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即戦力はアジアからやってくる? 日本企業の成長のカギを握るハイスキルIT人材のいま

2021年10月21日




第四次産業革命において、AIや IoTの開発を担うIT人材等の育成が自国の経済発展の重要な課題となっている。世界中でそのような「ハイスキル人材」の育成と人材獲得競争が激化しており、日本企業の今後の成長を占う上でも人材の確保は急務といえる。存在感を増す、アジア圏のハイクラス人材に詳しい、立命館大学 経営学部の守屋貴司教授に聞いた。

〈この記事のポイント〉
● 日本の教育構造ではIT人材の大量育成は難しい
● 2000年問題以降、急激に発展したインドのIT人材
● 国際認証の整備が人材のグローバル化を促した
● 人材が人材を呼ぶ「リファラル採用」が重要
● アニメ・漫画好きが高じて日本を目指す人材も?

なぜ足りない? 日本のハイクラスIT人材

始めに、そもそもなぜ日本でこれほどまでにIT人材が不足しているのかを押さえておこう。守屋教授は、日本の高等教育における構造的な問題も指摘する。

「基本的に、日本の大学制度は文系・理系に分かれていて、しかも理系の中でも情報・理工のように細分化されています。ハイクラスIT人材に該当するのは情報系で、しかも大学院で学んだような人材になりますので、母数がまず少ないのです。
しかも、人材育成促進のために学部の構造改革をしようと思っても、許認可の問題がややこしく、一朝一夕にはいきません。最近になって、ようやくコンピュータ学科や情報学科、情報学部の新設なども始まりましたが、そこで学んだ学生がハイクラスIT人材になるまで6年〜8年もかかります。それでは遅すぎる。
つまり、そのような人材を国内で確保することは、もはや現実的ではないのです」(守屋教授、以下同じ)

現在、さまざまな業界で進みつつあるDX(デジタル・トランスフォーメーション)。現場では即戦力のIT人材が必要なわけだが、その数はまったく足りていない。まずはその状況を理解しておく必要がある。

インドを中心としたアジア圏のIT人材の存在感

立命館大学 経営学部 守屋貴司教授

守屋教授は、アジア太平洋研究所「インド/アジア人材活用研究会」のリサーチリーダーも務めるエキスパートで、インドを始め、ベトナム、シンガポールにおける人材育成についても研究している。これらの国々の強みとは?

「IT分野での先進性でいえば、アメリカが圧倒的に進んでいるといえるでしょう。20年程前、『2000年問題』というのがありましたね。さまざまなシステムで桁数が変わることによる諸問題に対応しなければならなかった。
そこで当時、アメリカからインドに相当の注文が入りました。その後、マイクロソフトやGoogleなどの仕事を、インドが大量に請け負い始めた。現在インドは、世界でも有数のITの生産・開発拠点になっています」

ではなぜ、インドは急激なIT立国を果たせたのだろうか。その背景には、資格やスキルの国際認証の問題もあるという。

コンピュータサイエンスの世界でいうと、国際認証方式はイギリスのものを採用していることが多いんです。インドはもちろんのこと、マレーシアやオーストラリアなども国際資格認証がしっかりしている。英語という共通言語が使えるという側面ももちろんありますが、“国をまたいでもすぐに仕事ができる”バックグラウンドを持っているのが大きいのです」

インドで学び、高度なスキルを手に入れれば、すぐにでもアメリカで仕事ができる。しかも、アメリカのIT企業の報酬は極めて高い。これが、多くのIT人材が育つ背景なのだ。

世界に広がる、ハイクラス人材の人的ネットワーク


距離を超え、国を超えて活躍の場を広げるハイクラスIT人材。一方で、彼らの“つながり”はデジタル的というよりも、むしろ「人的」なのだと、守屋教授は指摘する。

「アメリカにおいて、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)のトップクラスの人材がインド人材で占められたり、メガベンチャーのナンバー2のポストにインド人材がいるケースが非常に多くなっています。その理由は、彼らのITスキルの高さはもちろんのこと、その人的ネットワークにあるのです。
彼らは同じように高いITスキルを持った優秀な者同士で結びつき、だいたい同国人同士でネットワークを持ちます。企業上層部にインド人材を置くことで、彼らの深いネットワークを活用し、ハイクラスIT人材を囲い込む戦略ともいえます。
同様に中国もIT人材が豊富ですが、中国はバイドゥやアリババなど、自国のIT企業で人材を囲い込み始めています。インドはITについてオープンですから、日本にも人材市場は開かれている。ITのみならず、製造業分野においてもインド人材に入ってきてもらい、日印間でWin-Winの関係を作っていこうというのが、近年の政府の意向でもあるわけです」

日本企業がハイスキルIT人材を獲得していくために必要なこと

高度なITスキルがいわば「国際言語」となり、より報酬の高い場所で働く。そして、3〜4年でジョブホッピングをしながらキャリアを積み重ねていく。IT人材において当たり前になっている働き方だ。
そのような状況の中、日本はどのように人材を確保していくべきなのだろうか。

「彼らにとって、最も魅力があるのはもちろんアメリカです。例えばインド工科大学からGAFAに入ったハイクラスIT人材は初任給で3,000万円くらいもらえます。また、企業内ベンチャーで成功すればボーナスで何億円というようなケースも珍しくありません。優秀な人がアメリカを目指す理由は明らかですよね。その代わり、半年〜1年で成果が出なければすぐにクビです。高額報酬はリスクの裏返しともいえるわけです。
一方で日本は、『すぐにクビ』という人事はないので、そういう面では優しいところがあります。長く勤めていると、金銭的リターンと成長機会が少なくなるのは、キャリア形成にとってデメリットになります。今後、そのあたりのバランスをどう取っていくかが、日本企業の勝負どころになるでしょう」

採用タイミングと「リファラル採用」に勝機あり?

では、獲得競争が激化しているハイクラスIT人材を、日本企業はどのように獲得していけばいいのだろうか。

「インド人材の採用は大学で行われます。企業が大学に求人票を出し、1週間ほどリクルートデイを設けています。インド工科大学などのトップクラスの大学では、GAFAなどのメジャー企業が初日をがっちり押さえており、日本はなかなかいい人材が採れません。
そのような中で優秀な人材を確保するためには、リクルートデイの前に採るしかありません。重要になってくるのは、先ほど申し上げたような“人脈”です。すでにいるインド人材の先輩や後輩、友人や親戚なども含め、企業の魅力を発信したり、インターンシップを行うことが重要になるでしょう。システム的に採用するのではなく、ある意味地道に「リファラル採用」していくという意識が必要です。
また、アニメや漫画などのジャパニーズカルチャー好きが高じて日本での就職を決めている人材も多い印象があります。逆に言えば、現状ではそれ以外に、ハイクラスIT人材の獲得における日本の強みを見つけるのが難しいともいえるかもしれません」

大きく出遅れてしまった感のある日本のIT産業や人材獲得。世界の壁は高いが、前に進むためには地道な取り組みが欠かせない。あらためて“人の力”を見直す時が来ている。

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守屋貴司

関西学院大学商学部卒、立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了、「日本企業社会における成果主義導入と企業内『共同体』の変容」で社会学博士。奈良産業大学を経て、2006年から立命館大学経営学部教授を務める。主な研究テーマは地域経営研究、日本の海外労働者のキャリア開発と人事管理に関する研究など。

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