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食事形態は進化する withコロナの食業界で「共」をどう実現するか

2020年6月9日




外食産業が大きく変わろうとしている。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言は解除になったものの、今後も“密”を避けた営業が長期化することが予想される。
変わろうとする、私たちの食のスタイル。そのような中、食事によって人と人の間で共有されていた時間や空間は、どのように変化していくのか。管理栄養士でもあり食品流通、マーケティングにも詳しい立命館大学 食マネジメント学部の田中浩子教授に聞いた。

中食で加熱するデリバリー 今後の店内飲食をどう考えるか

現代の食事形態は、レストランや居酒屋など家庭“外”で食事をする外食、スーパーなどで食材を買って家庭“内”で調理して食べる内食、家庭“外”で調理された食品を家庭“内”に持ち込んで食べる中食の3つに分けられる。感染症対策のために外食産業が行っているテイクアウトやデリバリー、コンビニのお弁当などもこの中食に含まれる。
外食の代替手段としてテイクアウトやデリバリーが一時的に機能している状態であることは間違いないだろう。では長い目で見たとき、外食産業にとっての課題は何なのか。

「まず『店内飲食をどう変えていくか』が最大の課題だと思います。デリバリーは人口密度が高くないと成り立ちづらいビジネスモデルです。都市圏のように住民の密度が高ければいいですが、地方では難しい。テイクアウトを始めたことにより、いままでとは異なる顧客を獲得できたという良い面もありますが、『外で食事をしたい』という欲求には対応できていないので改善が望まれます。外食産業全体で知恵を絞り、イノベーションを起こしていく必要があると思います」(田中教授。以下同じ)

コロナの影響で、店舗縮小を決めた外食チェーンも出てきた。これまでと同じ店内飲食の形態では、長期的なコロナの影響下で収益を確保していくことは難しくなっている。では、どのような視点に立ってイノベーションを起こしていくのか。
田中教授は、コロナ禍で市民権を得たITコミュニケーションに加え、食事が担ってきた「共」というキーワードに注目する。

店内飲食のイノベーションを促す「食=共」という視点

食事は、家族や友人、職場の同僚と会話が生まれる場であり、新たな人間関係が生まれる場であった。人々はプライベートでも仕事でも食を媒介にしてコミュニケーションをとり、食は人と人とをつなぐ重要な役割を担っている。
コロナ禍で人と食事を共にすることが難しくなっている今でも、人が食に求めることは変わらない。Zoomに代表されるオンライン会議ツールを使用したオンライン飲み会の流行がそのいい例だ。

「オンラインでの飲み会も、最初はそれぞれがバラバラのものを買ってきて食べていたのが、今ではコンビニなどで同じものを買って同じものを食べるような試みも行われています。オンラインという新しい形の飲み会ではありますが、『食事を共にする』という根源的なニーズは変わることはありません」

従来、食事時間帯に電話をかけたり、食べながら電話をかけることはマナーとして避けていた。しかし、コロナの影響で、食事中でもオンラインでつながることが増え、離れたところに住む友人や家族とZoomやLINEで顔を見ながら食事することも珍しくなくなった。人々の「食事を共にしたい」という欲求が、新たなツールの活用を促している事例といえるだろう。

「食を通して実現したかった世界やコトには、『共』というキーワードが含まれてきました。コロナ対策の長期戦の中で、どのように『共』を実現していくかというのが重要な視点になってきます。フェイスシールドや仕切りのようなハード面も、より圧迫感のないものに変わっていく可能性があります。また、ITを活用して、遠隔でもより自然なコミュニケーションができるようになるかもしれません。技術の革新に合わせて、外食産業を含め、さまざまな業態にイノベーションが起こることになるでしょう」

「テクノロジー×共」がポストコロナの食卓を豊かにする

今から30年後の2050年代には、世界人口は100億人を突破する。食料不足が問題視される一方で、日本の人口は1億人を切る。過疎化が進行した地域では高齢者の食料アクセス問題なども懸念されている。ポストコロナの近未来、私たちの“食”はどのような課題を抱えているのだろうか。田中教授は、「人々が食の周辺に何を求めているかが重要。その欲求を捉えた業態や社会づくりが求められる」と指摘する。

「例えば食料アクセス問題に関して言うと、ネットスーパーや配送のインフラを整えて、宅配ボックスを設置するなどの受け取るしくみを整えれば、単純に食品を手に入れるという課題は解決できると思います。しかし、人が求めているのはそれだけではありません。
朝市に行けば、新鮮な食材を自分で見つけることができる。生産者と直接話をしながら、食材を自分で選べるマルシェもあるでしょう。スーパーマーケットに行けば近所の誰かと会って立ち話ができる。食を核として人と人がつながり、そこに楽しさや豊かさを見出してきたのです」

技術の進歩は人々の欲求を超えて、新しい世界を提供してくれる。しかしその新しい世界が人間の自然な欲求と乖離していては意味がないのだ。一方で、このコロナの影響により、今まで活用されてこなかったツールに焦点が当てられ、活用されるようになったことは、今後の食にまつわる問題を解決するためのポジティブな変化であるとも言える。

「例えば、まちづくりについて考えるワークショップを行う時に、今まではその地域に住む人しか参加できませんでした。しかし、Zoomのようなツールが活用されるようになることで、今まで関われなかったような人が参画できるようになってきています。食に関する情報の1つとして、スーパーの売場に生産者の顔写真もありますが今後は新しいツールを使って、より深いコミュニケーションが実現していくかもしれません」

食は人々の生活の中核を成し、生活の質を決める要素でもあるがゆえに、問題も数多く挙げられている。しかし今回の生活様式の急速な変化により「人々が食に求めていたものや情報が得やすくなり、さまざまな課題に対する解決策のフェーズが変わるきっかけになるのではないか」と田中教授は展望する。
新型コロナウイルスの感染拡大は、急速なライフスタイルの変化をもたらした。しかし、この変化は、食の周辺にある人々の欲求を再構成し、社会課題にイノベーションをもたらす契機となる可能性もあるのだ。

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