはAIの背後にいる政府や企業などの人間たちと『人vs人』の戦いになる可能性が大きいのではないのかと考えています。
実際、OECDやEUなどは、『AIが支配するシンギュラリティに抵抗する』というスタンスを持っていて、EUはGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)を打ち出し、パーソナルデータのサービスを厳しく規制するようになっています。この規制はデータを簡単に取れなくするものなので、現在のビッグデータを前提とする当代のAIに対しては反AIで、基本的人権を取り戻す動きでもあると解釈されています。
一方、中国はEUなどとは全く逆で、中国のサイバーセキュリティ法では、中国政府に要求されたときには、データをすべて差し出さなさなければなりません。
GDPRの例からもわかるように、民主主義と当代のAI技術の相性は悪く、中国のような共産主義とは相性がいいといえるわけです。中国でAIの技術者が増えているのも、こうした環境の違いが影響している面もあり、シンギュラリティが最初に起こるのは中国である可能性が高いでしょう。西側の国々はいくつかの規制をかけているために、人間とAIが協調して働く時代が長く続くのではないかと考えています」

「AIがないことが考えられない社会」、それは同時に、国家間やグローバル経済といった側面でもAIの存在感が大きな社会といえる。2050年の世界に、AIはどのような影響力を持つだろうか。技術進歩にも目を向けながら、冷静に見ていく必要があるだろう。

立命館大学情報理工学部 西尾信彦教授

西尾信彦

1962年、愛知県生れ。東京大学工学部計数工学科を卒業後、東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻を修了。1993年より慶應義塾大学環境情報学部および政策・メディア研究科に勤務。2003年より立命館大学理工学部に赴任。2005年より同大学情報理工学部教授(現職)。2000—2004年JSTさきがけ研究21「協調と制御」領域研究者、2007-2008年Google Inc. Visiting Scientistを併任。博士(政策・メディア)。

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