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AIが急速に進化・普及する時代に、人材が拡張すべきスキルは何か

2023年2月24日


AIが急速に進化・普及する時代に、人材が拡張すべきスキルは何か

「リスキリング」という言葉をよく耳にするようになった。単なる「スキルアップ」ではなく、スキルアップを続けながら、技術革新やビジネスモデルの変化などに対応するため+αの新たなスキルを身につけ、スキルを拡張していくことを指す。政府が多額の予算を立て、国を挙げての強化が進められている。

立命館大学卒業生で、現在は「大規模言語AI」の開発を手がける株式会社ELYZA(イライザ)の取締役CMO(最高マーケティング責任者)野口竜司氏は、「ビジネスの現場とテクノロジーをつなげることができる人材(文系AI人材)」の不足とその必要性を説き、多くの企業のAIに関するリスキリングをサポートしている。

野口氏は、昨今起きているAIの進化をどう捉えているのか。そして「文系AI人材」育成の壁となっているもの、それを乗り越えるために求められることは何か。話を伺った。

特集|「拡張」が生む未来 ▶︎

AIの活用は、これから社会で活躍するための必須能力となる

――まずは、野口さんが取締役CMOを務めていらっしゃる、ELYZAの取り組みについて教えていただけますか。

野口竜司氏

株式会社ELYZAは、AI研究の第一人者として知られる東京大学・松尾豊教授の研究室からスピンアウトして2018年に誕生しました。人間と同等、あるいは人間以上に言語を巧みに扱う「大規模言語AI」の開発に取り組んでおり、私はCMOとして技術・サービスの認知拡大や企業との関係構築を担当しています。

具体的なサービスとしては、ニュース記事やレポートなどの文章を瞬時に要約する「ELYZA DIGEST」、キーワードを入力すれば自動的に文章を作成する「ELYZA Pencil」をリリースしています。目指しているのは、いわゆる“ホワイトカラー”と呼ばれる事務仕事のDX推進。大規模言語AIの力で「まとめる、書く、読む、話す」といったオフィス業務の効率化に貢献します。現在、おもに大企業を中心に導入が進んでおり、例えば保険業界の企業では、コールセンターにかかってきた電話内容の要約を、人材サービス業界の企業では、膨大な数に上る求人情報の執筆をELYZAに任せる実証実験を進めているところです。

――すでに実用化の一歩手前まで来ているのですね。言語分野におけるAIの進化は目覚ましいですね。

もはやグローバルでは、「人間の精度を超えた」とも言われています。最近では、人工知能の技術開発に取り組むアメリカの非営利団体「Open AI」が2022年に公開した「ChatGPT」は、多くの人に衝撃を与えました。検索ボックスに質問を入力すれば、人間が話しているかのように瞬時に回答が返ってきます。

驚くべきは、あらゆる分野の事象、知識に精通しているだけでなく、世界各国の言語に対応していることです。もちろん日本語もOKで、ほとんど文法ミスがない正しい日本語で答えが返ってきます。多くの研究者や著名人がその精度の高さに言及しました。今後さらに話題になり、各分野で活用が進むのは間違いないと思います。

――しかし、AIが人間を超えることに、少し怖さのようなものも感じてしまいます。

AIの進歩が人類にどのような未来をもたらすのか、その最終的な評価は後世に委ねるしかないと考えています。また「技術の中身がブラックボックスで怖い」といった「未知のモノへの恐怖」を感じる方も多いでしょう。ただ、それはAIに対する知識を得ることで解消されます。

AI技術の発展は今後も間違いなく加速し、活用する人・しない人の差が開くことは自明です。AIの活用はこれから社会で活躍するための必須能力となります。たとえ文系の人であっても、最低限の知識を身につけ、使いこなせるようになることが求められると考えています。

――野口さんが書籍などで提唱されてきた「文系AI人材」ですね。

これまではプログラミングやコードなどの知識がなければAIを使いこなすことはできませんでしたが、いまやそうした専門的な知識がなくても、簡単なキーワードや数字を入力するだけでAIを使えるようになりました。

