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エスコンフィールドとFビレッジが目指す新たなスポーツコミュニティ構想【インタビュー:前編】

2023年9月28日


プロ野球の北海道日本ハムファイターズは、札幌市に隣接する北広島市に「ES CON FIELD HOKKAIDO(エスコンフィールドHOKKAIDO)」を新たに建設し、2023年から本拠地としている。日本ではプロ野球球団が自前の球場を所有すること自体が珍しいのだが、ファイターズはどのようなスポーツビジネスを構想し新球場建設を決断したのか、経営の視点から核心に迫っていく。

【関連記事】 >> エスコンフィールドとFビレッジが目指す新たなスポーツコミュニティ構想【インタビュー:後編】

〈この記事のポイント〉
● ただの新球場ではない「ボールパーク」構想とは
●「SPORTS COMMUNITY」という企業理念
●「コア化」ではなく「ノンコア化」が重要
● 観客動員数だけにフォーカスしない
● Fビレッジのテーマは「境界線をなくす」こと

ファイターズが造った「ボールパーク」とは?

北海道日本ハムファイターズは、ただ新球場を建設したのではない。32haという広大な土地を確保し、日本初の開閉式屋根付き天然芝球場「エスコンフィールド」を建て、その球場を核にしたボールパーク「HOKKAIDO BALLPARK F VILLAGE(北海道ボールパークFビレッジ)」を造っているのだ。
Fビレッジには、アジア初のフィールドが一望できる球場内ホテル、世界初の球場内天然温泉・サウナ、約1.8kmのランニングコース、地上8mの高さの空中アスレチック、グランピング施設、小学生までの子どもと家族のための約1,900m2の屋内外の遊び場など多彩な施設が揃い、ファイターズの試合が無い日でも楽しめるようになっている。
また、世界初のフィールドが一望できるクラフトビール醸造レストランをはじめ、約50店の飲食店が集まっていて、試合の無い日、試合終了後も営業している店もある。

事業の規模においても革新性という点においても、Fビレッジは、これまでの球場・スタジアムの常識を打ち破ったと言える。それほどの大プロジェクトを、いちプロ野球球団が実現させた背景には「ファイターズの理念に基づいた経営がある」と、立命館大学スポーツ健康科学部の種子田穣教授は見ている。
では、ファイターズの理念とは何なのか、ファイターズはFビレッジ建設の先にどういったビジネスを構想しているのだろうか。ファイターズの独特の球団経営に早くから注目し、研究論文も公表している種子田教授が、北海道日本ハムファイターズの三谷仁志取締役に聞いた。

ファイターズが目指す、スポーツを核にしたコミュニティづくり

立命館大学スポーツ健康科学部の種子田穣教授

種子田 Fビレッジを歩いていると、「新しいものをつくり出していくんだ」というファイターズの意気込みというか、ビジョンをとても強く感じます。今、新しく「街」が立ち上がりつつあることを、北広島の皆さんも感じているのではないでしょうか。

北海道日本ハムファイターズの三谷仁志取締役

三谷 ファイターズには「SPORTS COMMUNITY」という企業理念があり、「スポーツと生活が近くにある、心と身体の健康をはぐくむコミュニティ」づくりを目指しています。
スポーツが一つのハブになって、そこにスポーツ以外の要素をいろいろと入れることで、さらに大きくコミュニティが育っていくのだと思います。野球にフォーカスしてコミュニティをつくっていこうとすると、頑張れば頑張るほど敷居が高くなるというか、外から入りにくい世界観が出来上がってしまう。コミュニティというのは、例えばクラフトビールのコミュニティもあれば、サウナコミュニティ、子育てコミュニティもあります。そうした多様なコミュニティと融合することが「新結合」であり、イノベーションを生むのではと思っています。
それを、私たちは「共同創造空間」と表現していて、ファイターズが街づくりをするのではなく、いろいろな方々が「自分たちがやったんだ」という考え方になっていることこそが「共同創造」だと思っています。
Fビレッジは北広島市からファイターズが土地を借りていて、それを事業者の皆さんに「転貸」してビジネスをしていただいています。野球観戦に来た人をターゲットにビジネスをするのではなく、自ら投資し、自分たちの力で集客してやっていこうという人たちに、事業のパートナーとして集まっていただいているのです。

境界線をなくし、「ノンコア化」させることが重要

種子田 Fビレッジを共同創造空間にしていく上で、大事にしているテーマはどういうものですか。

三谷 Fビレッジのテーマのひとつは「境界線をなくす」ことです。特に、体育会系の人と文化系の人、理系の人と文系の人といった境界線分けはやめたいと思っていて、どの世代の、どんな人でも楽しめるような空間にしようと工夫を凝らしています。
例えば、エスコンフィールドは、歩いて入ろうとすると中と外の境界線が分からないまま、いつの間にか中にいたと感じるような設計になっています。それは、ハードにおける境界線をなくそうという発想からです。球場内にアートを数多く展示するなど、Fビレッジには境界線をなくそうという思いを随所に入れました。
スポーツ業界やスポーツビジネスという文脈で発想していくと、スポーツが好きな人たちがスポーツの良さを語って、階層化されたピラミッドみたいなものが出来てどんどん「コア化」していってしまう。重要なのは、むしろ「ノンコア化」させていくことだと思っていて、裾野が広がるとはどういうことなのかを考えなければいけないと思っています。それで、境界線をなくすという考え方に立って、その具体策をFビレッジで形に表していきたいと思っているんです。

種子田 野球好き、スポーツ好きにターゲットを絞らないことが、逆に観客動員を増やすことにつながるという戦略ですか?

