不動産テック界隈で注目を集める“iBuyer”という言葉をご存知だろうか? 不動産の買取から販売まで自社で手がける「買取再販」という事業形態で、特に価格査定アルゴリズムを活用するビジネスモデルがiBuyerと呼ばれ、北米を中心に盛り上がりを見せている。その特長は、ユーザーが最短2日で不動産売却を完了できるという圧倒的スピード感だ。
日本初のiBuyer事業を昨年(2018年)に立ち上げ、Forbes誌の「アジアを代表する30歳未満の30人 (Forbes 30 Under 30 Asia)」にも選ばれたのが株式会社すむたすCEOの角高広(すみたかひろ)氏だ(立命館大学法学部2011年度卒)。
住宅売買のバリューチェーンをくまなくテック化 “巨大市場のニッチ”を狙う
(図式参考記事:「今、米国の不動産テックで一番ホットな「iBuyer」とは(前編)」)
“価格査定・買取から販売までのバリューチェーン全体で、一貫してテック化されたユーザー体験を提供したい”とiBuyerに着目した角氏。米Opendoor社を始めとする海外の盛り上がりを目の当たりにしていたこともあり、日本初のiBuyer起業を決断した。事業のポイントは、AIによるスピーディーな価格査定だ。
「マンション名や間取りなど基本データを入力すると、AIがわずか数秒で査定価格を自動算出します。考慮されるファクターは、過去のデータと未来のシミュレーション結果の2つ。過去のデータは、首都圏の過去30年間に及ぶマンション取引記録や、類似物件の相場、駅からの距離など非常に多様です。未来のシミュレーション結果にも株価や人口動態といったマクロ指数を反映させ、正確性の高い査定を実現しています」
価格の算出後は専門スタッフも内容をチェックし、窓からの景観など、AIではまだ判断が難しい要素をフォローする。もっとも、査定額を後から変更するケースはほとんどないという。結果として「最短1時間で買取価格を提示」可能な体制を構築。不動産売買としては異例のスピードだ。
「不動産売買には“高く売る”と“早く売る”という二つのニーズがあります。 たいていは“高く売る”ニーズが優先されるので売却に数ヶ月かかるのも普通です。私たちはこの現状を否定したいわけではありません。しかしその一方、いつまで市場にあるかわからない中古住宅の購入資金をすぐに準備したいとか、急な転勤や相続といった理由で売却スピードを優先したいお客様もいる。不動産市場におけるこのニッチに、私たちは正面から応えたいと考えているのです」
昨年10月のサービスリリース以来、毎月に数件のペースで買取を続けている。買取価格は市場価格に比べると多少低くなってしまうそうだが、「スピード感のある買取のおかげで新しい住宅の購入に踏み切りやすくなった」といった声を聞くことも多いという。
中古住宅取引のスピードアップが社会問題化する「空き家」へのソリューションとなる
新築住宅着工戸数および既存住宅取引戸数を、国ごとに比較したグラフ。
既存住宅の流通に関する国土交通省の資料を基に作成(左軸の単位は戸数)
不動産業界の未来を担うワードがiBuyerといえる一方で、課題として思い浮かぶキーワードは“空き家”ではないだろうか。この問題の背景について角氏は次のように話す。
「日本の不動産業界には、築20年以上の戸建てを金銭的に評価しない慣習があります。同時に“新築神話”という言葉が示唆するように、日本の消費者は新築をとりわけ高く評価する心理を持っている。『家は一生に一度の買い物』というイメージも根強いですね。これらの事情が要因で、日本では欧米に比べて中古住宅の売買が少なくなっていると考えられます。その結果、中古住宅が買い手のつかないまま放置される一方で新築が供給され続け、空き家問題は深刻化していきました」
角氏は、ビジネスを通じてこの状況を変えていきたいと語る。
「スピーディーな不動産取引という新しい選択肢を提供することで、家の売買をもっと身近でカジュアルなものに変えたい。そうすれば中古住宅の活用も広まり、空き家問題も改善に向かうはずと期待しています。
もちろん中古住宅に抵抗感を持つ方もいると思いますし、新築へのこだわりを否定するつもりはまったくありません。ただ、新築だと郊外に行かざるを得ない価格帯でも、中古住宅ならば利便性の高い都心部でフルリフォームされた戸建てが見つかることもある。人によっては、中古住宅に目を向ければより満足度の高い選択ができるはずです」
現在の買取対象は首都圏マンションに限っているが、いずれは戸建てや地方にも進出したいと語る。
「特に地方は少子高齢化や人口減少が著しく、経済の停滞は避けられません。将来的には、ビジネスを通じて改善の一助になりたいと思っています。たとえば地方公共団体と連携して町のグランドデザインを描き、子育て世帯が魅力を感じる町を作るなど、“コンテンツとしての街づくり”といった視点を含め、大きな可能性を感じています」
住宅がカジュアルに流通し、住むという体験と価値がコンテンツとしての意味をも持つとき、日本の新築神話は大きな転換点を迎えることになるかもしれない。
“両極端なコメント”も含めて全体を俯瞰することがイノベーションを生む
出口の見えない社会課題に悩まされる日本。解決策を作り上げていくのは、テクノロジーやスピード感を兼ね備えたまさに彼のような若い起業家たちに違いない。Forbes誌の「アジアを代表する30歳未満の30人」に選ばれた角氏のビジネスアイデアは、どのような視点から生まれてくるのだろうか。
「ビジネスでもプライベートでも偏見を持たずに物事の全体像を把握したうえで、意思決定したいと意識しています。
たとえば興味深いニュース記事を見つけたときは複数の媒体を横断するようにしています。特に注目するのは、記事に寄せられる“コメント”です。肯定的なコメントが多い媒体から、過激な批判コメントが集まる媒体まで幅広く見て回ると、世間の価値観の振れ幅は想像以上に広く、自分の価値観が絶対ではないとよくわかります。
また、多種多様な意見や情報をインプットすることは、イノベーションの可能性にもつながると期待しています。Uberなどの有名スタートアップでも、イノベーションは技術の先進性よりもむしろ既存技術同士の“意外な組み合わせ”で生まれました。私もスタートアップの起業家として、自分の知らない“意外性”を拒まない柔軟なマインドを持ち続けたいと思っています」
ニュースサイトやSNSで無数の情報が氾濫する現代。私たちは無意識に自分が好む情報にアクセスしがちで、気づかぬうちに価値観にバイアスがかかっているのかもしれない。「私たちのサービスも既存技術の組み合わせから生まれている」と俯瞰する角氏。ネットに溢れる“名もなき声”というビッグデータが柔軟なマインドにインプットされ、やがて新たな価値を生んでいくのだ。若きイノベーターが社会に向ける広い視点は、日々新たな価値を追い求めるビジネスパーソンにも大いに意味のあるものだろう。