デジタル技術が加速度的に進化・発展し続ける現在、教育の在り方も大きな変革を迎えている。立命館大学は、教育開発DXピッチ(*)の取り組みの一つとして、学生の授業選択をAIが支援する(以下、「AIC(AIコンシェルジュ)」)という新たな試みの導入に向けて、概念実証(PoC)を行った。AIが学生一人ひとりの興味・関心を聞き出し、それらとの関連のある授業や研究室などを提案することで、学生が自分では発見できなかった学びと出会うきっかけを作ったり、彼らの潜在的な興味や適性を引き出したりするAICは、学生や教育現場に何をもたらすのだろうか。具体的な事例を紐解きながら、AIがもたらす教育革新の可能性を探る。
*学園ビジョンR2030チャレンジ・デザインにおいて定められた中長期目標「テクノロジーを活かした教育・研究の進化」を具体化する方策の一つとして行われた取り組みであり、「デジタルを積極的に活用した教育・授業形態の新しい手法開発」を目的として設定された。
● デジタル化する社会で大学教育が抱える課題
● AIが学生に授業を提案する「AIコンシェルジュ」の取り組み
● AIコンシェルジュが生み出す「新しい可能性」との出会い
● AIからの提案を上手に生かすために必要なリテラシー
「社会のDX」で変革期を迎える、大学教育の課題とは?
デジタル技術の社会実装が加速度的に進む今、教育の在り方にも大きな変革が求められている。旧来の教育システムは、画一的なカリキュラムと一斉授業が中心であり、学生一人ひとりのニーズに応えるには限界があった。
情報が溢れる現代では、学生たちは自ら情報を収集し、所属する専門以外の知識の習得や、より幅広い将来像を描けるようになっている。教育機関としては、デジタル技術などを取り入れ、より柔軟でパーソナライズされた教育環境を提供することが急務となっているといえるだろう。
このような背景はあるものの、従来の一律的な教育アプローチでは、個々の学生の才能や興味を十分に引き出し、可能性を広げていくことには課題もある。特に大学においては、学生が自身の興味や適性に合った科目を選び、自発的に学びを深めることが重要だ。ところが、膨大な情報や選択肢の中で、学生が適切な選択を行うことは容易ではない。
この現代の教育システムが抱える大きな課題に応えるために、立命館大学では、生成AIを活用した「探究型AIコンシェルジュ」の実証実験を2年間にわたって行ってきた。
膨大な授業や教授との出会いをAIが“橋渡し”する
立命館大学は、R2030「挑戦をもっと自由に」というビジョンのもと、教育領域におけるDX推進に向けたさまざまな取組みを行っている。そのひとつが、AIソリューションの開発などで実績をもつPKSHA Technology(パークシャテクノロジー)と共同で実施した 「学生の自分探しを応援する探究型AIコンシェルジュ」だ。
プロジェクトリーダーの情報理工学部の仲田晋教授は、プロジェクトの背景を次のように語る。
「大学入学時点、あるいは在学中に明確な目標や将来像を描けている学生は、それほど多くはありません。もちろんそれは現代に限ったことではなく、大学時代を過ごした多くのみなさんが実感されることではないかと思います。
我々立命館大学においても、年間開講授業数は15,000以上、1,400人近くの研究者が在籍しており、学生たちがどんな授業を選択し、どのような教員と出会うかという選択肢は無限にあるといえるでしょう。学生たちはさまざまな場面で選択を迫られますが、それらの選択肢を、より学生の潜在的な関心や興味、経験をふまえて提示できないか、と考えたのがAIコンシェルジュ開発のきっかけです」(仲田教授、以下同じ)
「AIコンシェルジュは、スマホやPCからアクセスできるチャットボット形式のシステムで、学生が入力した情報に基づいて最適な授業を提案します。AIから出された選択肢を選ぶほか、自由記述も可能です。
アウトプットとしては、チャットボットからの返答としていくつかの授業を提案し、その提案理由も併せて提示します。これにより、学生は自分の興味や適性に合った授業を効率的に見つけたり、もともと自身の選択肢になかった授業を発見できたりするわけです」
学生と授業の出会いを生むだけでなく、学生の背中を押す効果も
上が、実際にAIコンシェルジュを活用した学生たちの声である。実証実験ということで、システムの操作性やAIからの回答についての不安を伝える声も少数あったが、概ね高い評価を得ることができたという。
「学生に使ってもらった結果、ある程度の高い評価を得られたと感じています。特に『自分では見つけられなかったような興味深い授業を知ることができた』という経験を一定数提供できていることは、本プロジェクトの一番の成果だと考えています。
また、実証実験の途中で、授業を推薦する理由を説明する機能を盛り込んだのですが、それによって学生の納得感が高まり、AIコンシェルジュによる授業提案を活用につなげる重要な機能になったと思います。
また、予想していなかった発見もありました。学生がすでに受けようと思っていた授業をAIが提案したというケースでは、『自分の選択は間違っていなかったんだ』という、自分の選択を肯定する感情が生まれていることがわかりました。AIからの提案が、ある種の“お墨付き”となり、学生の背中を押す効果があることがわかりました」
AI活用がもたらす教育革新の可能性
一方で、AIが学生の選択、ひいては将来に影響を与えるという重要な役割を担うという前提に立ったとき、いくつかの課題も浮き彫りになってきた。
「AIが学生に新たな選択肢を提示できるというポジティブな影響の一方で、『学生がAIからの提案内容を信じきってしまう』というケースが見られました。AIの提案を自分ごと化してくれるのはうれしいのですが、そこで『自分はそうなんだ』と信じ切って、判断をAIに委ねてしまうような使い方は本意ではありません。
立命館大学はもちろん、大学というのは学生の主体性を大切にする場だと思います。AIが生活に溶け込み、さらに信頼性が高まったとしても、“きちんと自分で考えて判断する”という前提は変わりません。
そのためには、AIの仕組みの理解と、出力を吟味できるAIリテラシーの教育も重要になります。また、AIの出力結果を一緒に吟味し、学生を適切な方向へと導けるアドバイザーの存在も重要になると考えています」
AIはいかに、私たちの生活や人生を豊かにしてくれるのだろうか。その社会実装の試行錯誤は、まだ始まったばかりだといえる。しかし、AIリテラシーだけにとどまらず、人間固有のスキル、例えば創造力や批判的思考、コミュニケーション能力は、AIがどれだけ進化しても人間の強みとして残り続ける。実証実験から得られた課題感は、その事実を裏付けるものともいえるだろう。
なお、この「探究型AIコンシェルジュ」の実証実験で得られた知見を踏まえ、現在立命館大学では、AIを活用して、学生一人ひとりの学びとそこから得られた学修成果および成長を可視化し、更なる成長を促す仕組みの構築が試みられている。
仲田晋
立命館大学情報理工学部教授。2001年筑波大学大学院博士課程工学研究科修了、博士(工学)、東京工業大学等を経て現職。コンピュータグラフィックスや計算機シミュレーションに関わる研究に従事。ゲームやCG映像などのエンタテインメント分野における研究活動に加え、工学分野や医療分野への応用を想定したCGとシミュレーションに関わる研究開発に取り組んでいる。