前編では、次世代タンパク質産業が、欧米では地球環境への罪悪感を原動力として発展した背景を軸に、培養肉・代替肉のイメージ改善や、昆虫食の活用などに触れた。後編では、日本における次世代タンパク質産業と、その対立軸で語られる従来の畜産業の未来について、同じく立命館大学食マネジメント学部の和田有史教授と、同学部の客員教授で元農林水産相畜産部長で畜産環境整備機構副理事長でもある原田英男教授に引き続き語っていただく。
日本の次世代タンパク質産業 必要なのは“インパクト”
最近では日本でも、農林水産省が次世代タンパク質産業を推進しようと「フードテック研究会」を立ち上げ、食品企業や各研究機関、関係省庁との情報交換を行うなどの活動が始まっている。
和田:農林水産省も最近は次世代タンパク質をフードテックのひとつと捉えて、発展させていこうとする動きはありますよね。ただ、海外は各企業が高い技術力で次世代タンパク質を開発し、商品化が進んでいるのに対し、日本は国の政策もしっかりできておらず、企業もお互いの様子を見ながらやっているように見受けられます。次世代タンパク質の開発に関する国の政策や方針についてはどのように考えていますか?
原田:海外の場合は、スタートアップ企業が非常に突き抜けた発想で、「理念を実現する」という強い思いから開発を進めています。それらの企業に、業界全体が牽引されているような印象です。
一方日本では、昔から大豆タンパクを食べる文化が高度に発達しているので、大豆や豆腐で植物性タンパク質を摂取してきている。大豆ミートも単なる健康食品のひとつとして商品開発をしているような印象で、大豆タンパクを「肉と間違うほどの食材として食べてもらう」という感じではない。インパクトのある開発が進まない中で、政府がいくらプラットフォームを作っても情報交換程度で終わってしまう。あとは、輸入した大豆を使って大豆タンパクを開発している以上、日本の農業政策にはなり得ないという問題もありますね。
和田:それでは自給率も上がりませんね。
原田:もし自給率を上げることを本気で目指すなら、「一貫性大豆タンパク」の開発をぜひやってほしいですね。メーカーが日本の畑で大豆を作って、その大豆で大豆ミートを作って、それを商品化する。それくらいインパクトのある商品開発をしてくれれば、国の農業政策になれるかもしれません。
和田:政策に明確な方向性がない中で、企業も硬直化してしまっている感じがしますね。インスタントラーメンの「謎肉」でも話題の大豆ミートを作っているメーカーさんなどは、高い技術力もあるので、他の企業を牽引してくれるのではないかとも思うのですが。
では、技術的な部分に関しては、日本は欧米と比較してどうでしょうか。今後突き抜けていくような展望はありますか?
原田:植物性タンパク質については日本はむしろ伝統があるので、技術的な問題はないと思います。ただ、やはり商品化するときのインパクトを作り出すのは難しいでしょうね。豆腐や湯葉で慣れてしまっているので、お肉と置き換えるだけではインパクトに欠けてしまいます。
培養肉に関しては、東京大学の竹内昌治先生がステーキ肉を目指して三次元構造の筋肉を作っていますよね。竹内先生は筋肉の繊維状の組織(サルコメア)を生成するところまで来ていますが、本物の肉の構造や脂をどう入れ込んでいくかを考えると、まだ時間はかかりそうです。
植物タンパク先進国の日本 高機能な“ハイパーミート”に期待
海外企業がインパクトのある商品開発を行なっている一方で、豆腐などの植物性タンパク質に馴染みがある分、商品に目新しさやインパクトを出しにくい日本の次世代タンパク質産業。しかし、原田教授と和田教授は「機能性の分野で新たな価値を持った商品を生み出せるはず」と期待を寄せる。
原田:植物性タンパク質は、日本人は今までうまく利用してきました。そこに新たな技術を使えば、もっと良いものにしていけると思っています。普通のお肉には足りない栄養や機能性を付与して、植物性タンパク質でより良いものやハイパーミートを作っていくというのはできると思いますし、夢のある話ではないでしょうか。
和田:機能性の話で言うと、食の機能には3つあって、一次機能が脂質や糖質、ビタミンなどの栄養に関わる機能、二次機能が美味しさなどの嗜好に関わる機能、三次機能が生体調整機能。生体調整機能とは、老化防止や疾患の予防など、いわゆる機能性食品や特定保健用食品に表示されているような機能のことで、日本の農水省は特にこの三次機能の研究が得意なんです。そこを狙っていけば海外にも引けを取らない新しい食の開発ができそうですよね。
新食品の開発には植物性タンパク質先進国である日本ならではのハードルもある。ステーキやハンバーグだけでなく、しゃぶしゃぶ、すき焼きなど日本にあるさまざまな肉料理の中で植物性タンパク質をどのように使いこなしていくか、各企業で知恵をしぼる必要がありそうだ。
次世代タンパク質産業と畜産業は共存できる
技術が進み新しい食文化の誕生に期待が寄せられる次世代タンパク質。しかし、そこで心配されるのが、次世代タンパク質と対立軸で語られる従来の畜産業だ。次世代タンパク質なら、家畜の飼育のために費やされる膨大な量の穀物も、森林伐採も必要もなく、動物の命を犠牲にすることもない。このまま次世代タンパク質が定着すれば、従来の畜産業は斜陽産業となってしまうのだろうか。
和田:次世代タンパク質産業が取り上げられると、現状の畜産業の問題点を列挙し、まるで新しい産業によって従来の畜産業をなくそうとしているような論調になるイメージがあります。畜産業の問題も解決しつつ、共存していく方向に行くべきだと思うのですが、そのあたりはどうお考えですか?
原田:まずは従来の畜産の生産方法を変えていくことは必須だと思います。例えば、家畜を快適な環境下で飼育する「アニマルウェルフェア」、食品廃棄物を飼料として使う「エコフィード」など、動物や環境に配慮した倫理的な畜産の取り組みはすでに始まっていますし、それはしっかりやっていかないといけない。その取り組みを十分にやった上で、ノンミートの世界とどう戦っていくかが畜産生産者にとってのこれからの課題ではないでしょうか。
ただ、培養肉や植物性タンパク質を取り上げるとどうしても「畜産には問題があるから」という意見に偏ってしまいますが、僕は共存できると思うんです。消費者の好みは色々あるわけですから、それにどう対応していくかという意味では、選択肢は多い方がいい。脂っこいお肉が好きな人もいれば、ヘルシーなお肉を好む人、植物性タンパク質で十分という人もいて、それぞれのニーズに対応する方法にはいろいろな可能性があると思います。特に食に関して思想が介入することの少ない日本では、もう少しお互いの嗜好を尊重し合いながら好きな食事を楽しめる社会が作れると思います。
新しい産業が旧来の産業を後退させるのではなく、かけ合わされることで私たちに豊かな選択肢と食生活を与えてくれる。伝統の食文化で築き上げられた植物性タンパク質先進国・日本の次世代タンパク質開発が、今後新たな食の価値を生み出し、私たちに嗜好性と機能性の面で新しい選択肢を提供してくれることを期待したい。