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連載「メタバースとは」vol.4 気付きと協調が高める学習効果/メタ認知の可能性

2023年5月11日


連載「メタバースとは」vol.4 気付きと協調が高める学習効果/メタ認知の可能性

2021年、FacebookがMetaに社名変更をしたことで改めて注目を集めた「メタバース」。一般的には、VR空間における仮想世界といったイメージで語られることが多いメタバースだが、そのイメージは漠然としている。本連載では、メタバースの基礎知識を、ゲームやアーカイブ、AI、教育といったテーマで、アカデミックに解説していく。
第4回は、立命館大学政策科学部の稲葉光行教授に、メタバースでのコミュニケーションがもたらす学習効果について聞いた。

〈この記事のポイント〉
● メタバースで日本人と留学生が共に学ぶと何が起こる?
● “気づき”が重なり、想定外の学びに育っていく
● メタバースだからこそ「体験が拡張」できる
● メタ認知を現実世界(ユニバース)にフィードバックする

メタバース空間の「神社」で、日本人と留学生がコミュニケーションすると?

ゲームの社会的・教育的応用可能性を研究する稲葉教授は、メタバース空間を使った学習プログラムにも、長年注目してきた。
まずは、教授が実際に作ったゲームのひとつ「神社参拝ゲーム」を紹介しよう。

「SecondLife」上に構築された神社
「SecondLife」上に構築された神社

「これは、簡単に言ってしまうと『神社の参拝の仕方を仮想空間で学ぶだけ』のゲームです。メタバース空間でいろいろと対話したり、クイズを解いたりしている間に、日本文化を外国人留学生が学ぶということができないかというのがプロジェクトのスタートでした。
コミュニケーションを通じて、日本人が何を大事にしていて、どういう価値観を持っているのか、といったことを留学生が対話しながら学んでいくことを意図したゲームで、表向きはシンプルな空間に過ぎません。

しかし、実際に複数の生徒たちがこの空間でゲームをしながらコミュニケーションすると、さまざまな“化学反応”が起こることがわかりました。ポイントは必ず『知識差がある人』、具体的にいえば、日本人と外国人留学生が一緒にゲームを遊ぶことです」(稲葉教授、以下同じ)

メタバースが生む「気付き」が、互いに学び合う空間を作り出す

日本文化をベースにした「神社参拝ゲーム」。当然のことながら、日本人の側が“教える”立場として振る舞うことが前提になる。では実際に、ゲームの参加者にどんな化学反応が起こったのだろうか?

参拝の作法を学べる「神社参拝ゲーム」
参拝の作法を学べる「神社参拝ゲーム」

「あるとき、日本史の博士号を取った若手研究者と台湾の留学生がペアで神社ゲームをやりました。『鳥居のどこをくぐりますか』というクイズに対して、台湾の大学生が『どこでしょう。分からない。真ん中ですかね』と言ったら、若手研究者が「真ん中だよ」とちょっと偉そうに答えたのですが、それは間違いだったんです(笑)。この若手研究者は、日本人でありながら日本についてのクイズを間違えて照れくさそうにしていましたが、それからは、二人で一緒にニコニコしながらクイズに取り組んでいきました。
私はここで、日本人の伝統文化への知識不足というよりも、この“間違い”のあとでお互い勉強し合う状況が発生したことが重要だと考えました。単にメタバース空間の中で知識を学ぶだけではなく、コミュニケーションを通じて、もっと広く、社会的に意味のあるやり取りがどんどん起きてきたのです。
日本人と韓国人のペアのときは、『鳥居の色はなぜ赤いか』というクイズで、ちょっと面白いエピソードがありました。『魔除けの色』という答えは、日本人でも知らなかった知識だったのですが、韓国人が『そういえば韓国でも赤は魔除けの色だ』と教えてくれたんです。
そこから『じゃあ、東アジア全般がそうなのかも』といって、即興的に会話がどんどん展開しました。共通理解が次々と生まれ、元々設計・想定した知識を伝える学習を超えた学びが生まれたのです

ゲームを進める中で、神社についての知識はもちろん身につく。しかしそれ以上に、参加した人たち同士が、互いの文化や考え方に気付き、新しい価値観を構築するきっかけになっていることがわかる。

立命館大学政策科学部の稲葉光行教授
立命館大学政策科学部の稲葉光行教授

「教えられるのではなくて“気づく”こと。対話の中で気づいたり発見したりすることを、いろいろなパターンで体験してもらう設計にすることが重要です。必ずメタバースを媒介にして会話すること、必ず知識差がある異質の人とペアでやること、というルールはあります。しかし、そこでの会話は自由にしてもらう。
それによって、本当にその人たちの組み合わせならではの話題が出てきたり、いろいろな問題が起きて解決することで凄く仲良くなったり、新たな気づきが生まれたりする。そういう即興的な学びを起こすために、メタバース空間は非常に大きな可能性を秘めていると感じています」

メタバースだからこそ学べるもの お茶会で「体験を拡張する」とは?

