自動車の大幅な減産、コンピュータやゲーム機などの在庫不足が連日報道され、日本をはじめ世界経済への影響が顕在化している。その原因には半導体不足とコロナ禍があげられているが、根底には何があるのだろうか。製造業の戦略や競争力強化などに関する研究が専門で、自動車産業についても詳しい立命館大学経営学部の西岡正教授が、半導体をめぐるグローバルな問題の真相を解説する。
● 半導体不足を招いた需要と供給2つの要因
● ファウンドリの台頭で変わる半導体供給
● 地政学的な問題でさらに深刻化する状況
● 自動車減産は、国内メーカーにも原因あり?
● 最大の懸念は問題の長期化と価格の上昇
「需要増」と「供給不足」の背景にあるものとは?
半導体不足は、自動車をはじめ、スマートフォンやゲーム機などの製造に影響を及ぼし、供給不足や減産といった事態を招いている。まずはその背景にある「理由」から見ていこう。
「考えるべきポイントは、『なぜ半導体の需要が増えたのか』と、『なぜ供給の制約が起きたのか』という2点です。
需要増の要因としては、コロナ禍による巣ごもり需要も影響していますが、見落としてはならないのは、『コロナ禍以前から需要は増えていた』という事実です。5Gの基地局や、関連する通信インフラ、データセンターなどの整備のために、非常に旺盛な需要がありました。そこに、パンデミックによるスマートフォンやパソコン、あるいはリモートワーク機器などの半導体需要が加わったことによって、需要が一段と強含みになったわけです」(西岡教授、以下同じ)
「もうひとつ、供給の制約については『半導体の生産はすぐに増やせない』という事情があります。半導体生産は工程が数百にもなる複雑なもので、設計から製品化までに少なくとも半年は必要です。工場から新設するとなると1年から2年はかかる。加えて投資額も莫大で、ゼロから工場を立ちあげるコストは数千億円にもなります。半導体メーカーとしては資金回収の見通しが確実でないと、需要増があるとはいえ、簡単に応えることはできません。
さらに、生産設備を増やそうにも、その生産設備に組み込む半導体自体が不足しています。半導体不足が半導体不足を生んでいるというような側面もあると思います」
サプライチェーンの変化と地政学的な要因が問題を大きくしている
いくつかの要因が重なって、半導体の問題をより深刻なものにしているというのが西岡教授の見解だ。しかし、半導体不足という現象は、今回が初めてではない。スマートフォンやパソコンは需要変動が大きいため、半導体メーカーはそのたびに生産調整を繰り返してきた。これまでの半導体不足には、そのような背景もあったのだ。では、今回は以前と何が違うのか。
「まず挙げたいのは、半導体のサプライチェーンの変化です。半導体の生産形態にはふたつに大別されます。ひとつは半導体メーカーが設計から最終製品化まで手がける『垂直統合型』。もうひとつは、半導体メーカーが設計だけを行い、実際の生産は『ファウンドリ』と呼ばれる受託生産の専業メーカーに任せる『水平分業型』です。
2000年代初めごろは、水平分業型は全体の1割にも満たなかったのですが、現在は3割近くに増えています。ファウンドリの経営は受託生産で成り立っているので、常に採算を求めます。採算がいいのは先端分野の半導体の生産なので、現在不足している旧世代型の半導体の増産は難しくなっています」
先端分野の半導体とは、簡単に言えばスマートフォンに代表される「小型かつ高性能」なデバイスに採用される最先端の半導体だ。一方、旧世代型の半導体も、その動作安定性などから自動車などには必須だが、利益率の低さから増産に踏み切れないという事情があるのだ。
「さらに問題を大きくしているのが、アメリカと中国の経済摩擦です。中国のファウンドリ大手のSMICがアメリカの経済制裁の対象になったために、台湾のファウンドリに生産が集中し、ニーズに応えられない状況になっているのです。今回の半導体の逼迫は、需要要因だけにとどまらず、サプライチェーンの変化と地政学的な要因が重なって、より深刻なものになっていると考えられます」
さまざまな業界の間で半導体の争奪戦のような状況になると、ファウンドリの発言力は当然高まってくる。
「需要側が強い状況であれば、『うちに先に半導体をよこせ』と言えるのでしょうが、現状では難しいでしょう。供給が制約されていて、なおかつ供給できるファウンドリが台湾のTSMCとUMC等くらいしかありませんから、ファウンドリの力が非常に強くなっています。インテルが受託生産を強化したり、ボッシュが新しく工場をつくったりという動きがあるので、そのあたりが軌道に乗ってくると、業界の風景はかなり変わってくるかもしれません」
自動車メーカーへの影響はどうなる?
