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ゲノム編集が創り出す未来の食卓とは? 専門家が仕組みとリスクの考え方を解説

2019年12月3日




「世界人口100億人」が予測される2050年に向け、農作物の増産は切迫した課題だ。しかし驚くべきことに、農業技術の発達した現代でも世界の農作物の30%(5億人分もの食料に相当)が害虫や病気で失われているという。食料増産には、害虫や病気に強く、収量も多い農作物を品種改良によって作り上げることが不可欠だ。

そんな中、ゲノム編集という品種改良技術が注目を集めている。2005年頃から本格化していた関連研究は、2012年にCRISPR/CAS9(クリスパー・キャス9)と呼ばれる革新的技術が発表されて以降、急速に進展。ゲノム編集による品種改良を経た米や野菜が食卓に上がる日も遠くないと言われる。

遺伝子を「書き換える」ゲノム編集 遺伝子組換えとはどう異なる?


それでは、ゲノム編集とはどんな技術なのだろうか? ゲノム編集にはいくつかの手法が存在するが、いま植物の品種改良で実用レベルに達しているとされる手法(SDN-1)は、ターゲットとなる遺伝子が持つ特定のDNA配列を狙って切断し、修復過程における変異挿入を意図的に起こすことによって、遺伝子を書き換える。
植物のゲノム編集では多くの場合、「特注のはさみ」を作る遺伝子を導入して、細胞の中で「はさみ」を作らせるが、ゲノム編集が成功すればDNAの特定・切断に使われる酵素は不要になり、最初に導入したはさみを作る遺伝子は除去されるため、外来遺伝子が品種の中に残されることはない。

なお、遺伝子書き換えと似た名前の遺伝子組換えという技術もあるが、これはゲノム編集技術による遺伝子の書き換えとは性質が大きく異なる。ゲノム編集のように「改変したい生物に元から存在する遺伝子を変異させる」のではなく、主に別の生物から遺伝子を導入して性質を変える手法だ。
代表例は、サントリーの開発した「青いバラ」や「青いカーネーション」がある。これらは自然環境条件下では生じないもので、開発にはパンジーの青色色素を作り出すために必要な酵素の遺伝子が導入されている。

では、これら遺伝子操作技術から生まれる農作物のリスクはどうなのだろうか。“遺伝子組換え食品”という言葉に抵抗を感じる人もいるだろう。
この点について、国内最大の国立農業研究機関・農研機構の上級研究員・小松 晃氏は次のように説明する。

「たしかに遺伝子組換えでは、従来の品種改良では出来えないものが作出されるため、安全性評価が必要です。もっとも、国内で流通している遺伝子組換え農作物は、生物多様性への安全性評価および食品・飼料としての安全性評価をクリアしているものなので、健康被害等は現在まで生じていません」

では、ゲノム編集のリスクはどうか? 小松氏は、「ゲノム編集作物のリスクは、交配や突然変異を利用する従来の品種改良を上回るものでも、下回るものでもありません。突然変異による遺伝子の書き換えは、自然環境の中でも起こるからです」と話す。どういうことだろうか?

突然変異のメカニズム

自然環境中でも、植物のDNAは紫外線やストレスの影響で切断されることがある。たいてい元通りに修復されるが、ごくまれに(100万〜10万分の1というわずかな確率で)修復ミスが起こり、一部が欠失したり、ほかのDNA配列が切断箇所に挿入されるといった遺伝子の書き換えが起こる。この現象を自然突然変異という。

自然突然変異による恩恵の代表例は、インディカ米よりも粘り気があって柔らかく、日本産米のほとんどを占めるジャポニカ米の籾を落ちにくくする性質。また、早生・極早生みかんの早い熟期。さらに、キャベツの野生種から形と色が変異して生まれたブロッコリーやカリフラワーなどが挙げられる。
そう、私たちが普段食べている農産物も自然突然変異の恩恵なのだ。しかし、「突然変異で遺伝子が書き換えられているから、お米をはじめとするさまざまな食材は身体に悪い」と考える人はいないはず。
同じことはゲノム編集にも言える。自然突然変異とゲノム編集の違いは「DNA切断→突然変異」というプロセスが偶然か、それとも人為的に起こるかという点だけだからだ。

「正確で効率的」なゲノム編集 CRISPR/CAS9の登場で研究が急加速

このように突然変異は新しい作物を生み出す可能性を持っているため、現在ではガンマ線や重イオンビームという電離放射線を植物に当てて人為的に突然変異を起こす方法や、薬剤による突然変異誘導法も実用化されている(人為的突然変異)。
これにより、黒斑病に抵抗性のある二十世紀ナシ、純白系のエノキダケ、低アミロースのお米、色変わりのキク、カーネーションなどさまざまな品種が生まれ、我々の食生活を豊かにしている。

「品種改良の歴史は人類の歴史といっても過言ではありません。私たちの祖先は古くから異なる品種を交雑させて新しい品種を作り出し、20世紀に入ってからは人為的突然変異や遺伝子組換えの技術を生みました。人類は生きるために品種改良を続けてきたのです」(小松氏)

しかし、交雑や人為的突然変異という方法には、変異させたい遺伝子を狙えず、望んだ品種が出来るまでに長い期間を要するという欠点がある。現代の専門家でも、優れた品種を作り出すのに短くても10年、果樹などの永年性作物だと30年以上かかると言われる。

そのような中、ゲノム編集のアドバンテージは正確性と効率性だ。従来の品種改良法とは違って、変異させたいDNA二本鎖の配列を狙って切断できる。その正確性を一気に押し上げたのがCRISPR/CAS9と呼ばれる技術だ。専門家はしばしば、DNAを切る酵素をハサミに例えるが、CRISPR/CAS9のおかげで従来よりもずっと正確で簡単、かつ低コストに狙ったDNAを切れるハサミが生まれた。

CRISPR/CAS9が苦手とするDNA塩基の置換についても、神戸大学・西田敬二氏らの研究グループが2016年、ピンポイントでDNA塩基を置換する「Target-AID」という技術を開発。現在よりもさらに高度で正確なゲノム編集が可能になると期待がかかっている。

毒のないジャガイモが店頭に並ぶ日も近い?

では、ゲノム編集によってどんな農作物が新開発されるのだろうか? 大阪大学の研究グループは、ジャガイモの芽に含まれるソラニンという毒素に着目。ソラニンの合成過程で働く酵素遺伝子に変異を起こすことで、ソラニンをほとんど作らず食中毒リスクが大幅に低いジャガイモの開発に成功した。

野外栽培試験中のゲノム編集イネ系統(茨城県つくば市・2019年8月29日撮影。農研機構 小松氏提供)

また農研機構は昨年(2018年)10月、ゲノム編集されたイネを二年連続で収穫。籾の数や粒の大きさに関する遺伝子を変異させた品種だ。研究に携わる小松氏は「最終的には従来よりも収量が二割ほど多い品種の開発を目指しています」と目標を語る。

ゲノム編集による品種改良研究は世界的に加速している。ゲノム編集作物が私たちの生活に身近になる日も遠くないだろう。偏見や誤ったイメージで拒否するのではなく、正確な知識を知った上で自分の向き合い方を判断するようにしたい。それは、食の分野に限らずあらゆる領域でイノベーションが頻発する現代で、私たちに必要とされる姿勢なはずだ。

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