気になるのは、「必ずメタバース空間を媒介にして行う」というルールだ。例えば、神社参拝をテーマにするなら、実際に神社を訪れて行うこともできる。メタバースだからこそ生まれるメリットはどこにあるのだろうか?

「プロジェクトに参加した中国からの留学生の発案で、『バーチャル茶会』をやったことがあります。茶室について調べて、自ら仮想空間に茶室を作り、みんなで彼の茶室を訪ねたのです。
アバターで訪問するのですが、現実世界では、目の前に本物のお茶と本物の和菓子を置きます。茶道の作法に沿った順番を説明し、お茶を飲むときは『お点前頂戴いたします』と言う練習などをしました。ただ、茶道の先生からすれば行儀はよくなかったと思いますが、とにかく自由に会話を楽しめる、ある意味では本来あるべき「お茶会」になりました(笑)。

バーチャル茶会
左:バーチャル茶室の内部とクイズ
右:バーチャル茶会の様子(仮想空間)
バーチャル茶会
バーチャル茶会の様子(現実空間)

そして、留学生の一人が言ったのです。『以前、実際に参加した茶会は全然面白くなかった。しゃべってはいけないし、マナーが厳し過ぎてみんな黙っているし、気軽においしいと言ってもいけない。日本人は何でこんな面白くないことをやっているんだろうという気がしていた。でも、バーチャルの世界で自由にいろいろとできることで、お茶会ってこんなに楽しいものだったのかと初めて分かりました』と。
メタバースという場だからこそ、『言われてみれば確かに面白くないかも』『外国人にはこの辺が分からないかも』ということが初めてありありと分かる経験でした」

メタバースが現実の完全なコピーではないからこそ、ルールや先入観から自由な「拡張した体験」が生まれるのだ。

メタバースは、認知活動そのものを振り返る「メタ認知」を促す

「神社参拝ゲーム」や「バーチャル茶会」で、参加者たちが得た“気づき”。それは、稲葉教授自身がメタバースを定義するポイントとも重なる。

「ネットゲームではなく、あえてメタバースと表現しているのは、今の我々の現実世界(ユニバース)があって、『そのメタ的な世界』という意味でのメタバースだというのが私自身の解釈です
認知科学の世界で『メタ認知』という言葉があります。例えば数学の問題を解いたりするのは認知活動です。一方、メタ認知というのは『こういう解き方だったら効率良く解けるのではないか』『昔、ここで失敗したから、これを避けてこっちでやろう』という、認知活動そのものを振り返って調整していく働きを指します
現実世界でできないこと、あるいは現実世界でもできるけれど、違う形で実現される空間を体験することで、現実世界そのものを振り返るきっかけにもなり得る。それこそがメタバースの可能性ではないかと考えています」

稲葉教授が指摘する「メタ認知」的なコミュニケーションは、Minecraftを使って日中韓の学生が共同で制作した「東海道五十三次の宿場町」でも垣間見えたという。

Minecraftを使って日中韓の学生が共同で制作した「東海道五十三次の宿場町」
Minecraftを使って日中韓の学生が共同で制作した「東海道五十三次の宿場町」

「ある時、共同作業がうまくできていないと思った一人が、バーチャルな宿場町の中に、江戸時代にはあり得なかったような掲示板を立てて、メンバーや他のグループとメッセージ交換をし始めました。メタバースで世界ができていく時、自分たちで新たなルールを作るというフェーズが現れます
空間やルールを自分たちで作った場合、それをみんなが使ってくれれば成長するし、使われなければ衰退していきます。メンバーは、現実世界では違う国のバックグラウンドを持っていますが、メタバースの中で新たな共通理解を積み重ねていくことができる。これは、国境を超えたルール作りができることを意味しています

メタバースが促す「メタ認知」が、現実世界(ユニバース)での共通認識を拡張していく。その働きは、これからの世界にとって、十分にポジティブな力を持つものといえるだろう。

立命館大学政策科学部の稲葉光行教授

稲葉光行

ハワイ大学大学院情報・計算機科学専攻修了。富士通とハワイ大学で約10年間、人間と会話ができるAIの研究開発に従事。その後、カリフォルニア大学サン・ディエゴ校の文化心理学者マイケル・コール教授が主催する「第五次元プロジェクト」への参加をきっかけに、文化や言語の学習においてゲームや遊びが大きな可能性を持っていることを知る。2010年から、メタバースやシリアスゲームを用いた日本文化学習支援のプロジェクトを開始。

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