2020年11月12日、「PS5(プレイステーション)」がついに発売された。予約段階で次々と完売の報道がなされ、発売直後には転売についての話題も多く飛び交うなど、社会的な注目も極めて高い、PSとしては7年ぶりの新世代機だ。一方、ほぼ同時期にリリースとなったマイクロソフト陣営の「XBOX Series X」もPSの牙城を虎視眈々と狙っている。奇しくもコロナ禍での発売となった次世代ゲーム機は、人間の体験をどう変えていくのか。業界の動向にも詳しい、立命館大学映像学部の中村彰憲教授に聞いた。
ライトユーザーをいかに取り込むか。ここでも『鬼滅』が鍵を握る?
「PS5、Xbox series XともにPS4や、Xbox ONEを凌駕するグラフィックやサウンドが体験できるということで、非常に盛り上がっているのは事実ですね。初動は、前世代機に及ばなかったとの報道がなされていますが、これは、単純に国内配当分のハードが入手困難な状態であるためで、純粋に需要が少なくなったというわけではなさそうです。
しかし、20年以上前にPS2が発売された時も、初週3日間で100万台近くを売り上げた例があります。新世代機の発売時は、形態は変われど、熱狂度は変わらないのです。アーリーアダプターはコアゲーマーが中心になりますが、重要なのは、その後ライトユーザーも巻き込んだブームにできるのかということです」(中村教授、以下同)
ゲーム機のライフサイクルは5年以上が普通だ。ビジネスとして軌道に乗せるためには、ライトユーザー、つまり一般生活者にどれだけ浸透できるかが欠かせない。PS2の登場時は、DVDが搭載されていたことが普及を大きく後押ししたともいわれる。ゲームだけでなく「+αの価値」が明確だったのだ。一方、現在はそのような再生機器としてのニーズは薄い。
やはり、重要になるのは“強いコンテンツ”だ。
「個人的に注目しているのは『鬼滅の刃』シリーズがPS5でも発売されるかどうかです。家庭用ゲーム機向けとしては、2021年にPS4で発売が予定されていますが、その先にPS5の機能を最大限に活かした展開があれば、かなり状況は変わってくるでしょう。
アニメ版を展開しているのがソニーグループのアニプレックスですので、家庭用ゲーム向けソフトについては、同作をPlayStationブランドで独占できるのであれば、若年層やファミリー層を含めた大きな動きが期待できます」
2020年を象徴するコンテンツともなった『鬼滅の刃』は、PS5の未来にも影響を与えるかもしれない。
ベンチマークは国内1500万台? Nintendo Switchはどう戦ったのか
『鬼滅の刃』と並び立つともいえる、2020年を象徴するゲームコンテンツといえば、Nintendo Switchでリリースされた『あつまれ どうぶつの森』だろう。11月時点で世界販売2600万本を超えるモンスターヒットとなり、アメリカ大統領選挙での活用もニュースになるなど、世界を巻きこんだムーブメントを巻き起こした。
ライトユーザーに強い影響力を与え続ける任天堂の凄みから、次世代ゲーム機の戦略を展望してみよう。
「ここ数年、少なくとも日本においては、ゲームファンのみならず、広く一般も巻き込むことに成功したゲーム機がNintendo Switchと言えるでしょう。国内の累計販売台数が9月に1500万台を突破したとの報道がなされていますが、そこに大きな役割を果たしたのがソフトウェア戦略です。
任天堂の場合、ハードのリリース当初から『ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド』のようにゲーム慣れしているコアゲーマーまでを唸らせる作品と、マリオシリーズのように親子が一緒になって楽しめる作品の双方を次々と展開しました。今年の『あつまれ どうぶつの森』の世界的流行は、コロナによる巣ごもり効果も追い風になりましたが、それ以前から、極めて幅広い層に受け入れられたハードになっています」
