ウナギ、マツタケ…食文化はどうなる? 江戸時代が教えるサステナブル

2020年11月10日


今年、野生生物の専門家などで組織されるIUCN(国際自然保護連合)が、絶滅の恐れのある野生生物を記載した「レッドリスト」の最新版にマツタケを加えたことが大きな話題になった。2014年にはウナギもレッドリストに登録されており、日本の食文化を代表する食材が「食べられなくなるのでは?」という報道もなされた。
変わりゆく地球環境やライフスタイルの中で、我々は日本の食文化とどのように向き合っていくべきなのだろうか?

ウナギに見る、伝統文化の「つなぎかた」「残しかた」

現在、天然のニホンウナギは極めて希少価値が高く、一般に販売されているウナギは養殖が大部分を占めているのはご存じの通りだ。海外産の養殖ウナギも多く、本来の意味での日本の食文化は、テクノロジーとグローバルな貿易で存続しているともいえるだろう。
江戸時代の食文化に詳しい、立命館大学 食マネジメント学部の鎌谷かおる准教授によれば、ウナギは江戸時代にも、庶民に馴染みのある食文化だったという。

「日本全国でというわけではありませんが、例えば私が研究のフィールドとしている滋賀県では、ウナギはかつて川で普通に取れる身近な魚でした。高齢の方に話を聞くと『捕ったウナギを魚屋さんに持っていってお駄賃をもらった』という話も聞きます。江戸時代には、農民たちが簡単な仕掛けでウナギを捕ってしまうので、漁業者と揉めてしまうようなエピソードも出てきます。
おもしろいのは、『ウナギもどき』でしょうか。豆腐とゴボウなどをすったものを焼き海苔に塗って蒲焼きにした、ウナギに似せた精進料理は古くから知られています。そのような『もどき料理』があるということは、ウナギを蒲焼きにして食べるということが広く浸透していた証拠でもあります。日本人にとって、ウナギは本当に身近なものだということを実感します」(鎌谷准教授、以下同じ)」

琵琶湖産の天然ウナギを使っていた老舗も、今では海外産ウナギを使うことも少なくない。しかし鎌谷氏は、たとえ国産や地場産の原料でなかったとしても、文化は伝承されていくものだと指摘する。

「海外から入ってきたウナギを使っていたとしても、そのお店の調理方法や、地域の人が好む味付けなど、そういう意味での“文化”は伝承されています。環境に合わせて変化を余儀なくされつつも、食文化が未来に受け継がれているという意味では、私たちはそれをプラスに受け入れる必要もあると思います。文化を“すべてそのまま残していく”ことが難しい場合、『どのような形で残していくか』を考えていく必要があると思います」

「サステナブルな漁業」は江戸時代に始まっていた

資源を持続可能なものにするためには、自然と人間の暮らしのバランスを取り、折り合いを付けていく必要がある。実はこのような考え方は、日本では江戸時代からすでにあったという。

「江戸時代は、村上藩(越後国(新潟県)村上に本拠地を置いた藩)では、サケの母川回帰性を利用した稚魚の保護と増殖の政策を行ったことがわかっています。捕りすぎると将来の漁獲に影響することがわかっていたのでしょう。これは資源保全という面ももちろんありますが、漁獲を維持することは領民の生活を維持することにもつながりますから、ひいては藩を維持させる政策でもあったわけです。
同じような例は、主に中国に高級食材として輸出していた俵物(いりなまこ・干鮑・フカヒレ)の生産や、瀬戸内海の塩づくりといった事例でも見られます。自然と向き合って行われる仕事が多かったぶん、自然をいかに利用し、時には休ませるなどして調整していたのです」

当時、サステナブルという言葉はなかったが、自然と人間がお互いの持続可能性を図っていくことは当然だったのだ。そして時代は流れ、日本は自然の驚異と真正面から向き合わなくても、不自由なく暮らせる社会を創りあげた。そのような中で、「自然と折り合いつけながら、お互いに存続していく」という姿勢は、ある意味「当然ではなくなった」のかもしれない。

明治初期、日本の支配構造が大きく変化した時期に、各地で乱獲が広がったことがあります。やはり人間には欲がありますから、制度的なものをキープしておかなければ、欲がバランスを破壊するほうに働きかねないことは、常に意識しておく必要があるのではないでしょうか」

サステナブルと共存する「変化」に目を向け、考えることの大切さ

私たちは食文化を守っていくことは大切だと考えるし、動植物を絶滅から守ることも大切だと考える。私たちがこの問題に向き合うとき、どのような視点が必要なのだろうか。

「ウナギやマツタケのように、絶滅危惧種と結びつくとニュースになり、文化的なものも再検証されるのですが、これらは氷山の一角のようなものだと思います。実際にはそのほかの資源や食文化もまた、絶えず変化しています。
自分が子どもだった頃のスーパーマーケットの景色を思い出してみると、今とは売っているものがまったく違うことに気付くのではないでしょうか。その時に、『なぜこの食べ物はこんなに安くなったのか/高くなったのか』『昔はあったのに最近見ないな』『ずっとあるけれど、生産地が変わっている』など、食品の背景にさまざまな変化があることにも目を向けたほうがいいと思うのです。
私たちは自然から“いただいた”もので体を作り、命をいただいています。今まで無意識に購入し、消費していた食材に意識を払うことで、食べ物の先にあるものが見えてきます

今までと同じことをやっていては存続できない。世界のさまざまな場所、さまざまな業種でサステナブルに向けた変化が繰り返されている。変わらないように見える食材も、実は変化を生き延びてきたのだ。
変化の波にさらされながらも残っていくものが「文化」だとすれば、今、さまざまな食文化が「持続のためにどう変化していくか」が、試されているといえるのかもしれない。

shiRUto 編集部

教育・研究から得られる知の数々が私たちや社会とどう関わっているのかを、ビジネス、テクノロジー、グローバル、ライフ、スポーツ、カルチャーの6つの視点で取り上げています。世界を、日々の生活をよりよくする、明日のビジネスを考える、新たなイノベーションを起こす、そんなきっかけを生み出すメディアとなることを目指しています。

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