自動車の減産は日本の経済にも大きな影響を与える。影響の大きさを西岡教授はどのように判断しているのだろうか。
「自動車産業における半導体不足は本当に深刻な状況です。ただし、足元の半導体不足を生んだ原因は自動車業界自身にもあります。2020年初めには、コロナ禍での需要低迷を見込んで各社が減産に入り、半導体の発注をストップしたり、減らしたりしました。ファウンドリや半導体メーカーは、その時に空いたラインを他分野に振り替えており、簡単にはラインを取り戻せない状況が続いてきたのです。」
そして追い打ちをかけるように、国内の半導体製造工場が、相次いで火災に見舞われたのも記憶に新しい。2020年10月に旭化成の延岡工場、2021年3月にルネサスの那珂工場が火災を起こし、一気に半導体不足が表面化した。加えて、コロナ禍によってベトナムなどでロックダウンが行われ、半導体以外の自動車部品も調達しにくくなっているという。
現状では、自動車業界における半導体不足の出口戦略は不透明といっていいだろう。
半導体生産で強みを持つ日本の戦略は?
半導体は「産業のコメ」ともいわれ、経済安全保障にも直結する重要なピースだ。一方、1990年代には世界の50%に迫るシェアを誇っていた日本の現在のシェアは10%以下にとどまっている。国内生産の現状はどうか。
「半導体の市場は、最近の10年間で約1.4倍に拡大し、半導体は『産業の礎(いしづえ)』的な存在になっています。経済安全保障の観点から、各国とも自国での生産を強化しようと動いているのはそのためです。
日本も熊本に台湾のファウンドリを誘致し、2024年頃から操業するというニュースもあります。ただ、半導体の製造には、生産能力と需要のバランス、投資金額や投資設備の陳腐化などの問題もあるので、限られた品目の増産だけでは有効な対策にはなりません。
日本は半導体の最終製品の製造だけではなく、“製造過程の川上”にあたる製造装置を持っているという強みがあります。半導体の基板になるシリコンウェハーのシェアの6割は日本が持っていますし、集積回路を焼きつけるフォトレジストなども高いシェアを誇っています。その強みを生かして、グローバルなサプライチェーンの中でのいかにして優位を築くていくかが重要になると思います」
2022年も覚悟したい半導体不足と価格の上昇
最後に、最も気になる「いつになったら半導体不足が解消するか」を聞いた。しかし、専門家をもってしても、その予測は難しいと西岡教授は言う。
「現在予定されている半導体の増産や工場の新設は、ほとんどが先端分野の半導体向けといえます。自動車業界では、自動車向けのマイコン等の旧世代型の半導体不足は2022年の前半ぐらいまでは続くと見ているようです。これにはASEAN各国のコロナ禍の収束が前提になりますが。
ただし、自動運転や安全装置の開発のために、新しい半導体の需要も生まれているので、トータルとしての半導体供給がタイトな状況が続くという意味では、短期間で解消するとはとても思えません。自動運転には、コントロール(制御)ではなく、検知やセンサーに必要な半導体が用いられるので、スマートフォンやカメラなどと半導体を取り合いになることが考えられるわけです。
一方、ゲーム機やパソコンなどに用いる半導体不足についても、来年、2022年早々にすべてが解消できるというような状況ではありません。やはり当面は半導体不足が続くと見るべきだと思います」
一方、半導体不足がもたらすのは「商品が手に入りにくい」という結果だけにとどまらない。
「旧世代型の半導体不足が解消に向かっても、先端分野における半導体が自動車とそれ以外の産業で取り合いになれば、半導体の単価が上がるということにもなります。価格の問題は自動車だけでなく、スマートフォンやパソコンなどにおいても深刻化することが予想されます。これまでは、『不足』という側面にフォーカスが当たっていましたが、今後は半導体を用いる商品の価格の上昇が、消費者にとっては懸念されるところです。」
関連製品の価格高騰も招きかねない半導体不足の出口はまだ見えていない。「ほしい時にいつでも買える」という状況は、しばらくお預けになりそうだ。
西岡正
熊本学園大学商学部、兵庫県立大学経営学部・同大学院経営研究科勤務等を経て、現在は立命館大学経営学部教授を務める。博士(経営学、兵庫県立大学)。専門は生産システム論、産業論。著書に「ものづくり中小企業の戦略デザイン」「サプライチェーンのリスクマネジメントと組織能力」などがある。