”ものづくり至上主義”脱却へ AI全盛時代を勝ち抜く「ルール・メイク」重要論

2018年12月21日


日本がビジネスで世界に挑戦するうえで涙を呑まされる理由の一つに「ルール・メイクの壁」があるのではないだろうか。近年のビジネス界では、自社ビジネスに有利な法律やルールなどの事業環境を創り出す「非市場戦略」の重要性がしばしば指摘されるものの、日系企業は自らの手でルール・メイクを行う意識が欧米に比べて希薄と言われる。ルールが整備されていない市場への進出をためらううちに、欧米や新興国の企業が先に進出してシェアを確立してしまうことも少なくない。

しかし、グローバリゼーションが実現しさまざまな分野でルールの世界共通化が進む現代にあって、ルール・メイクの不得手を理由に苦汁を舐め続けるわけにはいかない。アメリカやEUなど「ルール・メイク先進国」の勝ちパターンを見ていきながら、普遍的なルール・メイクの焦点を探る。

アメリカは“デ・ファクト”(事実上)なルール・メイクで覇権を握る

アメリカ流の覇権の握り方は、まず実績を作りにいくデ・ファクト(事実上)なルール・メイクです」と話すのは、立命館大学の山下範久教授グローバル教養学部)だ。

「ロボット掃除機の市場が良い例です。日本企業は『転倒や火事を引き起こす可能性がある』という懸念から製造・販売競争で後れを取りましたが、アメリカ企業は『まずは商品を普及させることが最優先だ。トラブルは訴訟で解決すれば良い』と考えて商品化に踏み切りました。今ではアメリカのアイロボット社が、世界でも日本国内でも圧倒的なシェアを誇っています」

日本企業は、既存の規制体系との摩擦を起こすことを恐れると同時に、新市場におけるルール・メイクにも消極的だったため、2020年度には約22億円にも上ると予測されている国内掃除用ロボット市場で、覇権を握ることができなかったのだ。

“デ・ジューレ”(法律上)のルール・メイクを得意とするEU

デ・ファクトでルール・メイクをするアメリカに対して、ヨーロッパはデ・ジューレ(法律上)のルール・メイクに長けているという。

「EUで作られた独自ルールが、結果的に国際的な共通ルールになっている例は少なくありません。
一番目立つのは環境分野です。例えば、EUが制定している『RoHS指令』という環境規制があります。電気・電子製品に含まれる水銀やカドミウムなどの特定有害物質の使用制限を定める規制で、対象はあくまでもEU加盟国です。しかし、日本を含め世界のメーカーはグローバル市場向けに生産を行っているので、EU輸出向けの製品だけ仕様を変えて別ロットで生産するのは非効率です。結果として、世界のメーカーは最も規制の厳しいEUの基準に合わせてすべての製品を生産しています。つまり、EUにおけるルールが結果としてグローバル・スタンダードになっているのです。
また、EUは自分たちの環境規制体系を、法令の国内整備が遅れている新興国に『輸出』することにも官民を挙げて熱心で、このような面からもEUがデ・ジューレなルール・メイクに長けていることが伺えます」

さらには、技術発展が著しく、大きなビジネスチャンスが期待されているAIやロボットの分野でも、EUはルール・メイクを通じて覇権を握ろうと画策している。

「EUの欧州法務委員会は今年(2018年)初め、『ロボットに関するルールを定める必要がある』という提言を出しました。ロボットの法整備に向けていち早く動き始めた理由は、AI関連産業による経済効果がEUに流れやすい構造を作り、AI社会の覇権を握ろうとしているからにほかなりません」

EUは、AIの市場が今後さらに重要性を増す未来を見据えて、環境分野に続いてAI市場でも、自らの定めるルールをグローバル・スタンダード化すべく動き始めているのだ。

日本企業はEUを参考に 必要とされるのは新しい社会デザイン

アメリカやEUとは異なり、日本は今まで主としてものづくりの「技術力先行」で自動車やカメラ、産業用ロボットなどの市場で覇権を確保してきたが、技術革新の意味が変化しつつある現代では、今後も同じアプローチを取り続けることは困難とも予想される。

これからの日本にとって参考になるのは、EUのデ・ジューレなルール・メイクです。
従来は、すでに存在する需要により低コストに、より早く応えるための技術改良によって市場シェアを獲得することができたかもしれません。しかし、いま世の中で必要とされているのは、現状の社会では満たされない潜在的な需要や、いまだ存在を気付かれていない需要を掘り起こすような商品やサービスです。
自分たちの技術的強みを活用するだけではなく、新しい需要を包摂する社会デザインを提起することが大切ですが、そのような社会デザインを示したうえでより良い社会について討議して合意を形成することこそ、『ルール・メイク』にほかなりません。
つまり、いま必要とされる『まずビジョンを示し、その実現を目指して環境を整備する』というアプローチは、EUが得意とするデ・ジューレなルール・メイクとまさに同質といえるのです」

高い技術力を武器に市場覇権の確保に成功してきた日本企業だが、いま方向性の転換が必要とされているといえるだろう。

普遍的な社会デザインを示し、市場確保に成功した日本企業の例も

もちろん、日本企業もルール・メイクの観点をまったく持ち合わせていなかったわけではない。社会デザインを打ち出したうえでデ・ジューレなルール・メイクを進め、市場を確立した例もある。

「例えば、ヤクルトは中国市場を開拓する際にまずは乳酸菌に関する学会の設立をサポートし、『乳酸菌の日常的摂取が健康や美容によい』という観念を社会に浸透させることから着手して、中国市場で大きな成功を収めています。
あるいは、胃腸の検査や治療に使われる内視鏡(胃カメラ)の市場は日本企業だけで世界シェアの9割以上を占めますが、これは従業員の定期健診を企業に義務付ける日本の保健行政のもと、日本のメーカーが内視鏡の技術を飛躍的に発展させたからです。内視鏡検診もまた、がんや生活習慣病のリスクを早い段階で発見して社会の医療コストを引き下げるという社会デザインをともなっています」

最後に、デ・ジューレなルール・メイクにおいて注意しなければならないポイントを山下教授に伺った。

「他社や他国の人々に受け入れられるためには、自分たちの提示するビジョンやルールが彼らにとっても正当かつ有効だと納得させる必要があります。だからこそ今後のグローバル社会では、歴史や文化の違いを超えた普遍的な利益を世界の人々に提示することが不可欠でしょう」

今後大きなビジネスチャンスが期待されるAI市場でも、世界各国のシェア争いはますます加速することが予想される。そのなかで日本のシェアを確保するためにも、自国の利益と普遍的な利益の両方を同時に満たすルール・メイクを目指す姿勢が焦点となるだろう。

shiRUto 編集部

教育・研究から得られる知の数々が私たちや社会とどう関わっているのかを、ビジネス、テクノロジー、グローバル、ライフ、スポーツ、カルチャーの6つの視点で取り上げています。世界を、日々の生活をよりよくする、明日のビジネスを考える、新たなイノベーションを起こす、そんなきっかけを生み出すメディアとなることを目指しています。

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