ロボットやAIによる音声ガイドが、私たちの生活の一部をサポートするようになってきている。商業施設でのロボット接客もそのひとつだが、実際にロボットに出会うと、それが果たして“接客”なのかというのは、意見が分かれるところだろう。
ロボットは今後、どのように店頭でのコミュニケーションに参加していくのだろうか。AIによる会話エージェントの発達と平行して、ロボットたちの“振る舞い”が私たちの行動に影響を与える可能性が研究されている。
● 人だかりの先には「ロボットたち」がいた!
● ロボットが人の行動を変えるために必要なこと
● 今のロボットたちは「無視されている」!?
● 「人だかり」が「人だかり」を生む
● 「人だかり」が持つマーケティング効果
人混みの向こうにあったのは…「ロボットたちの会話」だった
初めに上の写真をご覧いただきたい。これは、滋賀県草津市にあるショッピングモールで行われた、ロボットによる行動変容の実証実験の風景だ。幅広い年齢の、10人弱の来店客が集まっているがわかる。人々は何に引きつけられ、足を止めているのだろうか?
その答えが、このロボットたちだ。複数の自律ロボットが、画面を見ながら会話している。
「一体何を話しているのだろう?」
ついそんな疑問が頭をよぎるわけだが、それこそがまさに、この実証実験の目的でもある。
ロボットはいかに人の行動に影響を与えていくか
立命館大学情報理工学部の岡藤勇希助教は、株式会社サイバーエージェント AI Lab、大阪大学大学院基礎工学研究科との共同研究に参画。実環境下で人々の行動変容をおこすことができるロボットの開発に携わっている。
実店舗でのマーケティング活動にロボットはどのように関わってくるのか、その未来を聞いた。
「私たちの研究目標は、人の行動変容を起こすロボットの開発です。近年、労働力人口は減少し、特にサービス業における人手不足は深刻になっています。さらに、ポストコロナの新常態として非対面・非接触の生活様式が浸透しており、オンラインやロボットを活用した新しい接客手法のニーズは大きく高まっています」(岡藤勇希助教、以下同じ)
「一方、ロボット単体のコミュニケーション能力を担うAIなどはまだまだ発展途上にあり、純粋に人間の代替をするというレベルにありません。上の図のように、ロボットの性能も含めた技術面での課題を克服し(Step1)、ロボットが日常生活にいても違和感を持たないような関係性の構築がなされ(Step2)、その上で行動変容を促すようなコミュニケーションに至る(Step3)のだと考えています」
「ロボットは無視される」 それが大きな課題
Step1の「対話のための環境構築」において、岡藤助教たちのグループはさまざまな実験を行ってきた。商業施設での商品・サービスの説明、コロナ禍での施設入り口における消毒喚起の呼びかけなどである。
しかし、実験を進める中で大きな課題を意識せざるを得なかったという。
「ホテルのロビーで、ロボットを使ってサービスの大幅割引クーポンを配布した実験をしました。『話を聞いてくれたらクーポンをあげる』というもので、かなりお得なクーポンのはずなのですが、みんなに無視されてしまうんです。対話によるコミュニケーションに持っていきたいのに、そもそも会話を始めるスタート地点にもいけない(笑)
現状の人間とロボットの距離感においては、『立ち止まってもらうにはどうすればいいのか』から解明していかなければなりませんでした」
携帯電話ショップや回転寿司店で、数年前からロボット接客が取り入れられたのは記憶に新しい。しかし、目新しさがなくなると思うような効果が上がらなくなってきたのだろう。最近では接客ロボットが姿を消したという報道もあった。
歩いている人を立ち止まらせなければ、マーケティングは始まらない。では、どうすればいいのか? そのヒントは「複数ロボットによる対話」にあった。
「人だかり」が「人だかり」を生む。ならばロボットで人だかりを作ればいい
「ある時、駅で人だかりができているのを目にしました。つい『何だろう?』と思ってのぞき込んでみると、何のことはなく、路上ライブをやっている人がいました。つまり、私は人だかりの先に何があるのかを知らず、全然興味がないにもかかわらず立ち止まってしまったわけです。
これが、複数のロボットで対話をさせるというアイデアの原点でした」
ロボットが1体だと、ひとりの接客しかできない。その間、周囲にいる潜在顧客は取りこぼされてしまうことにもなる。「対話のための環境構築」という意味合いにおいては、どんなコミュニケーションを行うか以前に、“人だかりを作る”ことのほうが、目的に近いというわけだ。
そしてその結果が、冒頭でも紹介したショッピングモールでの人だかりである。
ロボットたちが喋っていることは、周囲に明確に聞こえるわけではない。しかし、明確な情報でないからこそ「何があるの? 何の話?」という興味喚起につながり、顧客の自発的なアクションが引き起こされるのだ。
岡藤助教は、「人だかりは足止め以外にも効果がある」と指摘する。
「ロボットと直接的なコミュニケーションが行われるわけではないため、例えばそれほど興味がないものでも、他の人の反応を見るなど『そこにいつづける理由』が発生するんです。滞在時間が長くなるということは、人だかりを維持する効果がありますから、また新しい人を誘引する効果が持続するというスパイラルを生むのです。
実験の結果を現在解析中ですが、ロボットによる人だかりを作ることで、通行人が立ち止まりやすくなるだけでない、他の効果も見えてきました。今回の実験では、大学の紹介動画を再生していましたが、観客役のロボットを置いておくだけで、通行人の動画に対する理解度合いが向上しています。これは、もしロボットが実際の店舗で商品の推薦をしていた場合、商品に対する情報提供ができていることを意味し、ロボットたちの行動が顧客の購買行動を促すことに繋がります。つまり、ロボットによるアクションが説得力を発揮する可能性を示唆しているのです」
確実に成果が見えてきている、実店舗でのロボットによるマーケティングアクション。近い将来、あなたが目にする人だかりの先には、ロボットたちが雑談している姿があるかもしれない。
岡藤勇希
神戸大学工学部機械工学科卒業。神戸大学工学研究科機械工学専攻博士後期課程修了。イギリス・リーズ大学,Visiting Researcher、日本学術振興会 特別研究員、大阪大学招聘研究員、立命館大学情報理工学部情報理工学科助教などを経る。2022年からCyberAgent AI Labリサーチサイエンティストと立命館大学客員准教授を兼任する。