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進むオンライン留学。次世代の教育プラットフォームが“学び”にもたらすパラダイムシフトとは?

2020年12月11日




2020年、新型コロナウイルスは学生の“学び”にも大きな変化をもたらした。特に大学では多くの授業がオンライン化し、緊急事態宣言時期にはキャンパスはほとんど封鎖状態。海外渡航自体のハードルも大きく上がっており、学生の海外留学も今後数年間は困難とみられている。そこで注目が集まっているのが「オンライン留学」だ。ポストコロナ時代の留学、そして学生たちの学びはどのように変化していくのだろうか。
2021年から「オンライン留学プログラム」を共同で立ちあげる、立命館大学とカリフォルニア大学デービス校(以下UCD)の担当者から、留学、そして未来の学びにつながるオンライン学習の可能性について聞いた。

アメリカで進んでいた教育のIT化がオンライン留学の土壌になった

新型コロナウイルスの影響を受け、突如脚光を浴びたしたように見えるオンライン留学。しかし、UCDの藤田斉之(Nari Fujita)氏によると、パンデミック以前からアメリカではこの土壌が出来上がっていたという。

藤田斉之(Nari Fujita)氏
Director of New Academic Initiatives & Academic Preparation and Pathway Programs
Center for International Education
Division of Continuing and Professional Education
University of California, Davis

「オバマ政権の頃には、幼稚園から高校を含めて教材のデジタル化、教育のIT化が進められ、10年程前から、COIL(Collaborative Online International Learning)という取り組みが出始めていました。COILとは、情報通信ツールを活用し大学などの教育機関同士がつながる取り組みです。国内にいながら海外大学の学生と交流ができたり、世界各地の同世代と共同でプロジェクトに取り組めるなど、国際的な新しい教育手法として活用が期待されていました」(藤田氏)

UCDにおいて、Director New Academic Initiatives(新規アカデミック構想担当責任者)の役割を担い、次世代の教育のあり方を構想していた藤田氏は、COILでの経験を生かした新たな教育プログラムを検討していた。そこに世界的なパンデミックが起こり、日本でもオンライン学習が急激に定着。ポストコロナ時代の留学スキームの検討を始めていた立命館大学と、共同でオンライン留学プログラムを開始することになったのだという。

コミュニケーションを伴う「リモート授業」が必須になる

日本国内でも多くの大学が取り組みを始めているオンライン留学だが、そこで挙げられるのは費用面や精神的ハードルの低さなど、仕組みとしてのメリットが目立つ。しかし、藤田氏と立命館大学国際部の豊田祐輔氏(政策科学部准教授・国際部副部長)は、この仕組みだからこそ得られる学びがあるという。ポイントは「リアルタイムでのリモート授業」だ。

「UCDのあるカリフォルニア州と日本では16時間の時差がありますが、授業は基本的にリアルタイムで行うことを想定しています。『録画した授業を画面越しで眺めるだけでは、対面式の従来の留学プログラムの代わりにはならない』というのが私たちの結論です。一方Zoom等を使ったリアルタイムの授業なら、より近い距離で学生と教師の双方向のコミュニケーションが可能になる。例えば、従来の対面式の授業では、発言の場面になると日本人の学生はなかなか一歩が踏み出せないことも多く見られました。しかしリモート授業なら、教員との距離は画面との距離でしかありません。発言のハードルはかなり低くなるのではないかと期待しています。教員にとっても、教室で授業をするよりも全学生の表情を同じ距離感で見ることができるので、学生一人ひとりの動きを把握しやすくなるというメリットがあります」(藤田氏)

また、豊田氏は、国内にいながら海外の生の授業を受講できることで、これまでにない学びが経験できると指摘する。

立命館大学 国際部 豊田祐輔氏(政策科学部准教授・国際部副部長)

「例えば、午前中にはリモートで海外大学の講義を受け、現地の学生と交流することで文化や価値観を学ぶ。そして午後になると日常に戻り、自分の日常生活と海外の生活、文化、社会を比較し、共通点や相違点を探る。従来の現地留学の場合、帰国した後に留学先と自国での生活を比較することになりますが、オンライン留学ならその反復を短期間で複数回繰り返すことができます。この機会が多く得られ、多文化理解を深めることができるという点は、オンライン留学のひとつの強みだと感じています」(豊田氏)

