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イタリア発の食運動「スローフード」とは? 食を楽しむことから始まるサステナビリティ

2021年11月12日


イタリア発の食運動「スローフード」とは? 食を楽しむことから始まるサステナビリティ



スローフードは、1980年代にイタリアのカルロ・ペトリーニたちによって始められた食の社会運動だ。今では日本を含む世界160カ国以上に広まっており、「おいしい、きれい、ただしい(Good, Clean and Fair)食べ物をすべての人が享受できるように」をスローガンに、さまざまなプロジェクトを行っている。スローフード協会本部のスタッフであり、日本での活動にも深く関わってきた立命館大学食マネジメント学部の石田雅芳教授に、サステナビリティがより重要になる今後の“食”について聞く。

〈この記事のポイント〉
● 1980年代「食のグローバリゼーション」が発端に
● 「おいしい」「きれい」「ただしい」がキーワード
● 現代人が「食」に使うコストを考える
● 高価なパンツは“自分の体の一部”には決してならない
● 日本からも60種以上が登録される「味の箱船」

始まりは「地域の食文化を守る」ことから

スローフード協会が始まった歴史的オフィス
スローフード協会が始まった歴史的オフィス

スローフードは当初、地域の食、伝統や文化を楽しむスローな生活スタイルを守る取り組みとして始まった草の根活動であった。そして現在では、食を「地球、人々、文化、政治といったさまざまな要因が織りなすもの」ととらえて、より総合的にアプローチする活動となっている。具体的には、消滅の危機に瀕した食の伝統を守るプロジェクト、国内外の各地にある食の伝統を集めるイベントや人的ネットワークづくりなどの取り組みが知られる。運動の発祥は、1980年代のイタリア。その背景には、どのような課題意識があったのだろうか。

「1980年代は、イタリアにとって『食のグローバリゼーション』が問題視され始めた時代です。イタリア人には昔から食べているものを非常に尊重するところがあり、自分たちの地域にある食材を守り、食べていきたいという情熱があります。それが食のグローバル化によって、ファストフードなどが流入してくるのを見て、食の物質主義的な動きに対して抵抗したいという気運が高まりました。それが、イタリアにおけるスローフード活動の出発点といえるでしょう」

当時、フィレンツェ大学に留学中だった石田教授。難関のフィレンツェ市公認ツーリストガイドの資格を取るなど、イタリアを深く知る中で、スローフードの活動に出会うことになる。日本の出版社からスローフードの取材の依頼があり、スローフードの本部でインタビューすることになったのだ。

「その取材で、スローフードの価値観や目指すものを知り、そのストレートさや潔さに感銘を受けました。スローフードが始まったのは、ワインやチーズで有名なピエモンテ州の『ブラ』という町です。ピエモンテの州都は冬のオリンピックが行われたトリノです。取材当時は、まだまだ田舎での運動という気配が残っていましたが、土臭い活動という印象はありませんでした。ブラは、国際的なフェミニストや著名な政治家などを輩出した町で、スローフードを率いていたカルロ・ペトリーニたちも社会活動家です。しかし、社会活動家だからといって堅苦しい雰囲気はなく、遊び心のある人たちだったのも、私の心を捉えたのでしょう」長いインタービューを終えて、『次の来る時にはスタッフとして来たい』と宣言した覚えがあります。

「おいしい」「きれい」「ただしい」 3つのキーワードが示すものとは

スローフードにはイタリア語で「ブオーノ(Buono,おいしい)」「プリート(Pulito, きれい)」「ジュスト(Guisto, ただしい)」という3つのキーワードがある。スローフードが求めるものや、活動の性格を端的に表わすキーワードといえるだろう。

立命館大学 食マネジメント学部 石田雅芳教授
立命館大学 食マネジメント学部 石田雅芳教授

「スローフードは最初から順調な成功をおさめ、1989年に国際協会を立ち上げたときにも、世界中から人がやってきたほどでした。世界から多様な価値観を持った人々が集まる状況が生まれる中で、『スローフードとは何か』という明確な表現が必要になってきたのです。そこで、スローフードが推奨する食のクオリティ、そしてクオリティのある食べ物を3つのシンプルな言葉で規定することになりました。
そのひとつがブオーノ。英語ではGood、『おいしい』ということです。これが冒頭にあるのは、食を語る上で五感に訴える心地良さが最も重要だという思いが込められているからともいえます。
プリートは英語のCleanで、清潔という意味。食品をつくることによって、環境が破壊されたりすることを志向しないという環境持続性を意味します。
最後のジュストは英語で言えばFair、つまり倫理性です。倫理的な意味で持続性を持った生産活動からもたらされたものを志向するという意味になります。たとえば、食品を生産している人が二束三文で働かされていたり、奴隷のような身分だったりすることは許されないし、そうした状況で生み出される食品を求めないということになります。
スローフードは、持続性のある方法でよきグルメでありたいということであり、その世界的な持続システムを考えるということになると思います」

SDGsやサステナビリティが一般にも知られるようになった現在、このような考え方は違和感のないものだ。しかし、1980年代の時点で、極めて未来志向かつ核心をつく指針を持っていたことは、運動の拡がりや成功とも無関係ではないだろう。

