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コロナ問題は「ウイルスvs人間」ではない 今私たちに必要な視点とは?

2020年9月10日




医学や生物学の範疇を超え、人々の生活に甚大な影響を及ぼしている新型コロナウイルス。感染者増加に伴う医療現場の混乱だけでなく、倒産・自主閉業による失業者の増加、貧困の拡大など社会的な混乱も現在進行形で続いているといっていいだろう。混乱の裏にある医療システムの課題や、人々の意識変化について、『感染症社会 アフターコロナの生政治』を上梓した、医師・医療社会学者の美馬達哉教授に聞いた。

高度化されすぎた医療が医療崩壊を招く?

5月に緊急事態宣言が解除されると、7月末には東京で1日に400名以上の感染者が確認されるなど、緊急事態宣言発令以前より感染状況は拡大しているように思われる日々が続いた。この状況について、立命館大学大学院 先端総合学術研究科の美馬教授は「医学的な対策が変わらないままだから当然」と指摘。「9月になってピークアウトしたとされていますが、感染拡大が減速した理由は分かっていません」と警鐘を鳴らす。

「緊急事態宣言やそれによる外出自粛などの対策は、感染拡大を一時的に抑える時間稼ぎでしかありません。その間に治療薬の開発や医療体制の整備などの準備ができればよいのですが、当然ことながらワクチンの開発はそれほど簡単ではありません。一方で経済活動をこれ以上止めてしまうことも困難です。いわゆる第二波は9月初旬に収まりましたが、その後に収束する保障はありません」(美馬教授、以下同じ)

これから秋冬シーズンになるにつれ、感染症のさらなる拡大が懸念される。医療体制の課題はどこにあるのだろうか。

「これから冬を迎え、コロナと同時に普通の風邪やインフルエンザが流行ってしまうと、医療現場はいよいよ危険な状態に陥る可能性もあります。
医療体制が切迫する原因は、単純なベッド不足が問題ではなく、長期的には病院の経営上の問題でもあると考えています。日本の病院のほとんどは民間病院です。コロナウイルスへの対策で、外来診療が減少し、感染症者を入院させるためにベッドを空けておく必要も出てきています。コロナへの対応は病院経営にとって、大きな負担になるわけです。
コロナウイルス対策に協力すればするほど医療機関にとって経済的不利益になる仕組みは持続可能ではありません。
また、コロナウイルスで大きな被害を受けたイタリアでは、医療が民営化し、ガンや不妊治療など高度医療に特化した病院が増えたことも原因の一つとされています。病院が営利のために高額収入の見込める治療に手を広げたために、不採算の救急医療や一般的な病気である肺炎の治療に力を入れる病院は減ったというのです」

国民の健康に対する責任を考えたとき、現在の経済的に疲弊した医療機関が、将来的に公共性を担えるかどうかは不透明だといえるだろう。長期的には公共性を軸にしての改革が必要だろう。

「自粛を要請する社会」は人々の犠牲の上に成り立つ

コロナウイルスは、人々の日常にも大きな変化を強要している。コロナウイルスの防疫のためには、マスクの着用やソーシャルディスタンシング、県境や国境をまたぐ移動の制限などが必要と考えられたのが大きな原因だ。移動制限などの措置は、治療薬やワクチンとは異なる感染症予防の方法であり、非製薬的介入(Non-pharmaceutical intervention: NPI)と呼ばれる。NPIは個人の自由を束縛するため、それが人々の生活に甚大な影響を及ぼしているのだ。原理的には、罰則で強制するのではなく、自発的なものであることが望ましい。

「日本では、政府からの強い強制・監視をしない状態でも、自発的な自粛・行動変容がある程度『成功』しているといえるでしょう。一方で、その成功は、人々が生活やライフスタイルを犠牲にすることで達成されているという側面もあります
感染拡大防止のために『自発的に』仕事を休業することは、しばしば、その個人の経済的な不利益につながります。本当の意味での『自粛』を実現するためには、自営でも雇用でも失業でも関係なく、公的な経済保障をさらに充実させ、経済的な強制無しに、誰でも仕事をするか休業するかを選べるようにすることが必要となります。
また、感染者に対して厳しい目が向けられる風潮を背景に、人目を気にしてお店を営業できない経営者もいました。自店から感染者が出れば非難が殺到、感染者が出ていなくても営業しているだけで白い目で見られるという時期もありました。体調が悪ければ検査を受け、陽性なら休む、という行動が容易に行える社会にするためには何が必要か考えなければなりません」

「ウイルスの存在」を前提にした社会の再構築

美馬教授の著書『感染症社会 アフターコロナの生政治』では、「感染拡大に関わる広い意味での社会・環境因子の複合した状況」=「コンスティテューション」への理解が大きなテーマとなっている。終わりの見えないwithコロナ時代を生きていく上で、我々はどのようなコンスティテューションに直面しているのだろうか。

「最も根本的なことを言えば、人間と自然との関わり方が“密”になってきたという要因があります。コウモリの社会に何千年も前からあったウイルスが、人間との社会的距離が近接したことで感染症となって表れました。ウイルスそのものよりも、自然との関わり方や環境を再考する必要があります」

一方、人々のライフスタイルについて考えると、より広範囲かつ継続的な公的な経済保証の議論も避けられない。

「人々に持続的な行動変容を求めるのであれば経済的な基盤を整えることも重要です。今回10万円の特別定額給付金が出たことで、国民全員に“一律に”給付するということが国民的コンセンサスとなりました。その結果、ベーシックインカムのような経済対策が議論される土壌ができつつあるのではないでしょうか」

本来人間社会とは距離を保っていたはずのウイルスが人間社会を脅かした背景には、人間と自然との関わりやさまざまな社会制度が複雑に絡み合っている。美馬教授が語る「コンスティテューションへの理解」という文脈からすれば、「ワクチンができれば終わり」では決してなく、コロナのようなウイルスが存在し続けることを前提にした、より良い社会状況の構築が議論されなければならない。

「私も医師ですから気持ちはわかるのですが、医療従事者は『ワクチンさえ完成すれば』『もっといい薬があれば』と医学の力に頼ってしまう面があります。しかし、感染症が社会全体のコンスティテューションを背景に立ち上がってくる以上、状況と折り合いをつけながら共存していく視点が必要になってきます。地球温暖化の問題も同じですが、人間だけに一方的に都合のいいような状況など、あり得ないのですから」

コロナ問題は、実は「ウイルス vs 人間」なのではない。今後、地球環境とさまざまな生物のバランスの中でコロナ渦を捉えていく視点が、ますます重要になるはずだ。

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大学院先端総合学術研究科 美馬 達哉 教授

美馬達哉

京都大学医学部医学科卒業。京都大学大学院医学研究科博士課程修了。米国国立健康研究所、京都大学大学院医学研究科などを経て、現在は立命館大学大学院先端総合学術研究科教授を務める。専門は医療社会学、脳神経内科学、神経科学。著書に『〈病〉のスペクタクル 生権力の政治学』、『リスク化される身体 現代医学と統治のテクノロジー』、『感染症社会』などがある。

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