「健康診断で血糖値はいつも問題ないから、自分に糖尿病の心配はない」。若い世代を中心にそう考えてしまうのは無理のない話だ。しかし、健康診断では見つかりづらい血糖値の上昇がある。それが「血糖値スパイク」だ。
糖尿病を研究する向英里准教授(立命館大学)は「健康診断での血糖値が正常な人も、食後の短時間に血糖値が急上昇する『血糖値スパイク』を起こしている可能性はある」と警鐘を鳴らす。スパイク(spike)は急上昇や急増を意味する英語。この血糖値スパイクは糖尿病に限らず心筋梗塞や認知症のリスクをも高めると指摘されている深刻な現象だ。
健康診断や自覚症状での発見が困難
糖尿病は、血糖値を下げるインスリンというホルモンが適切に機能せず、血糖値の調節がうまくできない病気だ。血糖値は血液中のブドウ糖濃度を意味する。
健康な人の場合、血糖値は食後およそ30分でピークに達した後、2時間ほどかけて定常状態に戻る。これに対して、糖尿病の人は食後でなくても血糖値が高い。慢性的に血糖値に異常があるため、健康診断で病気を突き止められるわけだ。
では、血糖値スパイクはどうか。
「食後の血糖値が140mg/dl以上に上がると血糖値スパイクが生じていると考えられます。この数値は正常な人に比べてかなり高いのですが、1〜2時間経つと定常状態に戻るのは、正常な人と同じ。食後だけ血糖値が高いので、空腹時に受診する健康診断では発見されないのです。分かりやすい自覚症状もないので、血糖値スパイクが起きているかを自分で判断するのは難しいですね」(向准教授)
ドラッグストアなどでは尿糖検査紙が市販されているが、尿糖は高血糖状態が慢性的に続いてから初めて出るもので、糖尿病の患者でも尿糖が出るのは罹病期間が長い人だという。まして血糖値スパイクでは、検査紙による尿糖検知はできないのだ。
がん、認知症……。血糖値からは連想されない病気のリスクが高まる可能性も
以上のように発見が困難ながら、血糖値スパイクは糖尿病や心筋梗塞など重大な疾患のリスクを高めると指摘されている。
「血糖値が急上昇するとインスリンが一気に分泌され、分泌源の膵臓β細胞が酷使されます。このプロセスを繰り返すうちにβ細胞が機能低下を起こし、糖尿病にかかりやすくなると考えられています。ただ、詳細な因果関係はまだ証明されておらず、私を含め各国の研究者が解明に取り組んでいるところです」
心筋梗塞や認知症などほかの病気との関連についてもまだ分からない部分が多いという。ただし認知症に関しては、アルツハイマー型認知症の原因物質ともいわれるアミロイドβがインスリンの上昇によって脳内に蓄積するという報告もあり、研究の進展が期待されている。
2016年に放送されたNHKスペシャル「”血糖値スパイク”が危ない」によれば、アンケートに回答したおよそ16万4千人のうち男性の21%、女性の6%で“血糖値スパイクのリスクが高い”とみなされたという。注目すべきは、女性に比べて3倍以上にも上る男性の21%という数値。およそ5人に1人の割合だ。なぜ男性のリスクが特に高いのだろうか?
「血糖値スパイクも糖尿病と同じように、遺伝的因子や年齢、そして偏食や喫煙、運動不足や肥満が原因と考えられています。リスクの高い人が男性で多いのは、これらの生活習慣を持つ人が相対的に多いからではないでしょうか」
ほかの多くの病気と同じように、当然ながら血糖値スパイクも生活習慣の乱れが大きな要因なのだ。「健康診断の結果を見る限り、血糖値はまだ大丈夫」と思っていても、後ろめたい生活習慣を日頃から送っているならば血糖値スパイクの可能性は否定できない。
「食べる順番」「食後の軽い運動」「必須アミノ酸BCAA」で対策を
糖尿病と同様、血糖値スパイクも生活習慣の改善による対策が重要だ。効果的な対処法を訊いた。
「一つは、多くの人がすでにご存知の『食べる順番』です。“野菜→肉や魚→ご飯やパン”と、食物繊維の豊富な食材を最初に食べ、糖質の多い食材を最後に食べることで血糖値の上昇は緩やかになります」
また、食事を終えてから15分後に体を15分ほど動かすことも効果的だという。
「食後に動かないでいると胃腸に血液が集中します。消化吸収には良いのですが、ブドウ糖の吸収量も必然的に多くなってしまう。そこでウォーキング程度でも食後に軽く運動すると、吸収が抑制されて血糖値のピークを下げられます」
さらに、運動前に必須アミノ酸BCAAのサプリメントを摂取すると、血糖値がより下がるだけでなく運動後も血糖値の低下が持続するという。
「BCAAは豆腐などの大豆製品や、チーズやヨーグルトといった乳製品、牛肉や鶏肉、魚などに豊富に含まれるアミノ酸です。コンビニで手軽に買える食べものも多いので、ランチに一品取り入れたうえで食後に軽くウォーキングするだけで十分な対策になりますよ」
これらの対処法はすべて、忙しいビジネスパーソンでも気軽に始められるはずだ。血糖値スパイクの可能性を感じた人に限らず、「自分は大丈夫」という人も、将来のための予防と考えて実践してみてはいかがだろう。