スローフードは現在の食ビジネスを否定するものではない

食のグローバル化、ファストフードの流入などに対する反発や危機感が、スローフードの出発点だった。そしてそれは、今では先進国を中心に、広く一般的な認識になっているといえるだろう。一方で、日常的な食材の流通や外食産業の現状を見るかぎり、スローフードとは対極にあるようなものもまた、世間に深く根を下ろしている。

「スローフード運動が生まれた当時、私たちの活動は『食のグローバル化を否定している』と見られがちでした。ワシントン・タイムズに、『イタリアでマクドナルドを駆逐する運動が生まれた』とセンセーショナルに書かれたこともありました。しかし、スローフードはファストフードやコンビニエンスストア、Uber Eatsなど、現代の食関連ビジネスを否定するものではありません
『きちんとしたものを食べる習慣を身につけ、持続性のある方法によって幸せに暮らす』という生き方を認識しようということなのです。例えば、きちんとした方法で生産された食品は少し高めのものになるかもしれません。しかしそれは、金額的に見ると数十円、数百円といった差でしかありません。私たちが日ごろ支払っているガソリンやインターネット、携帯電話などの料金を考えれば、わずかな額といえるのではないでしょうか」

スローフードは身になるが、高価なパンツは“自分の外にある”

こうしたスローフード活動の姿勢を端的に語るものに、「アルマーニのパンツ」という逸話がある。

「アルマーニのパンツは、スローフードの創始者カルロ・ペトリーニがよくする話です。彼のお気に入りの生ハムは、ヴェネト地方のサンダニエーレで、美食家にも知られたものです。少し高価ではありますが、『サンダニエーレの生ハムを食べると、それはすぐに自分の体の一部になる。食べ物に使うお金を削って浮いたお金を、人々は一体に何に使っているのだろう?たとえばアルマーニのパンツなどを買っているのではないだろうか?アルマーニのパンツは何年はいても、ずっと体の外にあるのに!』というのです」

自分が使うことのできるお金の中で、食が占める比率を高め、「おいしい、きれい、ただしい(Good, Clean and Fair)食べ物を選択すること。そのような行動が浸透することで、結果的に地産地消や地域の食文化やアイデンティティを守ることにもつながり、自分たちの幸せにも結びつくというのがスローフードの考え方といえる。

スローフード協会にある歴史的レストラン「ボッコンディヴィーノ」のパンナコッタ
スローフード協会にある歴史的レストラン「ボッコンディヴィーノ」のパンナコッタ

大切なのは、食を楽しむ姿勢と情熱

スローフードの代表的な取り組みに、「味の箱船(ARK OF TASTE)」というプログラムがある。絶滅危惧食材を選定し、生産や消費を守って食の多様性を守るというもので、日本からも多くの食材が登録されている。

味の箱船、通称『アルカ』は、現在も世界で1万個の保護食材をリストアップしようという運動として継続しています。現在世界中で5000を越える動物、果物、野菜の品種と加工食品などが登録されています。日本でも、ニホンミツバチ、八丈島のくさや、山形県米沢市の雪菜をはじめ、全国の64種類の食材が登録されています。
『スローフード・アワード』は、「食の多様性のヒーローたち」を表彰するというイベントでした。スローフードが世界に広がると、各地からそれぞれの地域に根ざした食材の情報が寄せられるようになりました。そこでわかったのは、地球のバイオダイバーシティを守っているのは、大食品企業や多国籍企業ではなく、世界中のささやかな生産者たちだということです。日本の古代米がアジア初の『審査員特別賞』を受賞したのは2002年で、日本でスローフードを知らしめる大きなニュースになりました」

スローフード協会の食品市「サローネ・デル・グスト」
スローフード協会の食品市「サローネ・デル・グスト」の様子。左は食マネジメント学部の学生と石田教授。右はベルガモットの生産者たち

今後、日々の食を大事にするというスローフードの思想を、日本の社会に根づかせるには何が必要なのか。あるいは、どのような意識改革や行動変容が求められるのだろうか。

必要なのは“感覚的な力”であり、食べ物をきちんと楽しむ姿勢が重要だと思います。『豪奢なもの』『特別なもの』ではなく、日常生活の中で『よりよいもの』『おいしいもの』を食べたいという情熱を持つこと。自分たちが食べているものに思いを馳せることが大切です。食べ物がもたらされてきた道のりや、生産者などに思いを馳せることができれば、食べ物はよりリアリティを持ち、単に消費するモノにはなりません」

食が自分を作る、という真理を感じること。食を通じて世界の人々や文化とつながっていることを想像する力。スローフードを知り、その背景にある思いを知ることが、未来に向けて食を持続させ、文化を繋いでいく力になる。

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石田雅芳

同志社大学大学院文学研究科修士課程修了後、イタリア・フィレンツェ大学に留学。イタリアの話題を取り上げる日本メディアのコーディネーター、NPO「スローフード協会」の職員などを経て、現在は立命館大学食マネジメント学部教授を務める。主な研究テーマは「イタリアにおける食をテーマとした地域研究」など。

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