厚生労働省の平成28年(2016)「国民健康・栄養調査」によれば、「糖尿病が強く疑われる者」「糖尿病の可能性を否定できない者」それぞれが約1,000万人いると推定されているという。現在、糖尿病は日本のみならず世界の人々が直面する深刻な疾患の一つであり、これ以上の増加を食い止める予防医療や治療法、医薬品が研究されている。そのような中、立命館大学 生命科学部の向英里教授らの研究グループは、ゴーヤに含まれる複数の成分が、血糖値を下げるさまざまな効果をもたらすことを解明した。
● 糖尿病はなぜ怖い?
● 東南アジアの民間療法に使われてきた「ゴーヤ」
● ゴーヤ効果①「膵臓からのインスリン分泌を増やす」
● ゴーヤ効果②「肝臓でのインスリン感受性を上げる」
● ゴーヤ効果③「肝臓が糖を作り出す効果を抑制する」
● 血糖値に効く、オススメの食べ方とは?
糖尿病は「血糖値が高い」だけではない! 全身を蝕む怖い事実
ゴーヤの糖尿病予防効果を解説する前に、そもそも糖尿病の“何が怖いのか”をあらためて向教授に聞いた。
「糖尿病とは高血糖状態のことを言います。血糖値が高いだけでは自覚症状はなく、気づかずに糖尿病が進行してしまうというケースに注意しないといけません。
病気が進行してくると、『非常に喉が渇く』『痩せてくる』という症状が出てくることがあります。この原因としては、血液中に必要以上のグルコース(ブドウ糖)が含まれるようになるために、浸透圧の問題で体が水を求めて喉が渇くことが考えられます。また、グルコースが臓器に取り込まれずに血液中にずっと存在している状態なので、さまざまな臓器のエネルギーが枯渇してきます。その結果、最終的に痩せていくと考えられています」(向教授、以下同じ)
これらは糖尿病の代表的な症状だが、この病気の怖さはもちろんそれだけではない。
「糖尿病は、必要以上の濃度の甘いどろっとした血液がずっと循環している状況ともいえます。血管においても『糖化』という作用が起きて、いろいろな血管の構造を壊していってしまうのです。はじめにダメージを受けるのは毛細血管。網膜や腎臓など、毛細血管が張り巡らされた組織に深刻な影響が出てきます。高血糖状態が5年〜10年続くと、糖尿病の三大合併症といわれる網膜症、腎症、神経障害が発症するのはそのためです。
もちろん、毛細血管だけではなく、大きな血管もダメージを受け続けますので、心疾患や脳血管疾患のリスクも高まってきます」
体をめぐる“高血糖の血液”が、全身を蝕んでいく病。それが糖尿病といえるだろう。
糖尿病にはゴーヤ!? 東南アジアの民間療法にヒントがあった
向教授らが注目したのは、東南アジアで昔から「抗糖尿病薬」として使われてきたゴーヤだ。現地では民間療法のような形で実践されてきた治療だが、どうして抗糖尿病効果がもたらされるのかというメカニズムは明らかにされてこなかった。
このメカニズムを解明することで、ゴーヤの治療への活用はもちろん、新たな治療法や治療薬の開発につながる可能性がある。
「抗糖尿病効果を検証するときは、例えばゴーヤの抽出液をマウス・ラットに数週間〜数カ月間ほど与え、変化を見ていきます。ところが、我々の研究では実験中の1時間とか30分前に与えるといった極めて短い時間でも、ゴーヤ抽出液を与えた群と与えていない群で、変化が観察されました。ゴーヤには非常に急性的な改善効果があることが、明らかになりました」
糖尿病の予防・治療にとって、大きな光明となる可能性があるゴーヤ。ここからは、向教授らの研究で確認された、ゴーヤの効果を紹介していこう。
ゴーヤ効果①「膵臓からのインスリン分泌を増やす」
