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専門家が解説 「ブラック・ライブズ・マター」の根本にあるアメリカの差別

2020年7月30日




2020年、アメリカで黒人のジョージ・フロイド氏が白人警察官に首を押さえつけられ、その後死亡した事件をきっかけに「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」運動は世界的な制度差別への批判ムーブメントに発展した。アメリカに根付く制度差別がなぜ巨大な運動につながったのか。そこには、奴隷制や人種隔離制度、さらに現在まで続く刑務所制度と、彼らを「底辺に留め置くシステム」が暗い影を落としていた。

「ブラック・ライブズ・マター」の背景にある、黒人たちが直面している差別とは

これまで人種差別撤廃を訴える抗議デモは数多く行われてきた。しかし今回の「ブラック・ライブズ・マター」のように大規模に広まり、長期間続いている例は珍しい。アメリカの黒人の歴史や人種差別について研究している立命館大学文学部の坂下史子教授は、今回の運動の特徴として「アメリカの歴史の中で400年続く制度的人種差別や性差別の撤廃を訴えている点」を挙げている。

「今回の抗議デモで問題とされているのは、個人的な偏見や差別感情ではなく、制度化された人種差別です。制度化された差別とは、社会的弱者が不利となる仕組みが社会構造に組み込まれた差別のこと。アメリカでは黒人に対する制度的人種差別だけでも、奴隷制、その後の人種隔離制度、さらにその後から現在まで続く刑務所制度と、彼らを底辺に留め置くシステムは途切れることなく続いています。教育や雇用や医療における格差、住宅差別、刑事司法制度における不当な扱いなど、黒人というだけで彼らは人生のあらゆる局面で人種的不平等に直面してきました。
それ以外にも、黒人は頻繁に警察に職務質問を受けたり、不審者として通報されたりと、日常的に監視やハラスメントを経験しています。さらに、新型コロナウイルスが感染拡大している現在では、黒人の多くはエッセンシャル・ワーカーとして命の危険を冒しながら働かなければならないという人種間格差もあります。制度的人種差別の歴史に起因するそれらの日常的な体験と、フロイド氏の事件含め以前から頻発していた黒人が警察暴力で殺害される事件が、今回の大きな運動につながったのではないでしょうか」(坂下教授、以下同じ)

フロイド氏の殺害事件に端を発し世界中に広まった今回の抗議デモの根底には、長年迫害され続けた歴史、日常的なハラスメント、そして新型コロナウイルス感染拡大という世界的な危機など、黒人の暮らし全般に関わるさまざまな要因が絡み合っている。だからこそ、「黒人の命は大切だ」と和訳されるこのスローガンの「ライブズ」が指すものは、単に命だけではなく、暮らしや生きること全般を指すのではないかと坂下氏は指摘する。

世界中に広まる危機感と共感が運動を起こし、社会を変える力になる

さらに今回の運動は、さまざまな人種・民族的背景を持つ人々や、高校生や大学生など多数の若者が運動に参加していることも特徴として挙げられる。

「今回の運動が人種や世代を超えた運動になったのには、トランプ大統領の存在が大きいのではないでしょうか。人種差別的、性差別的言動を臆面もなく繰り返す大統領の登場に、多くの人々が危機感を持ったという側面は否定できません。トランプ大統領就任直後には「女性の行進」という性差別反対の抗議デモ、2018年には高校生による銃規制を求める運動が全米規模で広がり、これらの個別の運動が今回の『ブラック・ライブズ・マター』の運動と連帯しているようです。
また、この運動が訴える制度的差別撤廃という視点が世界各地で共感を集めたことも、世界規模の運動の拡大に寄与したと考えられます。黒人だけでなく、社会的マイノリティを差別する制度は世界中に存在します。各地のデモ参加者は、フロイド氏の事件に抗議するだけではなく、この事件に自らも危機感を覚え、自分たちの国における制度的差別の撤廃を求めているのです。
さらに、抗議デモにおけるSNSの影響もあります。今回の運動に関して言うと、フロイド氏の映像が撮影され、SNS上で時差なく拡散されたことで、抗議デモが組織され、現地だけでなく世界各地でほぼ同時に運動が起こりました。
これまでにない規模の広がりを見せたこの運動は、一部地域で警察の予算を削減し教育に回す動きや、人種差別主義者の名前を冠した建物の改称や像の撤去など、すでにさまざまな結果が現れ始めています」

今私たちに必要なのは「身近な差別に気づく」こと

世界各地で広がりを見せる「ブラック・ライブズ・マター」運動だが、日本では馴染みがないと感じる人が多いかもしれない。しかし、坂下教授は「馴染みがないと思うのであれば、そのこと自体が問題なのではないか」と指摘する。

「今回の運動に関して、プロ野球のオコエ瑠偉選手や、テニスの大坂なおみ選手など、アフリカ系のルーツを持つ著名人が積極的に発言しています。また、日本国内に住むアフリカ系の人々が『ブラック・ライブズ・マター』運動を主催するなど、日本でも抗議運動は行われています。これは日本でも黒人または黒人に見える人々に対する差別が存在することの証左です。
抗議デモに参加している人の中には、この運動の趣旨が『制度的差別の撤廃』であることを意識していない人もいるかもしれません。「ブラック・ライブズ・マター」運動が制度的人種差別という歴史的なシステムの問題に対して声を上げていることを考えると、日本に暮らす私たちに今必要なのは、日本における制度的差別の問題にも目を向けることではないでしょうか。沖縄の基地問題、アイヌ民族、被差別部落の人々、在日コリアン、外国人労働者、性的マイノリティ、障がい者を取り巻く問題など、国内においても解決しなければならない問題はたくさんあります」

制度的差別は、私たちの生活のあらゆる場所に存在する。これからの私たちに必要なのは、まずその差別の存在に気がつくこと、そしてその気づきを改善する動きにつなげていくことなのではないだろうか。今回の運動は、日本国内で周縁化されてきたマイノリティの人々の「ライブズ」が大切にされているかどうかという点に気づかせてくれる貴重な機会になるはずだ。

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立命館大学 文学部 坂下史子教授

坂下史子

立命館大学文学部教授。神戸女学院大学文学部を卒業後、同志社大学大学院アメリカ研究科で修士号、ミシガン州立大学大学院文芸研究科で博士号取得。専門はアメリカ研究、アフリカ系アメリカ人の歴史と文化。共編書に『よくわかるアメリカの歴史』、Transpacific Correspondence: Dispatches from Japan’s Black Studies、共著書に『「ヘイト」の時代のアメリカ史―人種・民族・国籍を考える』、 Gender and Lynching: Politics of Memoryなど。

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