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“五感で食を感じる” 日本が真の「世界一の美食国家」になるための戦略論

2018年10月31日




「ミシュランガイド」における三ツ星獲得店数で東京が世界一を誇り、世界では「WASHOKU」が人気を博すなど、日本の食文化はいま、世界最高水準にあるといっても過言ではない。日本人が長い食文化の中で育ててきたのは、舌を満足させる「味覚」だけでなく、店舗つくりや器のしつらえ、盛り付けの妙まで、五感を刺激するさまざまな創意工夫だ。
そんな食の国・日本で、五感を総動員した「体験としての食」への、総合的な学問的アプローチが始まっている。

嗅覚、触覚、味覚など他の感覚も呼び起こす「視覚イメージ」

そもそも「おいしそう」という感情は、どのように我々に想起されるのだろうか。例えば「たまには旨いものを食べに行こう」とネットで店探しをする場合、初めに我々の決定を左右するのは味覚ではなく視覚である。
実験心理学・認知科学を専門とする、立命館大学 食マネジメント学部の和田有史教授は、視覚が他の五感に働きかける作用を次のように語る。

例えば、このようなプリンの写真を見たとき、私たちは色や形といった視覚から判断される情報だけでなく、プルプルとした『柔らかさ』であったり、滑らかな『舌触り』、カラメルソースのほろ苦い『香り』など、触感や嗅覚、味覚といったさまざまな感覚を動員して対象物を判断しています。
実際に食べたわけでもないのに、頭の中には『実際に食べた状態』を想定しているんですね。これまでの経験や知識を材料に、不足している情報を補っていく脳や感覚器官の働きの解明が、今始まっています」

視覚的な「見栄え」が飲食店の売上を左右するのはInstagramがマーケティングに活用されている例を挙げるまでもないことだが、その根本は、人間が視覚から『食の総合的な体験』をシミュレーションするという機能によっている。

鼻をつまむと味がわからなくなる理由は、体内から鼻に逆流するにおいにあった

食べる前に行うことで、「見る=視覚」の次に来るのが「嗅ぐ=嗅覚」だ。においが味覚に与える影響の大きさは明らかだが、鼻から吸い込む空気から感じるものだけで、私たちはにおいを判断しているわけではない、と和田教授は言う。

「試しに、チョコレートを食べるとき、鼻をつまんでみてください。すると、『甘くて柔らかいものを食べている』という認識はできますが、それがチョコレートであるかは判然としなくなるはずです。
その理由は、肺から逆流して鼻を通る『後鼻腔経路』の空気が通らないために、においが感じられなくなっているからです」

通常、私たちが食べ物を食べるときは、眼前に食品があるときには『前鼻腔経路』、それから口腔に摂取した後は『後鼻腔経路』という順番でにおいを感じますが、この順番でにおいを感じることで味を増強する効果があることがわかっています

さらに興味深いことに、においを感じる順番を“「後鼻腔経路」→「前鼻腔経路」”のように逆転させると、味の増強効果はなくなるのだという。なるほど、食を楽しむときに行っている人体の動きについて、我々にはまだまだ知らないことだらけのようだ。

五感すべてを意識した食の演出が「WASHOKU 2.0」を生み出す?

官能評価学、認知科学的な側面から味覚について見てきたが、それ以外にも栄養学、調理科学といった「フードテクノロジー」分野の研究は奥が深い。さらに文化的、地理的、歴史的視点から考察する「フードカルチャー」、経済学・経営学的視点で消費行動に迫る「フードマネジメント」といった、さまざまな学問が話題となっている。

「例えばお店で食事をする体験全体を考えると、味だけではなくて雰囲気全体を“味わって”いますよね。今回ご紹介した視覚、嗅覚や触覚も含めて、多くの感覚でお店を感じているんです。それら複数の感覚から得られる『情報』が、一致したメッセージを持っているとき、そのメッセージは増強されて私たちに伝わります
今後、食についての学問的な理解が進んでいく中で、五感を総合的に捉えてよりよい“食体験”を生み出すヒントが見えてくるでしょう」(和田教授)

世界の美食家からも高い評価を得る日本の食文化。世界最高水準にあるそれが、これからも飛躍的にレベルアップする可能性がある。そこには、舌を唸らせるだけでなく、五感をフルに刺激しうるだけのおもてなしが必要不可欠であるといえよう。

立命館大学食マネジメント学部 和田有史教授

和田有史

日本大学大学院 文学研究科博士後期課程修了。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構上級研究員等を経て、2017年4月より立命館大学教授。2022年には東京大学上級客員研究員。専門は実験心理学。博士(心理学)。専門官能評価士。

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