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「全国旅行支援」スタート! ポストコロナの新・観光資源に必要なこと

2022年9月22日


GOTOトラベル再開? ポストコロナの新・観光資源に必要なこと

コロナ禍によって大きな打撃を受けた全国の観光地。観光客の回復に向けた懸命な取り組みが行われているが、感染者の増減に需要が左右される状況が続いてきた。こうした中で観光の新しい形や考え方も現われている。地域の観光への取り組みはいま、どのような局面にあるのか。未来の観光資源開発に必要な視点とは?

〈この記事のポイント〉
● コロナ禍は地域の観光開発促進に水を差した
● マイクロツーリズムは教育との相性がいい
● コロナ禍で進んだデジタル化は観光コンテンツの追い風に
● 観光資源の芽となる「非日常」は意外に身近?
● 地下空間や軍事遺構がもつ「非日常」に注目

地方創生で生まれた地域の絆に、コロナ禍が与えた影響

コロナ禍における政府の旅行需要喚起策「GoToトラベル」「県民割」は、波状的なコロナの流行の中で、難しい舵取りが続いた。そして、2022年10月には新たに「全国旅行支援」がスタート。観光業界・観光消費の起爆剤として期待される。
一方で長引くコロナ禍は「観光客慣れしていない地域」にほど大きな影響を与え、その影響は長引くことが懸念されているという。立命館大学文学部の山本理佳教授は大きな課題として、『受け入れる地域側のマインドの変化』を挙げる。

「皆さん予想以上に、観光客を受け入れるにあたって、コミュニティや地域社会の目を気にされていました。わかりやすく言えば、『外からのウイルスを持ち込むような取り組みへの懸念』に対する遠慮です。
観光そのものがウイルスを持ちこむ可能性のあるもので、地域社会にとってマイナスである、という受け止めが蔓延した印象を持ちました。旅行会社のアンケート結果でも都道府県外の観光客、外国人観光客に対するネガティブな感覚というのはいまだに根強く、特に地方ではその傾向が強いように思います」(山本教授、以下同じ)

コロナ以前には「地方創生」の音頭のもと、全国各地で地域住民主体のまちづくり的な取り組みも盛んに行われてきた。そこには観光資源の開発も含まれ、多忙な中で協力し合うコミュニティも形成されつつあった。しかし、コロナはそのようなコミュニティにも深刻なダメージを与えている。

立命館大学文学部 山本理佳教授
立命館大学文学部の山本理佳教授

コロナによって、一度はできた“つながり”が一気に離れてしまったという話もよく聞かれました。観光に取り組む側と、そうでない側との間に分断が生じてしまったわけです。
問題は、変化してしまった地域内での関係性が、仮にコロナが完全に収束したとしても『戻らないのではないか』ということです。
2000年代以降、国の政策も背景に、観光はさまざまな地域で単に経済効果のみならず『まちづくり』的な側面での関係構築の要としても機能していました。コロナは観光地の経済的側面に最も大きな打撃を与えたと考えられていますが、私はコミュニティを支える人間関係的側面にも相当な打撃を与えていると思っています。
また、その回復(レジリエンス)においても、経済的な打撃という面は観光客が戻ればスムーズに回復できるものと推測していますが、コミュニティへの打撃は大きな問題・課題となって残るのではないかと感じています」

観光手法の新たな芽 マイクロツーリズムとデジタル化に期待

一方、コロナ禍が観光に残したものはマイナスの影響だけではない。山本教授が注目しているのは「修学旅行などのマイクロツーリズム志向」と「観光のデジタル化」だ。

「コロナ禍によって、マイクロツーリズムに関心が集まるようになり、学校でも修学旅行などを地元志向でやっているケースが増えています。今までは海外に行ったり、国内でも遠方に行ったりしていたのですが、地元志向が強くなりました。
コロナ禍が収まってくると、一般の観光客はどうしても外に目が向いて、マイクロツーリズムからは遠のいてくると思います。しかし、学校の場合は、一度構築された関係性においては、地元のほうがコミュニケーションが取りやすく、時間調整もしやすいので、学校のマイクロツーリズムは今後も残っていく可能性があると思います。地域への理解を深める地域学習と連動させることができる点もメリットです。
また、コロナの渦中で観光における『デジタル化』が進んだことにも注目しています。私が専門とする産業遺産の分野でも、デジタル技術を使ったアイデアが出てきています。
産業遺産は規模が大きく、維持の大変なものが多い。しかも耐久性を重視した造りになっていないので、老朽化が進んでいます。それをデジタル技術で補完できるのではないかというアイデアもその一つです。
たとえば、鉱山集落の昔の写真をAR技術を活用し、グラスに投影して、当時の雰囲気を味わうコンテンツ。また、メタバースの世界の中で、再現度の高い高精細な写真を組み合わせて、リアリティを向上させるコンテンツも出てきています。企業の私有地内にあったり、崩壊のリスクがあり間近で見ることが難しい産業遺産などにおいては、現実よりも仮想空間の方がリアルを追求できるようになるかもしれません」