三谷 観客動員数が本当にビジネスのKPIとして正しいのかということに、私たちは疑問を持っています。
グローバル視点で見たとき、世界のスポーツチームは情報開示がそれほどなされてこなかったので、比較できるものが観客動員数くらいしかありませんでした。メディアもそれを取り上げるので、動員数が多いところは成功していて、少ないところは成功していないと受け止められるようになったのです。
2時間、3時間の短時間に特定の場所に集まる人数の多い少ないではなくて、このエリアに来てくれた人がどれくらいの時間をここで過ごしたのか、このエリアで人と人の繋がりがどれくらい生まれたか、もっと言えば、定住者を含めトータルでどれくらいの人たちがこのエリアで時間を過ごしてくれたのかの総和が実は一番重要だと考えています。
この総和をどう拡大していけるのか、今、懸命に取り組んでいる最中です。ピンポイントの2〜3時間にどれだけ多くの人を集められるかにフォーカスしても、総和はなかなか拡大していかないでしょう。それよりも、試合がなくてもふらっとスタジアムに入ってきたり、お風呂、サウナ、クラフトビールを楽しんだり、子供が遊びに来たり、そうしたエリアになっていることが大事なのだと思います。それは、これまでの時間の概念を変え、Fビレッジでの時間の使い方の境界線をなくしていく取り組みだと思っています。今、それを一つずつやっているところです。

たくさんの新しい試みがFビレッジには詰まっている

種子田 三谷さんがおっしゃる「境界線をなくす」というのは、「既成概念の打破」につながるFビレッジの挑戦でもあるのですね。

三谷 そうですね。既成概念や固定観念にとらわれていると、どうしても世界のスポーツ業界においてはどんな事例があるのだろうと探してしまいます。特に野球では、米国の事例に学ぼうということになってしまう。
でも、そうなった瞬間に、日本の良さが吹き飛んでしまっているのではないかと感じるのです。私たちが考えたのは、日本は治安が非常に良いとか、食のクオリティが高いということを、Fビレッジでどう表現していくかということです。
セキュリティに関して言えば、球場で試合がない日、エスコンフィールドは金属探知機もなくガードマンもおらず、「どうぞご自由に入ってください」という運用を行っています。こんな球場、世界広しと言えど、ここしかないでしょう。
食については、米国ではどこか一つの会社に丸投げするのが普通ですが、私たちは一店舗、一店舗、検討して決めていきました。だから、ナショナルチェーンの店だけでなく、球場初出店の老舗や、グルメサイトで高評価の人気店などが多く入っています。そのようなお店は、球場内で仕込みをする所も多く、球場の開場時間に合わせて早朝から皆さんに美味しい食事を提供するために、仕込みをしてくださっています。
これも、「ボールパークのことなら米国だ」みたいな固定観念から脱却して、日本独自の要素を入れていこうとしたことの結果です。

種子田 本当にたくさんの新しい試みが、Fビレッジには詰まっています。その中で、三谷さんも、何か新しい気付きを得られたのではないでしょうか。


三谷 いざ開業した後は、お客様や事業のパートナーの方々から学ぶことが数多くあります。
例えば、この間、そろそろ試合も終わる頃、多くの観戦にいらしたお客様が帰ろうとする中、入場ゲートに「店に予約を入れているんですが、入っていいですか」と言ってきたお客様がいらっしゃいました。「チケットをお持ちですか」と聞くと、「持ってない。エスコンフィールドの中のお店で、夜9時からコース料理の予約を入れている」と言うのです。もちろん、そのお客様にはチケット無しでゲートを通っていただきましたが、もう新しすぎて何が何だか分かりませんでした。自分ではそんなつもりはなかったんですが、結局、私もまだまだ固定観念に縛られていたということです。
だから、私の元にいろいろな要望が寄せられても「別に問題はおきないね。大したことないね、どうぞ」というオープンなスタンスで、どんどんサービスの幅を広げていっています。自分たちが「この施設は俺たちが造ったんだ」という発想ではダメで、プラットフォーマーとして、来場するお客様やFビレッジに集まる事業者の皆さんが楽しくやれるような土台、土壌を用意する役割を果たしていこうと思っています。

種子田 小さな気付きかもしれませんが、そうした気付きこそが、Fビレッジに集う企業や事業者の皆さんのビジネスをイノベーションしていくのだと思います。Fビレッジは、そうした価値を生む空間にもなっているのですね。

(後編を読む)

種子田穣

立命館大学 スポーツ健康科学部 教授。ケーススタディを中心に経営学の視点からスポーツビジネス、とりわけ、プロスポーツのビジネスモデル研究に取り組む。コミッショナーをはじめ、経営幹部へのインタビューをもとに、アメリカNFLのビジネスをテーマにした著作が2冊。現在は、2004年のフランチャイズ移転を契機とした、北海道日本ハムファイターズのイノベーションと企業家精神に注目した研究に取り組んでいる。

三谷仁志

京都大学経済学部卒業後、住友商事、ノースウェスタン大学ケロッグ校MBA卒業を経てオリックス野球クラブへ転職し、野球業界へ。2009年北海道日本ハムファイターズへ入社。ボールパーク構想の立ち上げとプロジェクトを推進した立役者の一人。行政との連携やパートナー企業誘致のほか、飲食領域の責任者として北海道ボールパークFビレッジの開発全般に携わる。

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