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「架空の国際会議」でリアルな交渉。グローバルな問題解決力を育てるGSGとは?

2021年4月15日




グローバル・シミュレーション・ゲーミング(GSG)は、国際的な情報の収集や処理に関するリテラシーや、コミュニケーション力などを養うことを目的とした教育プログラムだ。今日の複雑化する国際社会においてGSGを学ぶ意味。そして、GSGが果たす役割とは?

現実の国際社会を踏まえながら、GSGは現実を超えることも可能

話を伺ったのは、長らく国際条約交渉の研究とGSGの指導を行ってきた立命館大学国際関係学部の西村智朗教授だ。国際関係学部ではGSGが創立以来の名物授業となっていることからも、同学部がGSGの教育的効果を大きく評価していることがわかる。

GSGは、参加者全員がそれぞれのアクター(国際関係における主体)になって、国際政治や国際経済の動きの中で、課題設定、政策立案、交渉、政策行使という一連のプロセスを擬似的に体験するもの。バーチャルリアリティゲーミングのひとつということができる。

「たとえば日本やアメリカ、国際連合といったアクターでは、5人前後のメンバーが集まって、ひとつのチームになります。そのアクターの中で、アメリカであれば大統領や国務長官、国際機関であれば事務総長といったように、5人のチームであれば、5人分の役割を決め、協力して行動計画を作成します。そして、計画を実行に移すために、関係する他のアクターに呼びかけて交渉します。国家アクターであれば、国家予算、産業構造、友好国関係などの自国の現状を確認して行動計画を作成し、どのように行動するかを検討します。その上で必要に応じて、国際機関や企業・NGOなどの他のアクターと交渉することになるわけです」(西村教授、以下同)

GSGに参加する学生は、それぞれが属するアクターの背景や、割り当てられた役割を調べ、自分ごと化しながら、自らの主張を構築していく。リアルなテーマを扱うわけだが、学生自身の価値観や文化的な背景などが影響して、交渉や議論の結果は変化に富んだものになるという。

「自分たちのアクターを、仮にASEAN加盟国とすると、ASEANの地域の中で、仲のよい国、敵対している国、経済的に非常に密接な関係にある国などを調べ、その現実を踏まえながら、必要な交渉や議論をします。しかし、現実の世界では仲の悪い国でも、シミュレーションでは『交渉して仲よくやっていこう』という選択も、自由にできることになっています。現実の世界をベースにしますが、学生自身の考えによって、それを越えていくことも可能なのです」

国際社会やビジネスの世界で活躍するために、身につけたい交渉力

自分とは異なる立場、異なる主張を「自分ごと化」して交渉するという経験は、グローバル人材の育成という面では欠かせない。一方、GSGの経験が、社会人としても役に立つという手応えを感じている学生もいるそうだ。

「GSGでは、これまで挨拶もしたことのない相手と交渉しなければならないことがあります。敵対する国や仲の悪い国を相手する場合でも、『相手に同意はできないが、主張は理解できる』という姿勢でないと、課題の解決にはつながらないでしょう。相手を知り、自らの意見を理解してもらい、妥協点を探し出して合意するという一連のプロセスは、国際社会で活躍していく上で、必ず役立つ体験となるはずです。ビジネスの世界でも必要になるに違いありません」

GSGについて学生にヒアリングをすると、ただ黙って聞いている講義ではなく、自分たちで主体的に調べて、そして自分たちで活動するというスタイルを評価するという意見が多く聞かれるという。
最近は高校の授業において、模擬国連のようなシミュレーションの授業や、アクティブラーニングなども取り入れられている。GSGは、そのようなエキサイティングな授業を、よりアカデミックな形で体験できる場となっている。
なお、GSGでは、日本語と英語が公用語とされており、国連総会など、多数のアクターが参加する場面では英語による発言や交渉が積極的におこなわれている。多くのアクターが参加する国際会議や、留学生などとの交渉では、英語でのコミュニケーション能力が必須となる

さまざまな教育への「シミュレーション・ゲーミング」の可能性

一般的な講義では、知識を受動的に入手することで終わってしまいがちだが、GSGではインプットした知識を活用し、現代社会の課題に当てはめる作業や、アウトプットする作業を経験できる。GSGのようなリアルな「シミュレーション・ゲーミング」は、さまざまな教育の現場への応用も考えられるだろう。

2018年度のGSGの様子

「学生はGSGにおいて、主体的かつ動態的に学ぶ重要性を理解していきます。『あなたが大統領だったら、この課題をどう解決しますか』とか『どういうアプローチを取りますか』というような設問と、それに対する回答を常に求められます。こうした課題設定型の教育は、他の授業でも活用できるのではないでしょうか。
たとえば法学部なら模擬裁判などが考えられますし、経済学部でも、さまざまな経済状況を設定して、シミュレーションするといった授業はあり得ると思います。
GSGでは目標を達成できないというシーンも頻繁に出てきます。ただ、交渉失敗までのプロセスを通して、自分の主張を理解してもらえないという現実、そこでの交渉の難しさを体験することも、通常の授業ではなかなか得られないものです。学生にとっては、プロセスを体験する、あるいは楽しむということが重要ですから、『勝ち負けは重要ではない』ということを伝えるようにしています」

対立の構図が目立つ最近の国際社会で、学ぶ必要性を増すGSG

GSGの他の授業への応用が考えられる中で、西村教授は、現在のGSGは完成形ではなく、今後もよりよいものを目指した取り組みが続くと言う。

「現在のGSGは完成形ではなく、試行錯誤が続く発展途上の授業といえます。そもそもGSGには統一のルールもなく、成功の方程式もないので、実施するたびに微調整が必要です。それもまた、GSGらしいといえるかもしれませんが、学生がより楽しめて、かつ役に立つことが必要です。そのために、シミュレーションを使った教育に関する学会や、同様の授業を行っている他の教育者などとの連携も図っていきたいと考えています」

アメリカ大統領選挙に代表されるように、最近の国際社会では対立の構図が目立つ。そこで、対立する相手の主張を一切認めないとなると、対立はいつまでも解けないことになる。お互いの意見を整理し、相違点について、交渉することによって妥協点を見出すという作業は、現実の社会では今後、より重要性を増すだろう。GSGは、そのトレーニングをアカデミックなレベルで行うものであり、大学教育にとっても非常に重要な取り組みといえそうだ。

西村智朗

名古屋大学法学部卒業。 名古屋大学法学研究科博士前期課程修了。三重大学人文学部助教授を経て、2007年立命館大学に着任。現在は国際関係学部教授を務める。専門は国際法学、国際環境法。京都議定書や生物多様性条約といった多数国間環境協定における法システムを研究しており、現在の研究テーマは持続可能な発展に関する国際法など。

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