かつて日本一のスズ鉱山として栄えた明延鉱山の坑道跡を見学したりできるメタバースコンテンツ「バーチャルやぶ」
かつて日本一のスズ鉱山として栄えた明延鉱山の坑道跡を見学したりできるメタバースコンテンツ「バーチャルやぶ」
出典:養父市役所 公式サイト

観光の芽となる「非日常」は、外部の眼で発見できることも

テクノロジーで観光コンテンツを補完することはできるが、そこには地域に根ざした「観光資源」の存在が不可欠だ。地方創生の文脈においても観光資源の発掘は大きなテーマだったが、マイクロツーリズムにも注目が集まる中、これまでは見過ごされてきた資源にも光が当たる可能性がある。

「観光は言い換えれば、非日常を求めるものともいえます。さまざまな観光でフィールドワークを行ってきましたが、非日常は意外に近いところある印象を持ちました。
たとえば、私が対象としてきた軍港や重工業施設というのは臨海部にあることが多いです。ただ、それらをすぐ傍で見てきた住民も含め、人々にとってその「海」は遠い存在です。なぜなら軍事施設や産業施設区域には一般の人達は立ち入れないからです。軍事施設など米軍施設も多いので、相当厳しい制限があります。そうすると「海」もしくは「海からの眺め」も非日常になり得ます。これまでそうした点は観光面であまり活用されてきませんでしたが、現在ではその「海」が生かされつつあります。軍港のある各都市ともに、艦艇を海から間近に見ることのできるクルーズ船を運航しています。産業施設も同様で、たとえば愛媛県の今治造船所の施設群も運航されている来島海峡観潮船で大迫力の様相を見ることができます。
産業遺産においても、ものづくりの現場はほとんど見る機会がないので、立派な“非日常”というコンテンツになるのです」

「非日常」は意外に身近なところに隠れているが、それを見つけるのはなかなか難しい。特に地元に住んでいると、その風景はすでに“当たり前”になりすぎているからだ。産業遺産などにおいては、観光資源化する前に取り壊されそうになるケースもあるという。

「産業遺産になるような施設は、取り壊す段階になって初めて反対が起き、保存に至るということがよくあります。その施設の存在が当たり前すぎて、普段は保存など誰も口に出さないんです。また、施設の個性や重要性といったことも、あえて言葉にしないからわからないし、伝わらないということもあります。
そういう意味では、自分たちでは気付きづらい観光資源の芽を、外からの目線で抽出することも必要でしょう。さらに、そういう施設を見せる工夫や、楽しませる仕組みづくりは、クリエイターや旅行代理店などのプロのサポートが必要な場面もあります」

炭鉱などの地下空間や、軍事遺構が持つ「非日常」の魅力

産業遺産を専門とする山本教授が注目する観光スポット

最後に、産業遺産を専門とする山本教授が注目する観光スポットをいくつか挙げてもらった。

「北海道や九州の炭鉱を始め、日本全国にある地下鉱山はおすすめですね。炭鉱で働いていた人から『地下は自分たちにとって日常の空間だったけど、今は多くの人が知らないし、漆黒の空間を多くの人が経験していない。死と隣り合わせでもあるから、凄い緊張感をもって中に入っていた』という話を聞いた時には、まさに私たちの多くが知らない非日常が存在するのが地下であることを実感しました。
鉱山ではないですが、宇都宮の大谷資料館も、石が切り出されたことで生まれた巨大な地下空間で、その非日常性に圧倒される魅力的な空間になっています。
かつての軍事遺構も、非日常という意味ではぜひ注目していただきたいですね。和歌山市の友ヶ島は紀淡海峡に浮かぶ無人島で、かつての軍事施設です。ここには海峡を守る砲台の跡が多数ありますが、保存状態が良く、また無人島で『天空の城ラピュタ』のような雰囲気が味わえることから、コスプレイヤーの方にも人気があるそうです。
ただ、単に非日常を味わうだけではなく、そこに残された歴史や、人々の営みに目を向けることが重要と思います。観光客のリテラシーとも言うべき、探求(究)力を高めていくことで、旅の楽しみはより奥深くなると思います」

友ヶ島
友ヶ島

コロナ禍から観光の回復については、悲観的な予測も存在するが、観光分野の多くの研究者から「コロナ禍を契機にした観光の方向性を変える必要性」も議論されているという。非日常というコンテンツを“消費”するだけでなく、それを学びや成長に広げていくための観光開発も、地方創生に必要な視点といえるだろう。

立命館大学文学部 山本理佳教授

山本理佳

立命館大学文学部教授。専門は文化地理学。博士(社会科学)。産業施設や軍事施設など、とくに近代に誕生した様々なモノが、文化遺産となっていく現代社会の有様を追究してきた。著書に『「近代化遺産」にみる国家と地域の関係性』(古今書院、2013年)。現在はそれらが観光現象に取り込まれていく過程、および極めて多様で広がりのある現代的観光現象の探究を進めている。