国内にいながら海外につながれることで、日常の中に異文化が溶け込むような形になる。距離は隔てていても、時間を共有し、日常と非日常を反復することで、より濃い異文化学習が可能になるということだ。

現地留学の醍醐味をオンライン留学で味わえるか

しかし従来の留学の醍醐味は、実際に現地に赴き、肌で異文化を感じられることや、慣れない環境の中自力でやり抜くからこそ得られる経験にある。当面の間海外渡航が困難な状況の中、現地で得られるリアルな経験を補うためには何が必要なのだろうか。

「オンライン留学では、例えばPCの電源を切ってしまえば簡単に離脱できてしまう。強制力を伴った現地留学と比較すると、これは弱点といえます。しかし、このような環境だからこそ、学生には主体性を大切にして欲しいと考えています。ともすれば逃避しやすい環境だからこそ、学生が自分で計画を立ててマネジメントしていく必要がありますし、学びに対する自らの責任感を育むきっかけにしてほしいと考えています」(豊田氏)

「現地に実際に行ったような異文化交流を、バーチャルな環境でどれだけ具現化できるかというのはポイントになります。経験という付加価値をつけるための手段のひとつとしては、現地学生との交流の機会を増やすことが挙げられます。例えば当プログラムでは、現地学生の協力を得て、プログラム終了後も交流が続くようにしていく予定です。従来の留学では『帰国すれば終わり』となってしまうところを、交流を続けるきっかけを大学側が提供することで、従来よりもさらにいい経験を学生に提供できるのではないかと考えています。特に今の学生にとってITツールは日常的に慣れ親しんだものなので、環境さえ整っていれば、自分たちで深く交流していけるはずと期待しています」(藤田氏)

やはり参加する学生自身の主体性と、大学側のサポートは欠かせない。しかしそれらが揃えば、従来の留学とはまた違った経験が得られる「新しい留学の形」として浸透していくだろう。

学習のオンライン化がキャリアプランや生涯学習の姿を変えていく

通常授業も留学もオンライン化が進むことは間違いなく、コロナは学び方を大きく変える契機となった。そして、学び方が変わるということは、これまでの学びの価値、教育のあり方も同時に変わっていくということでもある。
アメリカで大学教育の現状を見ている藤田氏は「大学という存在、そして大学教育の価値が社会の中で大きく変化し始めている」と語る。

「アメリカの大学は学費が高いことで知られますが、リモート授業に移行したにも関わらず授業料の値下げがされないことに、多くの学生から疑問の声が上がっています。その動きの中で注目されているのが、民間企業による教育への参入です。例えばGoogleは6カ月のプログラムを開講し、それを修了した人に対しては大卒と同じ土俵で採用判断をするとみられています。このようなことが一般的になると、『大卒』という肩書きがあれば将来の経済的安定が保証されてきた今までとは状況が違ってきます。それよりも、常に5年後、10年後を見据えて、自分のキャリアに必要な知識やスキルを身につけていく、すなわち『生涯学習』が重要になってくると考えられます。
特に今は変化の多い時代。目まぐるしく状況が変わっていく中で、大学で培った資格や知識だけでは対応できないことがたくさん出てきます。自分の置かれている環境に合わせて、知識をインプットしていくことが、今後より重要になるのではないでしょうか」(藤田氏)

常に知識のアップデートが求められる時代とはいえ、フルタイムで働きながら大学に通い直すのは容易ではない。しかし、コロナ禍に後押しされる形で定着したオンライン学習により、誰もが場所や時間的な制約を受けずに学べる環境が整い始めている。手段が発展することで、より効果的な学びを得られることもあるだろう。オンライン留学のような新たな教育プラットフォームは、学生だけでなく社会人にとっても、今後なくてはならない存在となるはずだ。

豊田祐輔

立命館大学政策科学部政策科学科卒業。立命館大学大学院政策科学研究科 博士(政策科学)。2013年に立命館大学に着任。現在は政策科学部准教授、国際部副部長、OIC国際教育センター長を務める。専門は、社会システム工学・安全システム、自然災害科学・防災学、地域研究、教育学。