このような視点から新世代機2台を見ると、ローンチタイトルはコアゲーマー向け中心であることは否めず、広くアピールできるかという点ではまだ疑問が残るといえそうだ。
「『あつまれ どうぶつの森』は、ゲームという仕立てにしながらも、あくまでもコミュニケーションを重視したゲームデザインになっています。ほのぼのとした世界観の中で、いろいろな人とつながる。自分が作り上げた町を気軽に他の人と共有して一緒に楽しむ。それをきっかけに家族とコミュニケーションする。そういうソーシャルな部分が、このコロナ禍にもマッチして高い訴求力を持ちました。
単純にゲームが好きな人ではなくて、多くの人を巻き込める幅広い要素を持ちながら、同時にコアゲーマーも唸らせるようなディテールの作り込みがされています。ライト層とコア層、双方が楽しめるようなゲームデザインは、任天堂の強力な武器になっています」
ハプティクス、VR…。体験のリアリティがコンテンツをシフトする
PS5では、コントローラから伝わる振動によってこれまでにない体験ができるというプロモーションが盛んに行われている。振動によってさまざまな触覚を再現する技術は「ハプティクス技術」と呼ばれる。
ゲーム内では、例えばクルマがダート路を走るときのタイヤの重さや、ものがコツンと当たったときの感触、弓矢を引き絞った時に指にかかる抵抗などがリアルに体感できるという。
次世代ゲーム機がもたらす「リアリティ」は、私たちにどのような体験を提供してくれるのだろうか。
「ハプティクスは私が所属する立命館大学映像学部・研究科でも研究していますが、非常に大きな可能性を感じる分野です。新しい実験的なデバイスを触ると、そのリアリティにびっくりするのですが、実際にそれがゲームの中でどのように実装されるかというのは今後さまざまな試みがなされていく部分でしょう。
先ほど『鬼滅の刃』の話も出しましたが、架空の世界を、触覚を伴ったリアリティで体験できるようなゲームがあれば、コンテンツの力を一歩進めることになると思います」
一方、中村教授が注目しているのがVRだ。PS4では周辺機器として「PlayStation VR」が用意されており、これはPS5にも対応している。
「やはりPS5に最適化した『PlayStation VR2』のような、さらに解像度を高めたモニタを備えた機器をリリースしてほしいですね。同じくVR対応のハードウェアとしては、Oculus Questの継続機となるOculus Quest2が10月に店頭販売を始め、好調であると聞きます。実際に私も体験しましたが、解像度が高く、従来モデルで気になった画面の格子模様がほぼ解消され、非常にクリアで臨場感がある画面になっていました。
なおかつワイヤレスなので、非常に自然に体験できる。これはおそらく既存のコントローラを使ってテレビモニターを見るというゲーム、インタラクティブなエンターテインメント体験とは違う体験をまさに提供していると思います」
さらに中村教授は、VRのゲーム以外での活用が、新世代ハードによって広がるのではないかと展望する。
「映像の解像度も非常に高いですから、観光はもちろんのこと、『360度ニュース映像』などのコンテンツでも、本当にその場にいるような体験ができるわけですね。ゲーム機やゲームプレイというサービスを越えて、映像メディアやテレビ、中継配信などに高いリアリティが追加されることで、真の意味でVRの普及が始まるのではないかと考えています」
ついに始まった、新世代ゲーム機の時代。近い将来、現実世界のようなリアリティを持って、仮想世界を楽しめる時は、すぐそこまで来ているのだ。小学生の時にファミコン発売に触れて30年。1人のゲームファンとして、純粋にワクワクしている。
中村彰憲
名古屋大学大学院国際開発研究科修了。博士(学術)。早稲田大学アジア太平洋研究センター、立命館大学政策科学部助教授を経て、映像学部映像学科教授を務める。主な著書に『中国ゲーム産業史』(Gzブレイン)など多数。その他、ゲームビジネス全般に関するコラムを定期的に寄稿している。