わかりやすい例をあげると、2022年には誰でも手軽に画像を生成できるAIが相次いでリリースされ、SNSなどでも話題となりました。例えば「◯◯という女優さんに似た、青いドレスを着たブラックショートヘアの人」などと入力すると、数分もかからずにその画像を作成してくれます。そのクオリティは、人間が何時間もかけて制作した作品と遜色ありません。AIで描かれた絵が美術コンテストで優勝したこともあり、賛否両論を呼びました。そうした課題は残しながらも、文章や絵画など人間が努力して学んで作ってきたものを、AIが高度に生成し始めているのは事実です。

これからの時代、AIをつくる高度なプログラミング人材も重要ですが、より広く求められるのは、身近な課題にAIなどの最新技術をマッチさせて活用できる人材だと考えます。AIを使いこなせるか否かで、一人の人間の生産性と成果物のクオリティが大きく変わる時代になりました。

AI人材育成のカギは実践経験の機会をつくること

――日本企業では、なかなかAIの導入や活用する人材の育成が進まないという話を聞きます。どこに問題があるのでしょうか。

野口竜司氏

実践的にAIを活用する機会が少ないのが問題だと思います。いま、企業側もデジタルやAIの基礎教育に力を入れていますし、社員の皆さんも頑張って勉強している。しかし、せっかくスキルを身につけても、実際の業務やプロジェクトでAIを使う機会がほとんどないので、なかなかスキルが定着しないんですね。ですから、企業は最先端のAIを業務の現場にどんどん導入して、実践経験の機会をつくることが大切だと思います。

「使いこなせる人材がいないのに、AIを導入するのは難しい」という意見もあると思いますが、導入しなければAI人材は育ちません。もし社内にAIに強い人間がいないのであれば、社外から引っ張ってくる、導入支援をしてくれる企業の助けを借りる……などして、AIを活用できる環境を整えてほしいですね。実際にAIに触れて、その力を実感できれば、AI導入に否定的な層の考え方も変わると思いますし、何より現場の社員が意欲的にAIについて学ぼうとするはずです。

――まず使ってみることが重要ということですね。

はい。昔は、「優秀な人材=記憶力がいい人」とされていましたが、ITの登場によって、記憶力よりもITリテラシーが高い人が活躍するようになりました。それと同様に、「ChatGPT」のように論理構成ができるAIの登場によって、「優秀な人材」の定義がまた大きく変わろうとしています。人間の専売特許だった知的生産をAIが代替してくれる時代では、AIとともに働き、使いこなせる人材が重宝されるでしょう。つまり、AIを使えなければ、差がついてしまう社会になりつつあるのです。

AIは、ともすれば人間の「努力」や「勉強」を無駄にする技術と捉えられるかもしれません。しかし、AIが導き出した答えや、AIが創り出したクリエイティブを組み合わせて、より価値あるものをつくり上げるのは、まだ人間にしかできません。AIを使いこなすことを大前提として、さらに価値ある商品やサービスを生み出すことに楽しさや喜びを見つけて、勉強やリスキリングを進めていくことが重要かと考えています。

「AIが生活の一部になるように使い倒してほしい」

――では、野口さんご自身の今後の目標について教えてください。

野口竜司氏

やはり、大規模言語AIを使って、企業のDXをダイナミックに実現することですね。まずは書類作成や議事録の要約、メール文の作成など、従業員の方々の生産効率性を上げることに貢献したいです。そして、より技術精度が上がったら、たとえば問い合わせの自動応答、商品やサービスの自動接客など、カスタマー向けのサービスとして大規模言語AIを活用してもらえるよう、社会実装を進めていきたいと思います。

――では、これからの社会を担う存在である学生に対して、期待することはありますか?

学部や学科における「専門性」を「次世代AI」に掛け合わせることで、世界は大きく広がると思います。これまで各学問領域でぶつかっていた壁の突破口が開かれるかもしれませんし、まったく新たな学問領域をAIが切り拓いてくれるかもしれません。また、AIをどのように制御し、どう社会で活用していくかという議論は、それぞれの学問分野の深い知識がある方しかできないので、「自分の専門分野×AI」で社会にどんな価値を提供できるかについて、文系の学生であっても積極的に考えてほしいと思います。

まずは最新のAIサービスをとにかく使い倒して、生活の一部にしてみてください。勉強やサークル活動でガンガン使って、その便利さやすごさを実感してもらいたい。そして、将来はぜひ「文系AI人材」として、AIとともに社会を牽引してくだされば嬉しいです。

 

撮影/鈴木真弓、取材・文/相澤 良晃、特集表紙イラスト/宮岡瑞樹

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