タイトル画像は、漫画『宇宙兄弟』の作中で国際宇宙ステーションの空気漏れを探すためにピンポン玉を使用するシーンだ。「穴が開いている=吸い込まれる、何か軽くて浮くモノを浮かせて吸い込ませる=ピンポン玉を使う」という発想力が描かれている。この『宇宙兄弟』の技術監修を手がける山方健士氏と、立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科(MOT)の湊宣明教授の共著が、『リ・デザイン思考法 宇宙開発から生まれた発想ツール』(実務教育出版)だ。
革新的なアイデアが生み出せない、なかなか形にならないとお悩みのビジネスパーソンも多いと思われるが、湊教授は「製品やサービスにつながるアイデアは偶然ひらめくものではなく、思考力を発揮した結果として生み出されるもの」と指摘する。
●「思考力の優れている人」に共通する3つの特徴とは?
● 革新的なアイデアは、偶然ひらめくものではない
● 正しさと豊かさで、頭の使い方を切り替えろ
● ジェネラリストに求められる思考力とは何か?
「ひらめく人」の特徴① 自分で考えるクセ
リ・デザイン思考による「頭の使い方」を紹介する前に、「発想」と「思考」は似て非なるものであることを理解しておきたい。湊教授によれば「発想は瞬間のひらめき、思考は時間をかけた組み立て」であるとのこと。「たとえば、動物の絵を描いてください、と言われたときに、何を描くか、すぐ頭に思い浮かべたものがひらめき、発想力です。一方、それを描くために必要な要素を考え、時間をかけて具体的な動物の形に仕上げてしていくのが思考力です。スティーブ・ジョブズのような才能に恵まれた一部の人は、豊かな発想力の結果として生み出されたひらめきを、思考力で形にしていくことができます。しかし、私にはそのような才能はないので、思考力を発揮する過程で優れたアイデアに辿り着くという逆のパターンもあるのではないかと考え、誰にでも使える思考法の研究を進めてきました。」(湊教授)
では、イノベーションを生み出すのに必要な思考力とは、どういうものなのだろうか? 湊教授はイノベーション教育を長年にわたり実践してきた経験から、「優れている人には3つの特徴がある」と言う。
「1つ目の特徴は、『普段から徹底的に自分の頭で考える癖が身に付いている』ことです。
才能やセンスの要素も多少はあると思いますが、最も重要なのは答えを導くために『自分の頭を使って考えてきた経験』です。現代では、インターネットを使えばたいていのことはわかってしまいます。その意味では、自分の頭で考えなくても困ることはないかもしれません。数学界のノーベル賞と呼ばれるフィールズ賞を受賞された広中平佑先生がおっしゃていたのですが、何でもWEB検索に頼ったり、本で読んだ知識の受け売りばかりしていては、常識的なレベルの問題しか解けず、過去に起こったことの再現のような答えしか出てきません。共有された『知識』になっている時点で、それはもう過去のものといえます。
したがって、誰もが驚くような新しいものを生み出すためには、まず『自分の頭で考える』ことが必要なのです。」(湊教授)
この指摘は、「イノベーションを起こす革新的なアイデアは、偶然のひらめきが生むのではなく、“鍛えられた脳の筋力”すなわち、高い思考力こそが生む」ということを意味している。そして、思考力を高めるためには、「自分の頭で考えることを大事にして、普段から自分の頭で考えようという意識を持つことが重要だ」と、湊教授は話す。
「ひらめく人」の特徴② 求められている「正しさ/豊かさ」を見極められる
思考力に優れた人の特徴の2つ目は、「“正しさ”が求められる局面と、“豊かさ”が求められる局面の違いをしっかりと認識して、頭の使い方を分けている」ことだという。
「何か意見やアイデアが求められているとき、結論として正しいと証明することが大事な局面と、そうした正しさはどうでもよく情報量を豊かにすることが大事な局面があります。
思考の正しさが求められているのであれば、関連する多くの情報の中から客観的なエビデンスを選択し、ロジカルに論理を組み立てて、相手を説得するという頭の使い方ができなければなりません。
一方、『みんなで集まって、とにかくいろいろなことを考えてみよう。正解は無いんだ』という局面もあります。そうしたときに求められているのは思考の豊かさで、情報を発散させる頭の使い方が大事になってきます」(湊教授)
「ひらめく人」の特徴③ 意図的に自分を客観視できる
イノベーションを起こす過程では、思考の正しさが大事な局面と豊かさが大事な局面の両方が現れる。その局面の判断と、局面に応じた頭の使い方の切り替えが必要なのだ。そして、思考力に優れた人の特徴の3つ目は、「意図的に自分を離れて物事を考えられる」ことだ。
「自分の頭を使って考えることは大事なのですが、良くも悪くも知識や経験にとらわれて慣性が働きます。結果として、過去の延長線上で物事を考えがちになります。本当に新しいものを生み出していこうと思ったら、自分という存在を一時的に離れて、自分以外の誰かになりきって考えてみることが重要です。私の知り合いの起業家は、気が付いたら人格が入れ替わったかのようにユーザーや顧客になりきって思考していて、何がその人物にとって大事で何が必要ないかを、ごく自然に考えられる人が多いと思います。これは思考環境を強制的に置き換えることで、創造的な思考を誘発できる可能性を示唆しています。」(湊教授)
「ひらめき」に導くために重要な、ジェネラリストの思考力
湊教授は、大学研究者の視点からイノベーションを生み出す思考力について語ってくれた。では、イノベーション創出の現場にいた山方氏は、どう捉えているのだろうか?
