支配の中で“うまくやる”のではなく“横にずれる”。千葉雅也が語る「切断の哲学」(後編)

2019年7月5日


記事前篇で千葉雅也氏は、「遊動的な横のつながり」を支えるインターネット上のサービスは生活を便利にする一方で、私たちを「搾取」したり「疲弊」させる危険もあると指摘。過剰な接続から自らを「切断」し、自分という存在を取り戻す重要性を語った。
後編では、ビジネスパーソンに人気の自己啓発やマインドフルネスを、不安から身を守るための”コード化”と表現し、コードの支配から逃れる方法論としての切断、すなわち「横にずれていくための勉強論」の意義を説く。
(インタビュー前編はこちら)

千葉雅也 Masaya Chiba
立命館大学大学院 先端総合学術研究科 准教授
1978年栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ第十大学および高等師範学校を経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。フランス現代思想の研究と、美術・文学・ファッションなどの批評を連関させて行う。著書に『動きすぎてはいけない——ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(河出書房新社)、『勉強の哲学——来たるべきバカのために』(文芸春秋)、『意味がない無意味』(河出書房新社)などがある。
Twitter:@masayachiba


「変化に適応せねばならない」というプレッシャーに、常にさらされている時代のなかで

ーー仕事でもプライベートでも、たとえ充実していたとしても、一方でどこか息苦しいと感じてしまう人も多い、そんな時代なのではないかと思います。

千葉:グローバル資本主義が世界を席巻するなか、社会は加速度を増して流動化しています。かつての日本的終身雇用制は崩壊し、今や非正規雇用は当たり前。知らず知らずのうちに、刻々と変化する社会に対応、適応しなければならないというプレッシャー、強迫観念にさらされているのではないでしょうか。
そんな時代のなかで、グローバル化に適応した即戦力になりなさいというプレッシャーからか、大学教育もどんどん“実学化”しているように思います。


そんな流動的な状況に置かれた場合、多くの人は、何かしらの「固定点」を持ちたがります。それは“振る舞いのコード”と言ってもいい。コードとは、「このモデルに従って生きなさい」といった、いわば外的な“鋳型”です。そもそも人間は、完全に自由で可能性が無限大だと、逆に何をしたらいいかわからなくなってしまう。コードに従うことで自分を安定化することができる。

――だからこそ、いま多くのビジネスパーソンは、自己啓発などの「勉強」に精を出しているのではないかと思います。

千葉:もちろん自己啓発から得るものもあると思いますが、おそらくそれだけでは問題は解決しない。なぜなら、自己啓発やマインドフルネスも、コード化のひとつだからです。世の中の多くの自己啓発本やビジネス本は、会社や組織などのシステムに従属してそこでいかにうまく立ち回るか、悪く言えば「いかにうまい汁を吸うか」について書かれているものだと言えます。ビジネス環境や雇用が急激に流動化する中、不安から身を守るために自らを「鋳型」にはめようとする。

筋トレだってそうかもしれません。「筋肉は裏切らない」というキャッチフレーズは、「仕事や生活の環境がどう変わろうとも、筋トレの努力だけは報われる」ということです。流動的な世の中で、安心感が強く求められているからこその表現だと思います。

自分自身の問題と向き合うために、自分自身を縛っているものから自分を解放する。


――自身を「鋳型」の中にはめ込むだけではいけないというなか、本質的に自分自身と向き合い、問題から解放されるために、どのようなことが必要でしょうか?

千葉:「支配された状態でいかにうまくやるか」ではなく「脱支配的なあり方」へと変えていくことが重要なのではないでしょうか。僕がいう「切断」とは、固定化したシステムから「横にずれていくための勉強論」なのです。一般的に「勉強」と言えば、自分を固めるために、コード化することを指しているように考えられています。そういった、いわば学校教育的な「勉強」と、ここでいう「勉強」は違う。落ち着いた状態、あるいは固まった状態をわざわざ壊して、コードの支配から逃れる糸口をつくるために学ぶ、ということを指しています。

世間では新しい元号に変わったなかで「新時代をどう生き抜くか」といったことがよく話されていますが、僕の考えは逆で、「“新時代を生き抜け”と言われているプレッシャーと戦え!」と言いたい。それは、世界の状況を根底から捉え直し、考え直す空間でもある大学で教壇に立つ者が謳うべき使命でもあると思います。


これも勘違いされると困るのですが、すぐに資本主義から脱出しようと言っているわけではありません。当座、商売をしなければお金は稼げないし、お金がなければ生きていけない。でも、商売の論理だけに抑圧されてしまっては息苦しくなる。半分は経済の論理とも付き合いながら、もう半分では批判的に資本主義の行く末を考える。自分が依存せざるを得ないシステムを同時に批判することは不徹底なことではなく、当たり前で健全なことです。「依存しているなら、それに賛成しろ」では何の批判もできなくなります。白か黒かの単純な二元論では世の中はよくならない。

――そうしたなかで、自分が置かれている状況のどこに切断線を入れて、何を「勉強」すれば良いのでしょうか?

千葉:それはもう、個々人で考えるほかありません。自分は何を支えとして生きているのか。本当に好きなものは何なのか。あるいは、どんな抑圧から抜け出したいのか。

横にずれる、支配されないあり方を探すときには、「自分らしく生きている」とはどういうことなのかをじっくり考えて欲しいのです。自分が身を置く場所はどこで、つながりのある人は誰で、何に喜び、怒りを感じるのか。そういった自分の中の“ミクロな部分”ときちんと向き合ってみる。そのうえで、感じる違和感や不満をひとつひとつ解きほぐしていく。自分自身の問題と向き合い、自分自身を縛っているものから自分を解放した結果として、以前よりも自由に動けるようになる。突き詰めれば、結局は自分の「生きがい」を見つけるということが大事なのですよ。

(インタビュー前編はこちら)

shiRUto 編集部

教育・研究から得られる知の数々が私たちや社会とどう関わっているのかを、ビジネス、テクノロジー、グローバル、ライフ、スポーツ、カルチャーの6つの視点で取り上げています。世界を、日々の生活をよりよくする、明日のビジネスを考える、新たなイノベーションを起こす、そんなきっかけを生み出すメディアとなることを目指しています。

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