情報が氾濫する現代。「子育て情報」も溢れるほど世の中に出回っている。「子どもは褒めて育てよう」「いや、むしろ褒めるのを控えたほうが打たれ強い子に育つ」……。書店でもウェブでも多種多様な情報が目に入るが、根拠のあるデータや事実に基づいているのか疑わしいものも少なくない。
そんな中、客観的な事実と観察に基づく研究で「母親が乳児に話しかけたり褒めるほど、子どもの社会性や応答性が良くなる」ことが改めて明らかになったという。子どもの健やかな成長に必要な要因はいったい何なのだろうか? 科学の視点から考える。
約100組の母子を長期にわたって追跡調査 環境が子どもの成長に与える影響を研究
いま大阪府茨木市で、乳幼児と母親を対象に「いばらきコホート」と呼ばれる研究活動が行われている。コホートとは、多数の人を長期にわたって追跡調査する研究手法の1つだ。
研究を主導する矢藤優子教授(立命館大学 総合心理学部)は次のように話す。
「この研究は、胎児期から6歳までの乳幼児期、さらに児童期から青年期に至るまでの成長過程を観察し、子どもの成長に影響する環境要因を明らかにすることを目的としています。シームレスな研究手法が特徴で、コホート研究でよく使われる質問紙調査に限らず、唾液に含まれるホルモンの分析という生理的アプローチや母子の行動観察も実施しています。茨木市の子育て支援施設にも協力いただき、現在95名のお母さんが調査に参加している全国的にも大規模なコホート研究です」
母親が話しかけるほど子どもの社会性も高まる
では、母親の「話しかけ」や「褒め」などの行動が子どもの社会性に影響を与えることは、どのようにわかったのだろうか?
「乳児は母親に話しかけられると、手足を動かしたりして反応します。母子のそのような『良い雰囲気』をどう定量的に測定するかが行動観察のポイントですが、今回の研究では筑波大学の安梅勅江教授とともに開発した『かかわり指標(Interaction Rating Scale, IRS)』というチェック項目を使っています。『母親は乳児に話しかけているか』『乳児は母親に目を向けているか』『乳児が課題をクリアしたときに母親は褒めていたか』など、母子のコミュニケーションで大切な要素を細かく観察・測定できる指標です。家庭裁判所での親権付与でも判断材料の一つとして使われている、信頼性の高い指標です。
この指標に基づく行動観察の結果や質問紙調査の回答を総合したところ、母親が乳児の目を見つめたり話しかけるほど子どもの社会性も高くなるとわかりました。また、行動観察を終えて『よくできたね、えらかったね』と母親に声をかけられていた乳児ほど、母親からの話しかけに強く反応するようになることも明らかになったのです」
ほかの国立研究機関が以前に実施したコホート研究でも、親に褒められたり優しい言葉をかけられた乳幼児ほど社会適応力のある子に育つことがわかったという。
子育てについては種々雑多な意見が飛び交っているが、「褒めて育てる」子育ての良さが改めて客観的に明らかにされてきたといえるだろう。
母親の心のケア 「出産前後」だけでなく「妊娠早期」も必要
いばらきコホートでは、子どもの成長だけでなく母親の健康についても研究している。
「今回の研究では、母親のうつ傾向が乳児の応答性や共感性にネガティブな影響を与える可能性があるとわかりました。
一つは、母親の生活満足度とうつ傾向に相関関係があるということ。また、母親の出産前の段階では妊娠25週よりも妊娠14週のほうが生活満足度は低く、うつ傾向も高くなることがわかりました。つまり、出産の前後に限らずもっと早い段階から母親の心のケアが必要なのかもしれません。母親の心身について観察を続けることの意義を感じています。
うつ傾向が見られる母親がいた場合は、その方に直接連絡して話をお聞きしたり市の子育て支援施設にも協力いただくなど、出産前後の母親のうつを解消するためのサポート体制を構築しています。
私の研究グループのメンバーも『保育パワーアップ研究会』というウェブサイトを運営していて、根拠に基づいた子育て技術や『かかわり指標』のようなさまざまな指標ツールなど、育児に役立つ情報を公開しています。私たち研究チームが一方的に皆さんからデータを頂いて研究を行うのではなく、研究に協力してくださる皆さまや行政と一緒に、母子が健やかに育つ環境を作りたいと考えているのです」
最後に矢藤教授は、研究の将来的な展望を次のように話した。
「乳幼児期以降の児童期や青年期まで成長段階を追跡調査して、各成長段階におけるファクターが後の成長に与える影響を明らかにしたいのです。また、海外の研究機関とも連携を取り国際比較も含めた視点で研究を進めて、最終的な目標としては現在の研究拠点を世界有数の発達研究センターに成長させたいと思っています」
先進国を中心に世界的な少子高齢化が進み、子育ての大切さを改めて見直す必要がある現代。特に日本は総人口における15歳未満の子どもの割合が12.3%(2018年4月時点)と、先進国の中でも最低水準の子どもの少なさだからこそ、少子高齢化のモデル国として世界からかかる期待は小さくない。日本における発達研究の進展は、国内にとどまらず世界の子育てにおいても大きな意義を持つことは間違いない。