山方氏は、宇宙開発のプロジェクトの進められ方を振り返って、次のように話す。
「私が関わっている『宇宙開発』という分野では、“宇宙に関連した”常に新しいチャレンジが求められています。その意味では、宇宙開発そのものがイノベーションの連続と言えるのかもしれません。その業務は、スペシャリストとジェネラリストの協働で進められています。
スペシャリストは本当にその道のプロで、例えば国際宇宙ステーションで実験するための道具を作ろうというときも、要求されることのすべてを満たすための方策を全力で考える人たちです。
それに対しジェネラリストの人たちはそこまで専門家である必要はなく、技術のことをある程度把握しつつ、俯瞰して全体を見ながら考えます。
もちろん宇宙開発においては両者とも欠かせない役割を担っているのですが、特に、巨大なプロジェクトや国際的なプロジェクトでは、私はジェネラリストの役割がより大きくなるのではないかと考えています。
このときのジェネラリストは、例えば『アメリカが何をやっているのか、ロシアはどうか、ヨーロッパはどうか』というところも見ながら日本が優位に立てるであろう領域を探すといった、とても幅広くたくさんの情報を咀嚼していきます。
その上で、最適解を導き出すにはどうすればいいのかを『こういうものがいいんじゃない?』というレベルの漠然としたところから始め、スペシャリストと話し合いを重ねながら、具体的な装置や実験レベルまで落とし込んでいかなければなりません。
この一連の過程の中で、頭の体操として『ああしたらどうか、こうしたらどうか』というたくさんのオプションを出しながら考えていくことが、求められる思考力なのだと思います。ジェネラリストには、情報を解釈する力や、たくさんのオプションを出すための引き出しの多さも不可欠です」
山方氏の指摘は、ビジネスの現場感覚あふれるものだ。その中で「引き出しの多さ」や「たくさんのオプションを出す」といった点がキーワードになるが、そのための力量をどう身に付けていくのかと言えば、湊教授が挙げた「徹底的に自分の頭で考える」ことに帰着するのかもしれない。
後編では、書籍『リ・デザイン思考法』の内容を紐解きながら、イノベーションを生み出す思考法のディテールに迫っていく。ぜひ、併せてご覧いただきたい。
湊宣明
立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科教授。1999年早稲田大学卒業、2007年仏Ecole Superieure de Commerce de Toulouse大学院修了(首席)。博士(システムエンジニアリング学、慶應義塾大学)。
2000年宇宙開発事業団[NASDA](現・宇宙航空研究開発機構[JAXA])入社。国際宇宙ステーション計画、システムズエンジニアリング推進等に従事した後、フランスへ留学。2009年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科助教、2011年同特任准教授。2015年より立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科准教授、2017年同教授。シンガポール国立大学[NUS]客員研究員(2019−2020)
山方健士
JAXAヒューストン駐在員事務所 所長代理。1996年米ボストン・カレッジ卒業、2000年筑波大学大学院修了。2000年宇宙開発事業団[NASDA](現・宇宙航空研究開発機構[JAXA])入社。日本人宇宙飛行士訓練担当、経営企画部門を経て、新事業促進部にて「冷却下着ベスト型」の開発をはじめとした宇宙技術の利用開拓に従事。
その後、国際宇宙ステーションに関する広報業務、及び宇宙日本食の戦略検討に従事。2020年7月よりヒューストンに駐在。有人宇宙開発業務に関わる。「モーニング」にて連載中の『宇宙兄弟』(講談社)及び「月刊!スピリッツ」にて連載中の『宇宙めし!』(小学館)の監修も行うほか、立命館大学の客員協力研究員としても活動。