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魚の油がマラソンを変える? アスリートを支える必須脂肪酸「EPA」とは

2020年10月22日




青魚に多く含まれる必須脂肪酸「EPA」が注目されている。赤血球を柔軟にし、血管の働きを高める効果が認められているEPAは、医療分野だけでなく、スポーツ界からも注目され、活用するアスリートや実業団も増えている。
その一人が高尾憲司コーチだ。高尾コーチといえば、自身もバンコクアジア競技大会10000m優勝、世界陸上選手権にも2回出場した実績を持つ。そんな高尾コーチが率いる立命館大学男子陸上部では、日本水産株式会社からの提供を受け、EPAを取り入れたトレーニングを行なっている。
EPAの製造を行うメーカーと、実際にEPAを継続摂取している選手の言葉から、EPAがスポーツ界に与える影響に迫る。

「脂肪=不健康」ではない 摂取すべき体にいい油とは?

EPA(エイコサペンタエン酸)は青魚に多く含まれる脂肪酸の一つ。「脂肪」と聞くと、肥満など体に悪いイメージが先行してしまうが、日本水産株式会社 食品機能科学研究所の小笹英興氏は「脂肪にも、過剰に摂りすぎると疾患の原因になるものもあれば、疾患予防に効果的なものなど、さまざまな種類があります」と説明する。

「脂質は、大きくは飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の2つに分類され、不飽和脂肪酸は更に一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に分けられます。多価不飽和脂肪酸も、動脈硬化などの疾患予防に効果的なオメガ3系と、過剰に摂取しすぎると体内で炎症を起こす原因になるオメガ6系があり、EPAはオメガ3系に含まれます。最近では、オメガ3系のEPAとオメガ6系のAA(アラキドン酸)の血液中の構成比が、体の健康状態を示す指標として注目されています。EPA /AA比が高いと体内の炎症が起こりにくい体、逆にEPA /AA比が低いと炎症が起こりやすく、血管系の疾患にかかりやすい体であると言えます。
またEPAは、赤血球を柔らかくし、血液の巡りを良くする効果もあります。そのため、脳梗塞や心血管疾患など、血管が詰まることで起こる疾患が予防されるだけでなく、体脂肪の代謝の改善、肌機能や脳機能にも関連していることがわかっています」(小笹氏)

血液や血管は、いわば人間の体の基礎である。基礎が整っていなければ、摂取した栄養が体中に行き渡らず、体調を崩してしまうのは想像に難くない。

EPAが無駄な筋肉損傷を防ぎ、トレーニング効率を上げる

疾患予防に効果的なEPAだが、今ではスポーツ界からのニーズも高まっている。1990年代から日本でも長距離選手を対象とした研究が始まり、近年はスポーツトレーナーや栄養士からの需要が高まり始め、今ではアスリート向けのEPAサプリメントの開発もされている。

小笹英興 日本水産株式会社食品機能科学研究所機能性食品推進課担当課長

「EPAは特に持久力の向上や筋損傷の緩和に効果的であることがわかっています。EPAは血液の循環を良くするため、体内の酸素運搬能力が上がり、心臓の負担が軽くなります。その結果、運動時に感じる辛さの軽減や、持久力向上につながるのです。また、運動をしている学生を対象として行なった調査では、継続してEPAを摂取した選手は、摂取していない選手に比べて運動後の筋肉痛も軽減され、回復が早まることがわかっています。

さらに、健康指標として使われているEPA /AA比はスポーツ界でも注目されています。ある調査では、EPA /AA比が高い長距離選手ほどトレーニング中の走行距離が長いということがわかりました。もちろん選手自身のケアや日々のトレーニングなどの他の要因も考えられますが、EPAが心臓の負荷や筋損傷を緩和することで体への負担が軽くなったことも、トレーニング量が増えた要因の一つと言えるのではないでしょうか」(小笹氏)

継続的なEPA摂取によって内側から体質改善され、より疲れにくく、トレーニングを積める体になるという。「特に持久力を要し、継続したトレーニングが重要な長距離ランナーには効果的だと考えています」と小笹氏は語る。

元マネージャー候補・現キャプテンが部の成長を牽引した

高尾憲司 立命館大学陸上競技部コーチ

高尾コーチ率いる立命館大学陸上競技部も、EPAを取り入れたトレーニングを行なっている。2018年から日本水産株式会社のEPAの提供を受けている彼らだが、そのきっかけは現キャプテン・林紘平選手の提案だったと高尾コーチは語る。

「林はスポーツ特別選抜入試で入学した選手ではないので、入部当初は練習についていけず、2年間ほど苦しい時期が続いていました。部の規則として、2回生の終わりに一番遅い選手がマネージャーにならなければならないのですが、彼がその候補だったのです。そんな折、彼からEPAを使いたいと提案があり、ニッスイさんに交渉して、提供していただけるようになりました。継続してEPAの摂取をしてしばらく経った頃、彼の記録が飛躍的に伸び始め、今では部内でも上位のチームに加わって練習をするほどです」(高尾コーチ)

林選手も自身の変化について「疲れが残りにくくなり、練習が積めるようになることで自信が生まれ、精神的にも余裕が持てるようになった」と語る。自分の弱点に真摯に向き合い、改善しようとしたその気概を買われ、今ではキャプテンとして部を引っ張っている。
変化を感じているのは林選手だけではない。現在2回生の山田真生選手も効果を感じた選手の一人だ。

山田真生選手(左)、林紘平選手(右)

「山田はもともと実力のある選手でした。ただ、高校時代は故障が多く、1ヶ月のうちの1週間は休養期間が必要だったのです。しかし、入部当初からEPAを摂取したところ、これまで故障で走れない日は数日しかありません。もともと実力がある上に、故障がない分練習が継続でき、かなり力をつけてきています。昨年の出雲駅伝で我々は過去最高タイの6位入賞を果たしましたが、その記録も彼の力があったおかげだと思っています」(高尾コーチ)

継続することで生まれた自信が選手たちを支えている

徐々に練習の成果が記録として表れ始め、今年の出雲駅伝は優勝を目指していた彼らを襲ったのが、新型コロナウイルスだった。感染症対策のため部活動は休止、出雲駅伝も中止のニュースが飛び込んできた。

「出雲駅伝が中止するかもしれないと聞いた時、正直選手よりも私の方が焦っていました。せっかく今年こそは優勝するつもりで練習してきたのに、その目標を失ってしまった。これから彼らのモチベーションをどう維持していけば良いか、悩んでいました。しかし、そんな私の心配をよそに、選手たちは『大会が中止になったからといって、何も変わらない。やるべきことをやるだけだ』と言ってくれたんです。たくましくなったと感じました。やはり、選手主体でEPAの摂取を始めたことで、彼ら自身の、体調やトレーニングへの意識が変わったのだと思います。我々指導者から栄養管理の大切さを指導されるよりも、主体的に始めたことが結果に結びつき、自信を持てるようになったのではないでしょうか」(高尾コーチ)

部活動が休止になり、部員が集まって練習することもできなかった今年の春。しかし、感染症が広まろうが、大会が中止になろうが、継続して積み重ねてきた練習と自信が彼らを支えてきた。体調管理もスポーツも一朝一夕では結果は出ない。何事も「継続は力なり」ということを彼らは教えてくれているようだった。