「実際に膵臓のβ細胞にゴーヤの抽出物を与えると、明らかにインスリン分泌を増やしました。正常なモデル動物でも急性的に血糖値を抑制する効果があり、それはβ細胞からのインスリン分泌を増やして起きることを確認しました。
これは、ゴーヤ抽出物の中の脂溶性(油脂やアルコールに溶ける性質)成分によってもたらされることがわかっています」
ゴーヤ効果②「肝臓でのインスリン感受性を上げる」
「膵臓だけでなく、インスリンが主に作用する肝臓や筋肉・脂肪組織にも影響がないのかを調べてみると、まず肝臓でインスリン感受性を上げる効果があることがわかりました。インスリン感受性を上げるというのは、最終的に糖の取り込みを増やす効果で、血糖値を下げることにつながります。
我々の研究では、肝臓だけではなくて筋肉や脂肪組織でもインスリン感受性を上げることが認められています」
ゴーヤ効果③ 「肝臓が糖を作り出す効果を抑制する」
肝臓はグルコースを取り込んで、グリコーゲンという非常に長い炭水化物の状態で蓄えておく働きがある。これは、空腹あるいは飢餓状態のときに低血糖にならないよう、肝臓に糖を溜めておき、血糖値が下がってきたときにグルコースを放出することで血糖値を維持するためだ。
「血糖値が高いときは、本来肝臓は糖を放出しませんが、糖尿病患者では肝臓からの糖の放出が増えていることがわかっています。この糖を作り出す作用を『糖新生』といいますが、ここにもゴーヤの効果がありました。肝臓での糖新生を抑制する効果が認められたのです。
効果①②については、脂溶性成分の効果であることがわかりましたが、この③については水溶性成分でのみ効果が見られました。
研究を通じて、ゴーヤは、血糖値を制御するさまざまな部分に効くことが確認されました。まだ効果のある成分の同定には至っていませんが、おそらくゴーヤには、複数の成分で複合的に血糖値を制御する効果があるだろうと考えています」
予防にも治療にも効く ゴーヤの耐糖尿病効果を最大限に活かすには?
東南アジアでの民間療法の効果を裏付けることになった、今回の向教授らの研究成果。即効性がある上に、複数の成分がさまざまな臓器に効果を発揮するとあって、ゴーヤの需要はますます高まりそうだ。
では、ゴーヤの持つ脂溶性・水溶性の複数の成分を効果的に摂取するにはどうすればいいだろうか。
「生のジュースでゴーヤを摂るというのは、なかなか日本人には向いてないので、加熱していただくのがいいと思います。苦味成分を抑えるためにゴーヤを水にさらすと思いますが、水溶性成分にも糖新生を抑える効果があるので、水にさらす時間をできるだけ減らしてもらう、できるだけ苦味を味わって食べられる工夫をしていただくのがおすすめです」
向教授によれば、ゴーヤに含まれる成分による血糖値への効果は、糖尿病の患者はもちろんのこと、「予防効果としてのゴーヤという食材の可能性に期待している」という。最近では、糖尿病と診断されていなくても食後の高血糖を抑えることが望ましいことがわかってきている。食後高血糖は、糖尿病だけではなく、アルツハイマー型認知症や癌など、いろいろな病気を引き起こす可能性があるためだ。
ゴーヤを食事に取り入れて血糖値の上昇を抑えることで、糖尿病になりにくい生活習慣を取り入れてみてはいかがだろうか。
向英里
京都府立大学農学部を卒業後、より生体機能について研究したいと考え、京都大学大学院人間環境学研究科修士課程、同大学院医学研究科博士課程に進学し、博士(医学)を取得。ポスドク研究員などを経て、千葉大学大学院医学研究院の講師に着任。2016年度より立命館大学生命科学部准教授に着任し、2022年度より現職に就任。大学院時代より、膵臓β細胞の研究を専門に、糖尿病の障害メカニズムの解明および治療の可能性について研究している。