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観光を考えるなら、サステイナビリティへの理解と実践力が必須の時代が来た

2024年4月4日


観光を考えるなら、サステイナビリティへの理解と実践力が必須の時代が来た

立命館アジア太平洋大学(APU)は、2023年4月に新学部「サステイナビリティ観光学部」を開設した。サステイナビリティ(持続可能性)と観光は一見、直接関連しないように思う方も多いかもしれないが、実は地域や国が未来に向けて“成り立ち続けて”いくために、極めて密接な関係を持つという。

>>> 関連記事を読む 「国内最大級の木造学舎「グリーンコモンズ」から考えるサステイナビリティ」

〈この記事のポイント〉
● サステイナビリティ=日常、観光=非日常?
● 日常と非日常をバランスさせることが重要
● 「アカデミックプラクティショナー」とは
● 現場を知り、実践できる学生が地域に居るということ

「サステイナビリティ」と「観光」の関係 サステイナビリティは日常に紐付く

サステイナビリティと観光。はじめに、これらがどのように“つながる”かを把握しておきたい。APU サステイナビリティ観光学部で、環境経済学、環境政策などを専門とする須藤智徳教授に聞いた。

「まず、サステイナビリティについて考えてみましょう。
今、世の中でよく目にするSDGs(持続可能な開発目標)は、【環境】の持続性ということはもちろんですが、それだけではありませんね。【経済】や【社会】を包めた3つのバランスが取れた状態で日常生活が営まれていてはじめて、『我々の生活が持続可能なものになっていく』という考え方です。そして、その生活が未来永劫にわたって続いていくように努力すべきだというメッセージでもあります。
ただ、もちろん未来の世代の人たちが、どんなニーズを持っているのかは分からないので、我々の生活を継承していきながらも、将来の世代の人たちが自分たちの生活をちゃんと『成り立たせていけるように』、環境・経済・社会をしっかりと残していこうという考え方なのです。言い方を変えれば、『サステイナビリティは日常にフォーカスしている』ともいえるでしょう」(須藤教授、以下同じ)

APU サステイナビリティ観光学部 須藤智徳教授
立命館アジア太平洋大学(APU)サステイナビリティ観光学部 須藤智徳教授

観光がもつ「非日常」という側面を、いかにバランスさせるか?

一方、観光客の視点で考えるとき、観光においては言うまでもなく「非日常」が大きな価値を持つ。

「例えば京都を考えたとき、東京にはない、あるいは海外にはない魅力があるからこそ、人々はわざわざ旅費を払って京都に行くわけです。つまり、日常生活の持続可能な開発や持続可能な社会という価値観と、観光という価値観にはギャップがあります。
例えば京都でも、『観光客はたくさん来る。だけど、それによって日常が奪われる』といった、いわゆる観光公害のようなことが起こっています。そうすると、観光資源を生かしていくことは大事だけれども、同時に非日常と日常(サステイナビリティ)をどうバランスさせていくのかということが、地域社会を持続させていく上でも非常に重要になるのです。これは、日本だけの問題ではなく、世界のすべての国々が同じような課題を持っているといえます」

「サステイナビリティ」と「観光」の関係

ある意味で相反するようにみえながら、互いに密接に関わるサステイナビリティと観光。世界が共通の課題を持っているいま、その両者の専門性を同時に有する人材が求められているのだ。

「サステイナビリティ観光」という分野・専門家が担うべき“実践力”

「今後、単に観光だけを学ぶ、もしくは単にサステイナビリティだけを学ぶのではなく、その両面を融合した形で考えていくことが重要になります。サステイナビリティ観光学部では【日常】としての持続可能な開発・環境、資源や国際開発、経済や社会などをバランス良く学んでいきます。そして同時に、観光学としてホスピタリティや観光産業で【非日常】の価値についても深掘りしていく。
さらに、その中間点に当たるもの、お互いに共通する分野を学ぶことが極めて大切です。例えば地域づくりや、社会課題を解決するための社会起業、分析ツールとしてのデータサイエンスなどの学びがそれに当たります」

サステイナビリティ観光学部の専門科目群

「そして、新学部の大きなコンセプトとしているのが『アカデミックプラクティショナーの育成』、つまり実践できる人材を輩出する学部であれ、ということです。
大学で授業を受けているだけでは身に付かないし、学んだことを実践につなげていけない。アカデミックなナレッジを持ちながらも、そのナレッジを実践に活用できるようになることで、社会貢献を果たせるような学生を育てていきたいという思いがあります。
教室での講義とともに、現場での実践としてのフィールドスタディやインターンシップを組み合わせていく。学校で学んだ理論が現場でどう使われているのか、あるいは使えないのか。現場で学んできたことが理論に照らすとどうなのか。それらを往復しながら学ぶことによって、日常と非日常のバランスを取りながら、よりサステイナブルなソリューションを社会に提案していける人材を育成したいと考えています」

観光産業が主軸の別府にAPUがあるメリット

APUは別府市中心部から10kmほど離れた、市街地を見おろす高台に立地する。その別府市もまた観光を主産業にしている都市であり、観光地のサステイナビリティという面でも、多くの課題に直面している。

「別府、そして大分県内も、新型コロナの影響で大きなダメージを受けました。別府は経済のうちの約9割近くが観光業に依存している状態です。そうすると観光客が来なくなった途端に経済が急激に疲弊する状態になってしまった。観光が落ち込むことによって、日常のサステイナビリティが脅かされるという現実が実際起こってしまいました。
また、前職のJICA(国際協力機構)では、アフリカなどの開発途上国を見ている中で、モノカルチャー的な地域・国がある場合、その主要産業がダメージを受けると、その国全体がダメージを受けるケースも間近に見てきました。多様な産業や多様な経済・社会の活動がサステイナビリティにおいて極めて重要な意味を持つということは、私自身の実践の中からも見えてきている部分です。それらも含めて学生たちに伝えながら、学生たちには現場で起きていることを見て、体験してほしいのです。

別府という小さな町には、APUを含め約9,000人の学生が住んでいます。人口規模10万人弱の町に9,000人の学生がいるということは、大きなインパクトだと思います。サステイナビリティ観光学部はもちろん、APU全体として別府へ、大分へ、さらに日本・世界に向けて、どう貢献していくかが問われています。研究の発信や教育とともに、我々が目指す『アカデミックプラクティショナー』を育成していく中で、社会といかにつながっていくかということが大きな課題だと認識しています」

持続可能な未来を指向する上で、観光という視点の重要性はますます高まっている。APUが打ち出した新しい価値が、どのような形で社会実装され、サステイナビリティに貢献していくかが期待される。
一方、APUのサステイナビリティ観光学部の開設と同時に完成した新教学棟「グリーンコモンズ」もまた、その精神を色濃く反映した、極めて画期的な“木造校舎”として注目を集めている。こちらについては、別記事で紹介させていただくことにしよう。

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APU サステイナビリティ観光学部 須藤智徳教授

須藤智徳

大学卒業後民間銀行勤務を経て、海外経済協力基金(現JICA)入職、バングラデシュ等への円借款、気候変動対策、援助協調を担当、また民間セクター専門官としてアフリカ開発銀行に出向。2015年APUに着任、2023年より現職。OECD/DAC環境と開発協力ネットワーク(ENVIRONET)副議長を併任。

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