グローバル化、ダイバーシティ、働き方改革、そしてコロナ禍における自己の再発見など、仕事を取り巻く価値観は大きな変革を迫られている。人材獲得がより困難になる中、特に企業において従業員のエンゲージメント向上は大きな課題だ。果たして、エンゲージメントを高めたい組織に必要なのは、どのような取り組みなのか? 組織心理学を専門とする立命館大学総合心理学部の高橋潔 教授に聞いた。
● エンゲージメント=活力・意欲・没頭
● エンゲージメントの高い企業の共通点とは?
● 労働条件はエンゲージメントとは関係ない
● 変革型リーダーの手本は「BIG BOSS」?
● 裁量で仕事を買えていく「ジョブ・クラフティング」
エンゲージメントの3大要素は「活力・熱意・没頭」
「エンゲージメントとは何か?」。この問いに正確に答えるのは意外と難しい。まずはその定義をはっきりさせておこう。
「労働におけるエンゲージメントが高いというのは、自分の仕事に誇りを感じて、熱心に取り組み、仕事から活力を得て生き生きしているような状況といえます。仕事に対するポジティブな感情で、定義としては『活力』『熱意』『没頭』という3つの要素で特徴付けられるものです。
一方で、そのエンゲージメントについての調査結果を国際比較してみると、日本のエンゲージメントのレベルは非常に低く、悲惨な状況です。仕事に対して“白けている”というスタンスが目立つといえるかもしれません。
アメリカや中国に目を向けてみると、もちろん全員ではありませんが、一部の人からは『活力』『熱意』『没頭』を強く感じます。ニューヨーク、シリコンバレー、深センには、日本の90年代にあった『24時間戦えますか』を思わせる社員がたくさんいることに驚かされます。それに比べて今の日本では、企業でも社会でも、しらけ鳥ばかりが目につき、『ボーっと生きてんじゃねーよ!』とチコちゃん(と黒い鳥のキョエちゃん)に叱られてしまいそうです」(高橋教授、以下同じ)
エンゲージメントの高い企業から見えてくる「変革を担う」ポジション
次に、日本で「エンゲージメントが高い」と評価されている企業を俯瞰してみよう。
「これはDIAMOND onlineによるランキングですが、一見してカタカナの企業名が多いことがわかります。伝統企業は総合商社くらいでしょうか。業種的には、インターネット系、コンサルティング系、情報系が上位を占めています。デジタルや情報などのような現代風のサービス構造をしている企業が目立ちます。
そして問題は、業務の中身です。新たな事業創造やソリューションを提案する業態が、エンゲージメントの高さに寄与しているように見えます」
顧客に対して創造・提案を行い、変革を担う業務において、エンゲージメントの定義である「活力」「熱意」「没頭」が発揮されやすいことは想像できる。ランキングなので大企業がズラリと名を連ねるが、企業規模はエンゲージメントに関係するのだろうか。
「大企業といっても、本社ではなくて関連子会社に就職するケースも多いですし、ホールディングスで統括して採用をやっていたりする。グループ企業化という形態を考えると、個々の会社はたいがい小規模。中小企業の集まりともいえます。エンゲージメントにしてみれば規模感はあまり問題になりません。逆に規模が大きいゆえに、上流にある“やりがい”のある仕事が若手に回らず、エンゲージメント低下を起こしている大企業も珍しくありません」
エンゲージメントを高めるのは労働条件ではない
では、これらの企業のエンゲージメントを高めている要因はどこにあるのか。大企業のグループ企業であれば、報酬や福利厚生といった労働条件が、その理由として挙げられそうだが、高橋教授はエンゲージメントと労働条件は無関係だと指摘する。
「エンゲージメントを高めるのは、基本的には『仕事の中身』です。労働条件ではないので、仕事の与え方をどうするかということを集中して考える必要があります。
特に中小企業では『エンゲージメントを高めるために予算やリソースが足りない』という声が聞かれることもあります。しかし、予算がない組織だからこそ、やりがいのある仕事で若者や社員を引き付けるというのが順当な発想のはずです。『当社はリソースがないからエンゲージメントだけで勝負します』という経営者がいてもおかしくないのです。
