教養が「教養」を超越する時代 あらゆるイシューと向き合うからこそ活きる「リベラル・アーツ」の意義

2019年1月15日


「教養」という言葉がこれほどまでに私たちの意識を引きつける時代はなかったかもしれない。テレビでは毎日のようにクイズ番組が放送され、「豊富な教養」が売りのタレントが人気を集めている。書店の教養コーナーには『これだけは知っておきたい…』『知らないと恥ずかしい…』といったタイトルの本が所狭しと並ぶ。現代日本には、「一般常識」「社会生活を営む上で不可欠な知識」といった意味での「教養」が溢れているのだ。

教養は断片的な知識ではなく、「一生学び続ける意思や態度」

教養を「一般常識」のように捉える現代日本の教養観に疑問を呈するのは、アメリカのイェール大学でリベラル・アーツ(一般教養)の教鞭を執った経験を持つ斉藤淳氏だ。

いまの日本では、教養が一般消費財のようにコモディティー化していると感じます。限られた分野における断片的な知識を、教養と称して切り売りしている印象です。事実、日本の大学における従来の教養教育も『広く浅く知識を身につける』ことを重視してきたと思います。
しかし本来の教養教育は、たとえ狭い分野であっても、深い智恵の井戸を掘る経験です。その訓練こそリベラル・アーツ教育の使命だと心得てきました。リベラル・アーツという言葉を聞いて私が常に思い浮かべるのは、一生学び続ける意志や態度。そういった姿勢を備えた人こそ本当の『教養人』ではないでしょうか」

デジタル・メディアやイノベーションに関する著書を複数著している、株式会社FERMAT代表の池田純一氏は、リベラル・アーツ教育の育む「学び続ける態度」が現代でこそ重要性を増していると語る。

誰もが多くの情報を簡単に得られる現代では、正しい情報を見極める推測能力が必要です。ただし、この推測能力は『一度知識を詰め込めば身につく』ような類の力ではありません。情報が誰によって、どんな意図で作られたのかを考える知的努力が常に要求されるからです。『学び続ける態度』は現代でますます重要になっていると言えるでしょう」

リベラル・アーツすなわち教養は、特定分野における知識の習得ではないし、まして大学で4年間勉強すれば完了するというものではない。未知のことを学ぶ姿勢、そしてその姿勢を持ち続ける努力こそが本質なのだ。

リベラル・アーツは「普遍性」の再構築につながる

東京大学の中島隆博教授(東洋文化研究所)によれば「教養教育の期間や規模が縮小傾向にある日本とは反対に、世界の学問の最前線はリベラル・アーツ教育への投資に熱心」だという。その理由について、中島教授は次のように説明する。

明治以降の日本がヨーロッパの『普遍』的な技術や学問を学び吸収したように、かつては近代ヨーロッパこそが『普遍』を象徴する存在だとみなされていました。しかし、普遍性を与える側と受け取る側が存在するという垂直的なモデルは、現代には必ずしも適していません。『道徳を基礎づける』を著したフランソワ・ジュリアンは、普遍性はどこか中心から投射されるものではなく、ともに関与していく水平的な関係の過程だと言っています。また、『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』の著者であるマイケル・ピュエットは、『普遍』と在来理論の関係を懸命に考え直しています。グローバリゼーションが進み、普遍という価値観が揺らぐ時代を生きている私たちは、彼らの言葉や思想をきちんと理解しようとする必要があるでしょう。現代における普遍性を問い直す態度を養うためにも、リベラル・アーツ教育の重要性は明らかです」

経済のグローバル化、情報技術の驚異的な進歩……。価値体系が大きく揺らぐ中で、本当に拠りどころとすべき普遍的な価値観とは何か。リベラル・アーツはそれを探るヒントになる。

自己を確立するためのリベラル・アーツ

立命館大学の山下範久教授(国際関係学部、2019年4月より同学グローバル教養学部に着任予定)とオーストラリア大使館のピタ・アーバックル参事官は、リベラル・アーツは自己を確立する助けになると話す。

現代において自己という存在を考えるとき、『一貫性を持つ個人』という面だけで自己を捉えるのではなく、『関係の束』を生きる存在としても自己を認識する姿勢が必要です。人生でどれだけさまざまなものに触れ、開かれた経験をしてきたのかに意味があります。より豊かで柔軟なアイデンティティーを持つこともまた、リベラル・アーツの大きな意義です」(山下教授)

「グローバル化・デジタル化が進み、外部環境の変化に柔軟に対応することが求められるこの社会では、『自分自身の重要性』を失わないように気をつけなければなりません。社会の中で『バランスを保つ』助けになるリベラル・アーツは、現代のビジネスパーソンには不可欠です」(アーバックル参事官)

リベラル・アーツの本質である「学び続ける態度」はビジネスパーソンに期待される素養にほかならない。目まぐるしく変化する社会で、あくまでも自分にとって大切な情報や経験を見極め、追求する姿勢が問われている。

※本内容は、日経ユニバーシティー・コンソーシアム 立命館大学グローバル教養学部開設記念シンポジウム
「新しいリベラル・アーツの可能性~グローバル人材の育成を考える~」(2018年9月25日、日経ホール)の内容です。

shiRUto 編集部

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