製造業を中心に発展してきた日本では、いまだに下請けの意識で経営を続けている中小企業の経営者も多い。決まった産業の中で同じようなビジネスを行っていたり、下請け関係から脱却できないまま、『やりがいのある仕事をつくれない』と思い込んでしまっている印象があります。構造的な問題もありますが、経営者の意識改革も必要です」
モチベーターであり、エナジャイザーでもある「変革型リーダー」が求められている
ここからは、高橋教授に「組織作りにおいてエンゲージメントを高めるための視点」を聞いていく。まずは、経営者やマネージャーに求められるものは何か。
「極論をいえば、私は『マネジメントはもういらない』と考えています。必要なのはリーダーシップ。マネージャーとリーダーという肩書にごまかされないで、マネジメントとリーダーシップをしっかりと切り分けることが必要です。
事業や実践を管理・監督するマネジメントの役割とは別に、新たな方向性を見出すリーダーシップ能力が必要なのです。
新たな事業創造をどのように指向することができるか。リーダー本人が考えることはもとより、いかに部下の人にも創造させることができるか。周囲を“焚き付ける”モチベーターやエナジャイザーとしての管理職者像・経営者像が必要だと考えています」
上に立つリーダーは知的刺激を与える存在であり、インスピレーションを与える存在でなくてはならない、と高橋教授。このようなリーダーシップは、「変革型リーダーシップ」と定義されているという。
「変革型リーダーという人の持つべき資質が、Bernard Bassによって整理されています。理想的影響力、人を鼓舞するモチベーション、知的刺激、個別配慮という4つの要素ですね。
わかりやすいイメージでは、BIG BOSS・新庄剛志監督が近いのではないでしょうか。たったひとりで、日本ハムの球団イメージを根底から変えてしまうほどの影響力を持っています。『優勝なんか目指しません』というまさかの発言とともに、『日本ハムも変えていきますし、僕がプロ野球を変えていきたいという気持ちで帰ってきました』と述べています。球団側は就任理由として『常識にとらわれない発想力を持っているから』と言っていましたが、彼の存在や考え方は、『変える』ということを使命とする変革型リーダーの重要な要素を担っているといえます」
従業員の主体性とエンゲージメントを高める「ジョブ・クラフティング」
リーダーが持つべきマインドに続いて、従業員のマインド変容を促す考え方についても聞いた。決められたことをルーティーンでこなす毎日では、当然ながらエンゲージメントは低下する。そこには、自分の仕事に対して創意工夫する「ジョブ・クラフティング」という視点が必要だという。
「クラフトとは、工芸や手芸という意味です。つまり、ジョブ・クラフティングとは、従業員が仕事の範囲や人間関係や仕事の意義を、“自分の手でつくり上げていく”ことを意味しています。
自分の仕事の範囲や仕事の役割を自分の裁量で変えること(課業クラフティング)、上司や職場仲間や顧客などの関わり方を自ら変えていくこと(関係クラフティング)に加え、説明が難しいのが、3つ目の『認知クラフティング』です」
“仕事の意味”を主体的に変える、とはどういうことか。高橋教授は、『三人のレンガ職人』という聞きなれた寓話を紹介してくれた。
「この3番目が、認知的クラフティングといえます。自分の仕事を自分で意味づけ、創意工夫する。そのためには、自分で権限を取ってきて自分で働き方を自分なりにつくり上げていくことが必要になる。人間関係も『上司だからしょうがない』ではなく、上司との関係も自分でつくり上げていかなければならないわけです」
ジョブ・クラフティングを実践していくためには、従業員個人の裁量を拡張するなど、これまでのマネジメントとは一線を画す取り組みが必要になるだろう。組織の形態においても“常識にとらわれない発想力”が求められている。
高橋潔
立命館大学総合心理学部教授 専攻は組織行動論と産業心理学。人事評価やコンピテンシー診断など、企業と人のマネジメントについて心理学的視点からアプローチしている。また、映像と模擬演説による基幹職人材向けのリーダーシップ・トレーニングを展開する。主要図書に『ゼロから考えるリーダーシップ』(東洋経済新報社)、『リモートワーク・マネジメントI・II』(白桃書房)など。